第17話 兆し(きざし)
その村は廃村となってから既に何年も経っていた。建物は草木に覆われ、朽ちて崩れ去った村を覆っていた粗末な塀はもう何の役割も果たす事は無く、浸食の始まった森に没しようとしていた。唯一形を保っていたのはこの村の役場だけだった。コンクリートと鉄骨で作られた外壁は蔦が絡まり、窓にガラスなどは無かったが、建物の体は辛うじて保っていた。
井戸があった場所にはその跡だけが残っており、水は枯れ、深く掘られた竪穴は草木がその内面を埋め尽くしていた。
ここはカデクスの街より北方に十キロほど進んだ森の中。住民たちは既に皆移住しており、誰もいなくなった村だった。
”バキバキィ!” ”ズズゥン”
そんな既に死んでしまった村に、突然大きな音が響き渡る。
「──…ッソだりぃな! なんでこんな事を俺がしなきゃぁなんねぇんだよ!」
”ズザザザザァァァ!”
「今は仕方ないだろう……俺達しかまともに動ける者がいないのだから」
ベイルズとネヴィルはそんな事を言いながら、役場の周りを整地していた。
「クソっ…あの野郎は地下に籠ったまんまだし、素材集めから何から俺達任せっていい身分だぜ。ったくよう」
「──…もう間もなく、ゲールの器が完成する。そうすれば量産品を作らせればいい」
「はっ! その材料も結局は俺達が持ってこなきゃなんねえんだろうが! 俺ぁ下男じゃねえぞ」
「……そうは言っても、この間の集落を嬉々として潰していたのはお前だろう」
「──…ったりめえだろ?! そのくらいやらせてもらえなきゃ、やってらんねえってもんだぜ!」
「──お二人さ~んどこですか、デスか~。魔石の追加をお願いしたいんですがね、ガネェ!」
「「………。」」
嫌々ながらも整地作業を行っていた二人に気の抜けた無慈悲な注文が届く。顔を見合わせた二人は同時にため息のような物を吐くと、リビエラに向かって同時に言葉を叩き付けた。
「「またかよ!」」
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「──…この内容が真実なら、教皇様は一体何を…」
秘匿書類を読んだオッペンハイマーの手はいつの間にか微かに震えていた。その内容に驚愕したのはもちろんだったが、それによって起こるであろうこれからの事を想像してしまったからである。
書類にはこう書かれていた。
──…教皇スイベール・ヘラルド猊下の下知により、聖教会大聖堂に於いて、聖女様、教皇様ご臨席による神前審問を取り行う事とする。
──…執り行う審問の内容は欺瞞。対象者は司教以上の者全て。
──…裁可は即時発布され、執行を行う事とする。
オッペンハイマーの背に冷たい何かが落ちた気がした。
これはまるで独裁者の行う、見せしめ裁判の何者でもないではないか。派閥も何も関係なく、全ての者が裁かれるなんて彼は神にでもなったつもりか? 大体欺瞞とは何を指して欺瞞と言うのだ?
現在枢機卿は三人しかいない。疑義を挙げるには最低二人の枢機卿と大司教全ての認可が必要。しかしこの書類に神前審問の日付が書かれていない。果たして今から動いて間に合うのか? だが動かねば何も始まらない。その考えに至ったオッペンハイマーは、秘匿書類を懐奥にしまい込み、すぐさま魔道具を切って、見習いを呼ぶためにベルを鳴らした。
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「──…オフィリア様、ジェレミア大司教がお見えです」
大聖堂の最上階には、聖女と謁見する為の個室が設けられている。そこには日々、高位の聖職者たちやオフィリアが直接招いた者たちが彼女と公式に直接会える唯一の場所でもあった。
「分かりました…」
彼女は従者であり精霊術師でもあるメアリにそう答えると、彼女の護衛騎士であるケルビンを伴い、三人で謁見室へと向かう。
部屋には既に畏まって頭を垂れたままのジェレミアが黙ったままで待っていた。
「…お待たせしました。ジェレミア大司教」
「は!聖女様…本日は進捗報告に参りました」
「それはありがとうございます。……それで、どのように進んでいますか?」
「はい、審問機関に付きましては既報の通り。現在、水面下にて、各々陣営を構築しておるようですが、枢機卿の動きが見えません。まだ発表すらされていないので、知らぬ方もおられると思います」
「──…やはり、そうですか」
「ええ。秘匿書類として廻してはおりますが、なにぶん急を要しましたのでこちらの意図に気付いて貰えるかは些か不安は残りますが」
「秘匿書類と一緒に定時報告書も?」
「はい。そちらにこそ注目して頂ければ……気づかれるとは思うのですが」
「──…迂遠になってしまうのは致し方ありませんね」
「…本来であれば、枢機卿等と言う最上位に近しい御方の行方不明など、あってはならん事です。大体、移動の際に護衛に神殿騎士が居ない事に誰も疑問を持たなかったという異常事態。オッペンハイマー卿や、ヘッツァー卿などはお見送りまでなされていたのに…」
「──…魅了ですか。」
「聖女様…その話は今は…」
「そうでしたね。それでは次にあの──。」
◇ ◇ ◇
謁見室のドア前にはケルビンとメアリが立ち、部屋の声は聞こえない。メアリの術式によって結界が張られ、防音はもとより、あらゆる術式が無効化され、この部屋は完全に独立していた。
「──…いつも思うんだが、メアリ。君は本当に次代の聖女候補ではないのか?」
ドアの前で意識を通路に向けながら、ふと横に立つ少女に湧いた疑問をぶつける。
ケルビン・テイルはエルデン・フリージア王国の伯爵家に仕える騎士爵の息子だった。嫡男ではあったが、騎士爵は引き継ぐ事は出来ない。その為、自身で功績を上げるか、士官先を見つけてそこの家に認めて貰えない限り自身に爵位は降りないと幼い頃より、父に言われ、日々の研鑽に励んできた。
彼の持っていたユニークは剣豪。そのおかげもあり、剣術に関してはその才能を十二分に発揮して開花させていった。王国主催の剣術大会では若くして準優勝を果たし、幾つもの貴族から、士官要請なども有った。だが、彼はそのどれもに興味を示さなかった。
それは彼にとって初めての事だった。王国主催の剣術大会で、初めて聖教会の聖女様を貴賓席に見つけた時だった。当時の彼はもう十二歳であったが、女性に対してさほど興味が湧く事は無かった。剣術に傾倒し、スキルを剣聖に上げたかったのも有るが、それ以前に恋愛感情自体が分からなかったからだ。
だが、彼女を見た瞬間に全てが瓦解した。見るもの全てが変わってしまったのだ。……彼にとっての初恋。そして彼は、決勝戦で負けてしまった。打ち込みの瞬間、それがフェイントと分かった時には既に遅く、カウンターをもろに頭に食らってしまった。試合であった為に、真剣ではなかったが相手が使っていたのは大振りのバスターソード。被っていたヘルムは砕け散り、鮮血が会場に拡がった。ケルビンはもちろん意識を失い、その場に昏倒。即座に治癒師が駆け寄ったが、頭部に大きな損傷を負ってしまった彼を治癒師たちは半ばあきらめかけていた。
──どいてください。私が見ます。
ケルビンが気づいたのは既に聖女が去った後だった。
その後彼は強烈な聖教会信者となり、入信後に騎士団へ所属して、現在の地位へと実力で昇って来たのだった。
そんな彼が、自身の横に立つ小さな少女にそんな話をしたのはある意味では当然だろう。
──メアリ。シスター見習い。現聖女の傍付きにして精霊術師。
聖教会の孤児院で育ち、精霊との親和性を見出された後に契約に成功。その時の年齢は四歳だったと言う。聖女に直接教えを請い、師弟関係でもあるが、まるで姉妹の様にも見えるほどに仲がいい。術にしてもその上達はすさまじく、精霊術を幾つも同時展開できるのは、教会でも聖女を含め数人しかいない。その為教会内ではもっぱら彼女が時代の聖女として育てられているんだろうと憶測は羽を広げて飛び交っていた。
「…違いますよ。もう、何度も言っているじゃないですか。ケルビン様まで変な噂を真に受けないで下さい」
彼女はやれやれと言ったふうな態度で、ケルビンの言った言葉を否定すると心の中で絶対言えぬ言葉を繋いだ。
──…私はあんなモノにはなりたくありません──。
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