第19話 また絡まってこんがらがって行く
「──…お久しぶりです、エリーさん」
何故か号泣しながら飛び込んできた彼女に務めて冷静に挨拶をする。飛び込んできたために周りに居た騎士が慌てて王女たちの前に立ちはだかるが、それを王女が制止する。
ミニマップで彼女がドア前に来ていた事は把握していたが、何故泣いているのかは不明だった。彼女に続いて二人の女性が入ってきたが、彼女達も同様に口元を抑え、必死で嗚咽を我慢しているように見えた。
そんな彼女達を見ながら、キャロルとシェリーがエリーさんに向かって、至極当然な質問を投げかける。
「ねぇ…どうしてあなた達がこんな所に居るのかしら?」
「確か、エリシアの村に居た教会のシスターさんでしたよね」
その言葉を聞いた彼女は溢れる涙を何とか抑えながら、居住まいを正して真っすぐ俺に向かい深い礼をする。
「──…皆さま、お久しぶりです。はい、当時はその役職であの村に滞在しておりました。ノート様の動向を聖女様にお伝えする為に」
──…は?
俺達はその言葉に一瞬フリーズしてしまう。え? それバラシていいの? 皆がいるのに…。しかし次いで王女が話に入って来た事で、意味が分かった。
「ノート様達が到着する前日…昨日ですが、彼女たちがこの屋敷に直接身分を明かして訪問してきました。その内容を知って今回の同席を許可しています。…彼女たちは敵では有りません。むしろ、ノート様が先ほど仰った聖女様の件の一助になると思います」
「──…王女よ、そなたこの者たちに何かを聞いておるのか?」
そこで、セリスが何故か鋭い視線で王女様に質問をする。なんだ? どうして勘繰るような発言をしたんだ?
『オズモンド…貴様、これらに我らの話をしてはおるまいな。もしそうであるなら、現時点を持って明確な敵と判断するが?』
「ん? …セレス様? 何でセレス様が出てくるんだ?」
セリスが言った後、雰囲気が変わって今度はオズモンドさんにセレス様がさらに剣呑な発言をし始める。
「……せ、セレス・フィリア様! …め、滅相も御座いません! 天地神明に誓いましてその様な事! 一切話しておりません」
一体何がどうしていきなり不機嫌になっているんだ? 俺とキャロやシェリー、セーリスまでもが意味が分からず、ビックリ顔でセレス様を見ていると、それに気づいた彼女が話し始めた。
『お前達……この二人がこの街に何をしに来たか忘れたのか? この者たちは爆破事件の真相を調べに来たのだろう? そしてあそこにいるのは聖女のとこの間者だろうが。…そして王女は何と言った? 聖女の件の一助になる? 何の一助になるのだ? 大体何故その事を知っているのだ? お前はさっき何を言ったのだ。どの国にも加担しないと宣言したばかりではないか。であるなら先ほどの王女の言葉をどう考える?』
──…言われて直ぐに思い至る。まさか、俺の内情と引き換えに取引をしたのか。
「お、お待ちください! 我等はその様な事決して致しておりません! オフィリア様はずっと、ずっとノート様の事を……勇者様の──!」
それは思わずだったのだろう。だが確実にその言葉は俺の耳に聞こえた。彼女の口からそれが聞こえた瞬間に俺は、ソファから飛び上がり彼女の口を塞いだ。
「───…それは本人から聞いた言葉か」
瞬時に周りを途轍もない重圧が襲う。俺の感情が昂り、激しい激情が綯い交ぜになってしまい、口を塞がれた彼女は一瞬の後に気絶してしまい、離れていた彼女の供も意識はあるが立ってはいられず、膝をつく。王女とオズモンドは騎士が庇おうとしたが、それ自体が出来ずに昏倒してしまい、セレスが辛うじて張った結界でソファに居た者たちは難を逃れた。
『落ち着け! ノート! 頼む! 我の結界もこれ以上は持たん!』
《マスター! マスター! 今はダメです! 落ち着いて下さい、彼女たちが死んでしまいます》
その言葉が何とか聞こえ、エリーを手放してから深く息をする。やがて気持ちが収まり、部屋に張り詰めていた圧は少しずつ下がっていく。振り返ってソファの方を見ると、スレイヤーズの皆は心配そうな顔で俺を見つめていたが、それ以外の王女や辺境伯たちは引き攣り、真っ青な顔でこちらを窺うような視線を送って来て居た。
「──…すまない。この人と話したい、他は改めさせてください。……あと、さっき聴こえた言葉は他言無用でお願いします。皆、ジゼルの所に行っておいて」
俺の言った言葉に、スレイヤーズ以外のメンバーは黙ってその場を離れて出て行く。そうして皆とエリーだけが残ると、彼女達にも出て行ってもらおうと声を掛けた。
───…イヤです!
キャロが頑として反対してきた。
「い、イヤって……そんな駄々っ子みた──ブワッ!」
俺の言葉が終わる前に彼女は頭を覆うような形で抱き着いて来て力いっぱい締め上げる。
「絶対嫌です! あんな辛そうな顔したノートさんを見て、放っておけるほど、私は薄情な妻じゃないです!」
「当然です…ノート君は私達の旦那様なのよ」
「…あ、当たり前だ。つ、妻がそんな顔見逃がせるわけがない」
『我も出て行くつもりはないぞ』
◇ ◇ ◇
「──…あれが、迷い人の力の一端ですか…」
「……ただの威圧があのように実体を持つモノになるとは…」
部屋を後にして別の部屋へと移動した一行は先程の彼の力に愕然としていた。王女とオズモンドを庇おうとしていたのは王国の精鋭中の精鋭である近衛騎士団の騎士だったのだ。にもかかわらず、彼があの女の前に移動した事すら気付けず、彼が発した威圧の余波で立って居られなくなってしまった。自分たちに向けられてもいなかったのに…。そう思うと彼らは被ったヘルムの中で冷や汗が止まらなかった。
「…辺境伯様、先程のエリー嬢が言っていたゆ──」
マルクスが彼の耳元で囁こうとするが途中で言葉を遮られる。
「彼の言った言葉を忘れたのか? それ以上は言ってはならん」
マルクスは、振り向きこちらを叱責した辺境伯の顔色を見て絶句し、自身の失言に気付く。
「……申し訳ございません」
青いのを過ぎて真っ白になった顔に、滝のような冷や汗を流しながら、辺境伯は王女とオズモンドに忠言する。
「お二方も先程の言葉をお忘れなきよう。…あの方が自身で話すまで我等は決して誰にも話さぬ様に」
「あ、あぁ。約束します」
「はい、誓って」
「其方たちもだ。…次はあの程度では済まない。精霊王自身が勝てぬと申した方なのだ。地上の民ではどんなに足掻こうが無駄だと聞いている」
辺境伯自身も騎士や皆に言い聞かせながら思い出していた。初めて会った彼は何処にでも居そうな唯の田舎から出てきた冒険者にはとても見えない線の細い礼儀を知った若者だった。…その後正体を知ってから、国王に会ってくれとの話し合いであった時…アレは全くの別人だった。
我が私兵の団長が詰め寄ってもなんら気にも留めていなかった。もしあ奴が暴発でもしていたら……ここには居られなかっただろう。
それにしても……まさか勇者などと言う言葉があそこで出て来るとは…。昨日聞いた話にその様な事は一言も入っていなかったのに。
──…他国は一体何を知っているのかしら……。
辺境伯が黙って考え込んでいる時、同じくして王女であるミスリアもまた自身の思考の海に沈み始めていた。
迷い人の情報は出現からして間もなく知ったはずだった。にもかかわらず、帝国と教皇国が既に間者を送っていた…。それに呼応するかのように平民の娘から聖女の誕生。それも彼の庇護下で…。そんな彼が勇者? それじゃ、また世界は昔のように邪神のような存在が産まれるとでも言うの? ──まさか! それがあの悪魔種?! それで聖教会までもが出て来たの? じゃあ今回の事件の犯人って───。
「──…と、とにかく、今は待ちましょう。彼女の持って来た情報と我らの考えを纏めて、最終的に彼らの話とすり合わせれば、答えは見つかるはずです」
オズモンドの言葉に、皆は一斉に頷いてから、同時に大きなため息を吐いた。
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