第23話 思惑
急遽屋敷の敷地にある倉庫の一つを空けると治癒師が呼ばれ、人払いがされて入り口を近衛騎士が固める。
「──…しかし、何故そんな死体なんぞを貴様は持っておるんじゃ?」
セリスの質問に皆が同じ様な気持ちで俺を見て来る。
「…いや、あの時の事もう忘れたの? 町中でいきなり襲われてさ、撃退したは良いけど貴族と揉めてたじゃん。だから仕方なく撃退した死体を全員に持ってもらって最後に俺がまとめて持ったんじゃんか。後で調べるって言って、そのままになったけど」
「──…そうだったわね。倉庫で襲ってきた奴以外は異界庫に入れたんだったわね」
「あ、そうか。セリス達はすぐに衛兵が飛んできたから片付けなかったんだ。…そう言えばコレを預かったのはキャロからだったものな」
「はい。…だからノートさんの相手も…まだ持っているんですよね」
キャロに言われて、あの時の相手を思い出す。──…自分をクラウンと名乗った悪魔種。ジョー〇ーの出で立ちでふざけた口調だったが。ころころ変わる変な奴だった……。アイツは未だどこかに生きているはずだ。誰かにまた乗り移っていたりするんだろうか……。
「──ノート殿、準備が出来ました。こちらへ」
◇ ◇ ◇
急遽作られた検視台のような簡易ベッドが、広い倉庫の中央部に作られていた。壁には防壁の結界魔道具が稼働しており、その中は清浄に保たれている。その中にはギルドから直接呼ばれた検死官の治癒師が真っ白な後ろとじの服を着て待っていた。ベッドと言ってもクッションがある訳ではなく、所謂一枚の鉄板のような物が置かれた大きな台が二つ並んでいた。
「──では、この台の上に置いて頂けますか? 腐敗状態を鑑みて──」
「あぁ、いや死後直ぐ保管していますので、腐敗はしていませんよ」
「……はい?」
治癒師は、俺が持っている死体の保持期間を聞き、既に腐乱状態にあると覚悟していたのだろう。当然だ、この世界で異界庫はポピュラーだが、時間停止は厳密には完全停止じゃなく経過が緩やかになるとされている。それでも超レアなスキルなので固有スキルに分類されている。その為、完全停止はこの世界で俺にしかない。既にひと月以上異界庫に入っていれば、普通の人間はいかに時間停止とは言え、数日ほどは経過していると考える。
「まぁ、そう言う訳ですから…これで良いですか」
理解が追い付かずポカンとした表情のままの彼を無視して、台上に二人の死体を出す。
男は目を閉じ、眠っているような表情でそこに横たわっていた。見た目の年齢は六十を過ぎた老人の様で頭髪は白く、四肢は細くなっていて静脈の浮いた腕をその台に投げ出していた。
女の方の相貌は全く違っていた。かッと開いた眼は焼け爛れ、苦悶に塗れ、何かを睨み据えた様な形相で事切れている。耳からも出血しており、怒髪天を突いたように髪が広がっていた。
”コトン”
二人を台に乗せた拍子に、何かがそこに落ちる音が聞こえた。
「…ん? 何だ……あ、カード」
「……い、今出たのですか?!」
治癒師が二人から排出されたカードを見てまた愕然としていた。
その後、何とか落ち着いた彼は助手についていた男爵の侍従と共に死体を解剖し、分析した所見と結果を俺達に手渡した後、男爵と何かを話しながら、倉庫から出て行こうとするので引き留める。
「あの、もう一人いるのでそちらも良いですか」
結局、都合三人の検死を行った後、全ての書類を書き終えて疲れた様子で治癒師は帰って行った。
「…ではこの死体に付きましてはこのまま聖浄化したのち、教会の方で埋葬してもらいますので」
「…すいません。宜しくお願いします」
◇ ◇ ◇
「──…男の方は刺突による失血死…か。女の方は──…凄まじいな。魔力の暴発…眼球焼損と視神経断裂による脳機能障害の果ての、多臓器不全…か。…キャロルよ一体この女に何をしたのじゃ?」
「…多分、スキルの暴発でしょうね。ノートさんに貰ったアクセに罅が入ったほどでしたから」
「魅了……か。…それで、カードの身元は判明したか?」
「…はい。男の名はキーン、やはりハマナスの闇ギルドに所属していた工作員です。【擬態】という固有スキルを持った厄介な人物ですね。女性はゲルダ。こちらも所属は同じです。【魅了】を使い、攪乱や潜入などを行っていた人物です。…ただ」
「ん? 何かあるのか?」
「…いえ、我らが討伐したのもこの二人でした。時期はずれていますが。ノート様達が何か細工を?」
「え? いや、その後貴族のゴタゴタになったからそのままだよ。町もすぐ出て行ったし」
「ちょっと待ってくれ。…そう言えばその頃、何やら変な報告があったと聞いているぞ。ギルドマスターが行方不明だと言う報告を受けたが、受付嬢から出張届があると言ったら、そんな受付嬢はギルドに居ないとか何とか言った直後に訂正が入ったとか何とか…それが確かレストリアだったはずだ」
俺達の会話に、そう言って辺境伯が入ってきた。日にちを聞くと俺達が町を出てすぐ後だった。
「それじゃあ、エリーさん達はその俺達の後に来たマーカスとテレジアに当たったって訳か…」
「…ん? となると奴らは儂らが居ないと判っている町に入っているんじゃないか。…何のためにじゃ?」
「……確かに、時系列的にはそうなりますね」
いつの間にか掲示板にいろいろ張り付けたり書き換えたりしていたオズモンドさんが独り言のように呟いていた。
「…あとは、身元不明のこの男ですか」
キャロルがそう言って最後に調べて貰った男の事を話し出す。奴のカードは当然ながら出てこなかった。そりゃそうだろう、元々これは死体だったのだから。鑑定したが死体としか出なかった。治癒師は状態を見て即、失血死かショックによる心停止と判断した。なにしろ身体が分割されているからな。だが妙な事も言っていた。脳が異常に変形していたと…。医者ではないので聞いた所で意味は分からなかったが。
「…悪魔種が乗っ取っていた? 憑依? していたコイツはヒュームとしか分からない。まぁでも──」
「──…失礼します。…聖教会から正式な回答を頂きましたので報告を」
そう言ってノックもそこそこに家令さんが慌てた様子で男爵に書類を手渡した。
「──…な! これは間違いないのか?!」
「……はい。通信士に確認しました所、昼過ぎに魔導通信と共にこの書状が正式に届いたと」
俺達スレイヤーズは何のことか分からなかったが、オズモンドさん達には分かっていた様で、王女様が慌てた様子で男爵に詰め寄って行った。
「…どのような結果になったのですか?」
「許可が…下りたそうです」
「…やはりだめでし──…へ? 今何と?」
「教皇自ら許可したそうです。どうぞお好きに調べて下さいと」
男爵の言葉に一瞬部屋に静寂が訪れた後、オズモンドさんが男爵の持った書類を受け取り、王女はええ! と大きな声を出してソファに座り込んだ。辺境伯は慌ててオズモンドに駆け寄って、書類を一緒に眺める。
「なに? 何かあったの? 教会を調べるってどういう事なの?」
俺の質問に、なんと王女様が教えてくれた。
「…実は、現場を視察した時にマルクス殿に状況説明を頂いた際、詳しく犯人の動向をお聞きしたのです、すると犯人が犯行を行う刹那の時に、教会を見てから術を発動したことが分かったのです」
「…それに付け加えて言えば、カデクスの聖教会は元々調査の対象にもなっていました。──…マリアーベル嬢の事で」
王女の言葉に付け加えてきたオズモンドさんの声はなぜか冷たく聞こえてきた。
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