第21話 咎人
──…やっぱり、あの時…気づいてたのか!
エリーの言葉に堪らず息をのんでしまった。あの精神に干渉する魔術を使った時……、マリアーベルの意識を救った瞬間の彼女は俺に向かって叫んでいた。
──ケンジにいさま?!
だから彼女は知っていたんだ…俺がこの時に現れる事を──。一体あの魔術はなんだ? これじゃぁまるで時を超えたみたいじゃねぇか。どうしてそんな状況が起こせるんだ?
「ん? …一体それはどうゆう意味じゃ?」
「勇者ノート? こいつは確かにノートだが……」
そう言って両隣の二人は首を傾げる。ってかセレス様に聞いてないのか?
「…お二人はご存じないのですか? 異界の勇者様のお名前を」
二人の様子に気付いたエリーがそう言って聞くと、同時に二人は頷いた。
「──…彼の方のお名前は、【Noughto】そこには何もないと言う意味だそうです。どうやらこの世界に無理やり召喚されたそうで、この世界ではあまり周りと縁を結ばなかったと伝わっています。──…Nought。何もない…何者でもないと常々言っておられたそうです」
「ふぅ~ん…そんな風に考えておったのかぁ」
何やらニヤついたセリスがこちらをチラチラ見てくるが、完全スルーで無視しておく。
「それにしてもやけに詳しいんですね。何か書物でも残っているのですか?」
セーリスが詳しく知りたいと言った感じでエリーにそんな事を聞き始めるが、そこに割って入ってくるものが居た。
《ノート、どうやらあちらさんが痺れを切らしておるようだぞ》
不意にこちらへ飛んできたハカセが教えてくれた。あぁ、王女さん達か…。
「ありがとハカセ。…そうだな。一応の誤解は解けたし、まずはもう一度応接間でキチンとすり合わせをしようか。ジゼルさん達には申し訳ないけど、もう少し辛抱していてもらえるかな?」
「いい子で待ってるから、いっぱい後で遊んでねお兄ちゃん!」
「ハイですぅ!」
「畏まりました」
《いいぜ! 行ってこい!》《オッケー!》《おけまる、よいしょー!》
相変わらずの三匹トリオが意味不明なことを口走っているが、マリーとサラはいい子だ!
「おう! 後でそいつらの羽根引っ張って遊ぼう!」
《な! なんだと!》《きゃぁ! アイツやっぱオーガよ!》《マジ卍!!》
「あはは! まんじ~!」
「だ、大丈夫なんですぅ? 羽とれちゃったりしないかなぁ?」
そんなわちゃわちゃした会話を背に、俺達六人は連れ立って応接間に向かった。
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エクスに有る衛兵隊詰所本部の地下牢には、現在帝国の特殊部隊影の面々が一人ずつバラバラに収監されていた。そこは魔道具が設置されており、収監者にはそれぞれ手枷が嵌められている。ギルドの地下に有ったモノと同じ、自らの魔力で自身の拘束を強める魔道具だ。足枷は床に直接繋がれており、そこから魔力が吸われて部屋のセキュリティを上げると言う鬼のようなシステム。
そして、最も凶悪なのは、シスが彼らの身体に施した封印紋だった。彼らの背に有った自害用の特殊紋を見つけたシスは、全員の身体に焼き鏝の要領でそれらを焼き切り、その上から更に別の術式紋を彫り込んだ。その為彼らは自害はおろか、常に激痛にさいなまれ、起きている時だけ、痛みが和らぐと言う拷問にも近い責め苦で、尋問に答えていた。
「はぁ…はぁ…はぁ。…な、なぁ頼む、もう殺してくれ…。話す事は全て話した…だから…たのむ」
影の一人がそう言ってコンクランに縋りつこうとする。しかし、鎖のせいで寸前で足を取られその場に男は転倒すると、どこかをぶつけたのかくぐもった声で嗚咽し始めた。
「──…まだだ。貴様らは皇帝直属の特殊部隊と聞いている…これから長きにわたり尋問していくことに──」
「だから言いたくても言えねぇんだよ! その術式は頭ン中に有るんだ! それを壊せば自我も壊れる! やりたきゃやってくれ! もうこんな地獄は嫌だぁぁぁぁぁあ!」
◇ ◇ ◇
「──…これが取れるだけ取った調書です。……これ以上は全員が同じことを言っていました。…頭に直接術式があると」
渋面のまま、コンクランは報告書を提出しながら、隊長に話を続けていた。
「そうか。…流石に幾ら犯罪人とは言え、実験のような事は出来ないしな。国に判断してもらうしかないだろう。移送の手続きは終わっているのか?」
「は!既に護送魔導車がこちらに向け出発していると連絡が来ています」
「…はやいな。まぁ、国家案件だ、当然と言えば当然か。交渉のカードにするのか、使い潰すのか…俺達には分からんが」
カークマンはそう言って、彼の持って来た書類にサインをすると、決済済みの箱へとそれを入れた。
「それにしても…彼の連れていた汎用ゴーレムですか──…あんなに恐ろしいものだとは…」
「そうだな。奴のいた世界では間諜や、殺し屋ってのはかなり酷い仕打ちを受けるんだろうな。しかも彼らの世界での戦争ってのは人が何十万人と一瞬で死ぬことだってあるそうだ。…そんな世界で生きててなんでアイツは…」
──あんなにお人好しなんだろうな。
最後の言葉はカークマンの声にはならなかった。
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「──…何と仰いましたか?」
聖教会の大聖堂二階にある大会議室でオッペンハイマーは耳を疑い、思わず聞き返してしまった。教皇は今何と言ったのだ?
「フム。許可すると言ったのですが? 聞こえましたかオッペンハイマー枢機卿」
彼の問いに当たり前の様にもう一度答えると、目線を議事録者に移して話を続ける。
「今回の調査はエルデン・フリージア王国直属の機関である国家調査団。それが求めて来た事に異を唱えれば、いかな我ら聖教会とてどのようなそしりを受けるか、しかも今回の調査団には宮廷魔導士筆頭とその副団長。つまりオズモンド卿と第二王女であるミスリア殿下が直々に指揮を執っているとの事。枢機卿はそれでも尚断れと言いますか?」
「…グッ…それは、確かに……ですが! あの教会には──!」
そこまで言って彼は黙り込む。今ここに居るのは高位の者達だけではない。大会議室を使用しなければならない程の人数を集めての定例大会議。下は司祭見習いから、教皇まで。この教会本部と周辺にいる神職全てが集まっているのだ。教皇の隣には聖女様もいらっしゃる。こんな場所でカデクスの暗部など話せるわけがなかった。
「あの教会がどうかしたのですか?」
「…い、いえ…取り乱してしまい申し訳ございません」
結局彼はそれ以上何も言えず、力なく席へと座るしかなかった。
「では次の議題に移ってください」
教皇の声で、議事進行が立ち上がり、書類を手に話始める。その声をオッペンハイマーはただ黙って聴いていた。
そんな彼をちらと眺めた後、オフィリアは心の中でため息を吐く。
結局は全てこの男の一存で決まって行く…スイベール教皇。その見た目は何度も代替わりをし、常に壮年の男が教皇を務めている。だがその中身は…私と同じ転写を繰り返してきたバケモノだ。この事を知る者は私と数人のみとなってしまった。総ては闇の中で行われ、闇は闇のまま葬り去られてきた。
それは私の心の弱さゆえの過ちであり、拭いきれない罪となってしまった。長い時を経て既に千年…どこでずれてしまったのだろう。
彼は唯の青年だった。家族を失い彷徨っていた彼が、私の行っていた癒しに感銘を受けて、付き従ったのが始まり。
あの時彼を連れていなければ、私は天寿を全うして消えただろう。それが、それこそが人の生きる理だったのに…。
──…私はそれに逆らってしまった咎人。
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