第14話 襲撃
セリスの魔道具店は商店通りのほぼ中心地に建っている。それは、彼女がこの場所に最初に店を構えたからだ。それまでの商店通りはもっと街の中央側に有ったのだが、彼女がここで生活雑貨の魔道具を安く販売したために、瞬く間に行列ができるほどの繁盛店になった。その行列を見た商人たちはこぞってその周りに屋台や露店を出すようになり、やがて彼女の店を起点として周囲に店が移転していったからだ。
彼女の店は、元々店舗としてではなく、屋敷として贈呈する予定の物だった。その為、屋敷の前庭部分を改築して店舗部分を増築して使っていた。そのせいで周りの店舗より少しへこんだような形になっていて、入りにくい入口の形をしていた。
「──…だからここを潰して元の屋敷に戻したのねぇ」
「…でもそのせいで魔窟の掃除からになっちゃったけど」
「フム…さすがはおばあ様と言えばいいのか…悩むな」
「ですね。アレ…どうしましょう」
ノートとセリスが抜けた為、三人の奥さんたちとジゼルとサラ、マリアーベルが残っていた。
「あははは!サラちゃあん! この花逃げるぅ!」
「うひゃぁ! そ、それは魔草ですぅ!」
店舗の裏側、ちょうど屋敷の前庭部分には、彼女が錬金の為に植えたと思われる魔草や、魔虫が、自己繁殖しており、とんでもない事になっていた。
「…だから、あんな大きな結界装置が有るんですね」
キャロルがそう言いながら見ていた先には、縦横二メートルほどの直方体の巨大な魔道具が鎮座していた。
「…あの魔石…翼竜くらいはあるわよね」
「…おばあ様は当時から凄まじかったからな…自前だろう」
「いや、そんな事を言ってるんじゃなくて──」
”ドカァァァァァアアン!” ”ドコン!”
「きゃぁ! なにぃ?」「爆発音ですぅ!?」「二人共! こっちへ!」
突然の衝撃音に子供達は騒ぎ声をあげる。ジゼルが咄嗟に二人を呼んで、呼び寄せようとする。
「シェリー! 何人?!」
「…待って、まだはっきりしない…セーリス! 結界は維持できてるの?」
「問題ない! 装置の方も稼働中だ。……ん? 気配が薄い?!」
流石に冒険者である彼女たちは瞬時に反応し、防御態勢をとると共に敵勢勢力の把握と防御状態の確認を行うが、セーリスの言った言葉に反応が変わる。
「帝国のシャドーだわ! シェリー、ノートさんの言ってた通りにジゼルさん達を!」
「了解! セーリス! ハカセは二人についているのね?!」
「ああ、大丈夫だ! それよりも、魔虫に気を付けろ! 毒持ちも居るからな」
「はぁ…敵より自分たちの敷地で気を付けなきゃいけないって、ホント災難。ゴーレムはどう?」
「準備できてるわ」
三人で一斉に話が纏り、散りじりに分かれて行く。シェリーはジゼルたちの元へ、キャロルとセーリスは門前に向かって走り出す。
◇ ◇ ◇
──…クソ! あの二人は一体どこに行ったんだ? 作戦は今日だとあれだけ言っていたのに!
帝国の特殊部隊影のリーダー、アジーンは憤懣やるかたない気持ちでいっぱいだった。ネヴィルとベイルズと言う今回の主役級でもある陽動部隊の人間が、ことも有ろうか襲撃決行当日に行方不明だなんて、一体何の冗談かと思ったのに、決行時間になってもネヴィルの魔獣騒ぎも、ベイルズの爆破事件も全く起きなかった。
一行が現在、商店通りで屋敷を改築している情報は既に聞いていた。そこに標的の人物が同行している事も。だから、あの二人が騒ぎを起こせば、街の混乱に合わせて動けると考えていたのに……。屋敷の前で息を潜めて数時間、待てど暮らせど一向に起きない騒ぎ。苦渋の判断で中止を宣言しようと思った時に、事態は動いた。主力の二人が衛兵詰所に出かけたのだ。彼はその千載一遇のチャンスに賭けた。
…もはや、あの二人に期待はしない。ここからは居ないものとして切り替える。
「【目】と【耳】はここで状況把握と報告を。【手】と【足】は目標の確保と離脱準備。他の者は俺と共に陽動だ! かかれ」
アジーンの言葉で一斉に気配が薄れ、メンバーが散っていく。先ずは騒動の起点を起こすために屋敷前を爆破する。
”ドカァァァァァアアン!” ”ドコン!”
門扉部分に投げ込まれた魔石爆弾が大きな音と閃光を撒き散らしながら、炸裂した。吹き飛んだであろう門扉に向かい、先行部隊の二人が飛び込んでいくが、門扉は全くの無傷だった。
「な! 何だ、どうして傷が……」「おい! ぼさっとするな!」
その瞬間に呆けた一人が、何者かによって蹴り上げられて吹き飛んでいく。
「本当ぼさっとするなんて、バカの極みですね」
「それを躊躇なく蹴り飛ばすお前も大概だけどな。…風よ」
門扉を軽く飛び越えて来たキャロルが着地の反動を利用して一人の男を蹴り上げたかと思うと、直後にふわりと重力がないのかと思うほどに軽やかにゆっくり着地したセーリスがキャロルに話しながら、文言を発動する。
彼女が発した文言はただの一言【風よ】。だがそれによって起きる現象は劇的だった。先行部隊に追いついた者どもを全て巻き込むように地面から突然つむじが起こったかと思うと、一瞬の間に竜巻の様に風が荒れ狂い、そこに居た人間を一纏めにして舞い上がっていく。その捲き込んだ風の中では礫が高速で飛び交い、さながら跳弾のように、襲撃者たちに襲い掛かっていく。
”ぎゃぁぁぁあ!” ”グワァぁ!” ”ぐへぇ!”
その様子を、少し離れた場所で二人の男が黙って見て聞いていた。
「…”精霊使い”が来ました。もう一人は…恐らく”神速の獣”でしょう。…はい、”獣の魔女”は見当たりません」
「──…流石は、現役のミスリルの渾名持ち…。簡単には、いかんか。…しかし、一体なぜ門が無傷なんだ?」
アジーンの言葉に、一人の男の目が光る。
「──…あった。門の傍に魔道具が仕込まれています。恐らくは結界装置だと思います」
「…なるほどな、セリスの魔道具屋…見つからないのは認識阻害だけではなかったという事か。おい、反射外套を使用しろ。ここからは俺も出る!」
◇ ◇ ◇
屋敷前で戦闘が始まった頃、裏口側に廻った部隊は勝手口の傍にいた。
「…ここも結界か。一体どんな魔道具を使ってるんだ? こんなデカい屋敷丸ごとだなんて」
そんな事を言いながら、一人の男が勝手口のドアに近づいた時、頭上から一筋の閃光が彼の足元を焼いた。
”バジュン!”
「おわぁ! な、なんだぁ?」
「……何だじゃないわよ。勝手に人の家に入ろうとしちゃだめでしょう」
その声に彼らが石塀を見上げると、そこには丸い球体を自身の横に浮かべた猫耳をピコピコ動かすシェリーが笑顔で立っていた。
「…獣の魔女めが! 散開! こいつは水と土だ! 火と風をぶぎゃぁぁああ!」
男がそう言って魔道具を取り出そうとした瞬間に、球体から火球が飛来し命中する。
「ウフフ。そんな情報古いわよ」
妖艶な笑みを見せながら、徐々にその口は大きく半月状に開いて行き、笑みは嗤いへと変じて行く。
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「な! おい、大丈夫なのか?」
飛び込んできた兵の言葉に慌ててこちらに聞いて来るが、俺達の代わりにシスがカークマンに返答する。
《…問題ありません。既に状況は収束しています。死者はゼロ。負傷者は賊のみ。野次馬をしていた中の何人かが転倒して擦りむいた程度です。現在、確保された賊は全て捕縛後、自害防止の処置をしています》
「ずっとコレを聞いていたんで問題は無いです。それにうちの奥さん全員現役のミスリル冒険者ですよ、プラス俺が装備も作って持たせてるんだから…大体、あの魔窟を襲ったっては入れませんよ。魔草や魔虫だらけなんだから」
「おい! そこまで言う事なかろう! まさか儂だってあんな風になるなんて考えていなかったんじゃから」
そんな俺達の会話を聞いていたコンクランとゼストは呆気に取られてただぼうっと眺めているだけだった。
「──…はぁ、こいつら相手には国家単位の軍隊でもヤベェかもな…」
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