第16話 接触(邂逅)
「──…で、そちらはどういった方々で、何の御用でしょう?」
ロッテン男爵邸に慌てて戻ってきた一行は、屋敷に入った後、別館に用意されていた応接間へと向かう。そこは魔道具が設置され、様々な仕掛けの施された専用の迎賓館だった。
ここカデクスは元々辺境伯の領都だった場所。故にこの屋敷は元々辺境伯が使っていた屋敷でもある。当時から評議会が存在し、歴史もある…それは表も裏も。時には政敵をもてなす事も有ったのだ。
その為、この広大な屋敷の敷地内には迎賓館が三邸、存在している。一つは王族などの最も高貴な方をもてなすための建物。そこには現在オズモンドたちが宿泊している。もう一つは現在修復作業の行われているノート達一行が泊っている場所だ。そしてこの場所は最も警戒する相手を呼ぶ場所である。屋敷の正反対側に有り、最も離れて建てられ、周りには樹木が計算して植えられている。監視と、逃亡阻止の為だ。建物自体に炊事場もなく、火器類は一切持ち込めない、武装解除はもちろんの事、隠し部屋が幾つも存在し、廊下は三メートルと直進していない。
そんなまるで要害のような屋敷の最も奥に通された訪問者に、ロッテン男爵が先ずは訪問の意図を問う。
入り組んだ廊下を何も言わず、最も奥にある部屋に通されても文句の一つも言わず黙って案内されたソファに座っていた旅装の女性の一人が徐に立ち上がって、深い礼と共に挨拶をする。
「──…お初にお目にかかります。貴族様のしきたりに付きましては不勉強の為、先にお詫び申し上げておきます。私達は聖教会本部、聖女オフィリア様直属諜報部隊、部隊長のエリーと申します。こちらの二人は私の直下の部下です」
彼女はそう言うと、あらかじめテーブルに置いていた布を裏返し、聖女の御印の入った方を見せてきた。
「これは!……確かに、聖女様の御印。しばしお待ちを」
ロッテン男爵はそう言うと、部屋の扉に近づき、ドアを開く。すると、騎士を従えたオズモンド達が彼女達から目線を外さないまま、ゆっくりと入室してきた。
「──…なにぶん、先触れもなかった為、この様な歓迎になってしまった事を許して欲しい。私はエルデン・フリージア王国、宮廷魔導士筆頭オズモンド・デミストリアだ。こちらは副団長の…」
「ミスリア・フォン・エルデンです。エルデン・フリージア王国第二王女では有りますが、今は魔導士副団長としてここに居ります」
「私はエルデン・フリージア王国、フィヨルド・フォン・エリクス辺境伯。ここエルデンの辺境領の領主だ。彼は私の私設騎士団副団長のマルクス・トッド」
「…お名前、しかと。このような形での謁見、誠に恐れ入ります。なにぶん私達は表立って行動できぬ身、考慮頂き、先ずは感謝を」
彼女たちはそう言うと、綺麗に揃って深く頭を垂れて礼をする。要するにお辞儀だ。この世界で高貴な者に対する礼はおしなべて、跪いて頭を垂れるのが通例だが、彼ら神職はそれを人に対して行わない。神職が跪くのは神に対してだからだ。それ故、この礼は神職の者としては当然であり、唯一王に対しても許される行為だった。
「ふむ。…まずは掛けよう。話はそれからはじめよう」
オズモンドの言葉で、騎士以外の者たちがソファに腰を下ろす。同時にメイド達が動き出し、目の前で同じポットでお茶を淹れて行く。そしてカップを中央に並べると、お好きな物をと選ばせる。
「これで、証とさせていただきたい」
オズモンドはそう言って、適当にカップを選ぶとそのまま一口入れたての紅茶を飲む。そうする事でどのお茶にも害なる物が入っていない、貴女達を信頼するとの暗喩だ。
「……ありがとうございます」
そう答えてエリーは手近にあったカップを取り同じ様に口をつけて飲む。
「──それで、態々身分を明かしてまでの来訪、どういったご用件でしょう?」
「はい。理由は二つ。一方は今回の事件の黒幕と実行犯についてです」
瞬間、オズモンドは思う。──…やはりか。聖女と教皇の確執はもはや国家間では周知の事実。とうとう動き始めたと言う訳か。いや、動かざるを得なかったという事か? なんにせよ、じっくり聞かせて貰おうか。
「ほう。黒幕と実行犯ですか…してもう一つとは?」
──…この地に降りた迷い人…ノート様についてです。
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「それじゃぁ皆準備は良い?」
「「「はぁい」」」
大部屋の一角に作った簡易型の小部屋に転移陣を設置して、全員がそこに乗ったのを確認して声を掛ける。返事を貰ったので、見送りに来た女将さん達に手を挙げて挨拶をする。
「女将さん、大将、ユマ、じゃぁ少しの間行ってくるよ。何かあったら、レシーバーで必ず呼んでね」
「うん! ちゃんと呼ぶから! サラも頑張ってねぇ!」
「ハイですぅ! 行ってきますぅ!」
そう言った後、足元の陣に向かい魔力を意識すると、一瞬の浮遊感が起こった後、目の前に暗い部屋が現れた。
「…あれ? 夜になったです?」
「いや、ここはもうカデクスだよ。魔導車の中に設置した陣だからくら──」
《マスター、マップに反応。反応は黄…これは──…》
転移した直後にシスの警告が聞こえ、マップを見やると、屋敷に有ったのは見覚えのある名と黄色に光るマーカー。
「なんだ? どうかしたのか?」
セーリスが不安を隠した表情でこちらに聞いて来る。
「──…これって、エリーさんですか?」
「エリー? ってエリシア村の間諜か?!」
マップを共有していたキャロルの声に、セリスが思い出したように声を出す。
このマーカーの名前は間違いなく彼女だ。名前が付くのは俺が対象を意識して認識しないと付かないのだから。でもなぜ彼女がカデクスの男爵の屋敷なんかに? …疑問は尽きなかったが、ここに居ても仕方ないと先ずは魔導車のリビングに移動した。
「シスはステルス状態に。ハカセは万が一を考えてジゼルさんと一緒にマリーたちについてあげて」
俺の言葉に二人は無言で、シスはステルス状態へ、ハカセは無音で彼女たちの傍へ移動した。
「シェリー、キャロと一緒に三人で先ずは出よう。どうやら、車の前に迎えが来てているようだから」
「「……はい」」
ここカデクスに到着して以来、俺達の魔導車はロッテン男爵の計らいで迎賓館の裏にある庭の一角に停車させてもらっていた。そこは丁度侍従や下男など下働きの人達が使っている通路の横に有り、建物からは見えないようになっている場所だ。
俺は確かに昨日、カデクスに戻る事を屋敷の家令さんに魔導通信経由で連絡した。だから出迎えが来ていてもそこに違和感は感じない。でもそれにしては少し数が多いので、気になった。だからまずはどう転んでも対処できるように防御に適したセーリスと攻防得意のセリスを残し、攻撃特化の二人を連れて魔導車の扉を開けた。
「…ご無事でのお戻り、安堵いたしましたノート様」
扉を開けて降車すると、出迎えてくれたのはロッテン男爵の家令と侍従の皆さんだった。その後ろには男爵と辺境拍が左右に並び、真ん中に見た事もない人が二人、大げさな騎士を連れて立っていた。
「おお! 久しぶりだな、エクスの厄介事はもう良いのかね?」
そう言いながら、真っ先に俺の傍に来たのは辺境伯様。男爵とマルクスさんの姿も有るが、真ん中に立っている人たちの方に何かを話して居る様で、こちらに来る気配は無かった。
「──…全てでは有りませんが、帝国の間者については。…それで、あちらの方々は?」
警戒の色を解かないまま俺が質問をすると、辺境伯は相貌を崩しながら大げさな態度で俺に紹介を始めた。
「おぉ!そうであったな。先ずは紹介しよう…お二人は今回、このカデクスで起こった事件の調査に来られたエルデン・フリージア王国の国家調査団の──」
──…宮廷魔導士筆頭…オズモンド・デミストリアです。
──…同じく宮廷魔導士副団長…ミスリア・フォン・エルデンです。
…あぁ、言ってた国の調査団の……え? えるでん?
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