第12話 細く絡んだ糸と糸
『──…何だと!』
「…せ、セレス様?!」
突然雰囲気が変わり、周囲に風を巻き起こしながらコンクランが差し出した資料を奪う様に掴み取ると、食い入るようにそれを読んでいく。俺達は彼女の行動を黙って見るしかなかった。感情が溢れているのか不機嫌なオーラが見えているように感じられたからだ。
「───…あ、あの隊長、合成強化体って?」
彼女が黙って資料を読み進めていたので、俺はカークマンに耳打ちするようにして話しかける。
「ん? あぁ、リビエラについてはさっき彼が話した通りだ。奴が錬金術と薬師のエキスパートだったと言うのは知っているか? 元々はその道で有名だったんだが……レアな薬草を求めて、エルフの国に行ってから様子がおかしくなったらしくてな。長寿がどうとか、不老が何だと言い出して。大方エルダー・エルフにでも会って、自分も長命に憧れたんだろうと話していたんだが……。どうやら違う方向に行っちまった。奴の研究所からは大量のキマイラのなり損ないと、人体実験の犠牲者が発見された。それらは特に頭や心臓部分が弄りまわした跡が見つかってな。国家調査団はそこから奴の発言と合わせてそう結論付けたらしい。キマイラは新たな肉体として。そして人間のどこかにある魂を、その身体に移動させる実験を行っていたんだろうとな」
カークマンの話を聞いて、ゾッとした。──…合成強化体への魂の換装…それこそ、俺がこの世界に降りる時に行われた事だ。神が直接創った肉体に俺の魂魄は換装され、この世界の人間として完成している。…それをこの世界の人間が再現しようとした? そんな考えがどうして浮かんだ? 合成強化体を造って、不死の軍団を使役して征服を目論むってなら、まだ理解できる。だけど自身の魂を移動させて別の肉体で生き続けるって……それじゃまるで──。
『クソがぁぁぁああ!! おい! ここに書かれている最後のこれは事実なのか!?』
セレスが激高と共に、資料をテーブルに叩き付けてカークマンたちに詰め寄る。彼女が示していたのは最後のページに載っていた部分。
「お、お待ちください! わ、我らもその件については資料でしか確認できていません。何しろその資料が書かれたのはもう四十年以上も前の話です。なので…この真意をお伺いしたくて、お呼びしたのです。聞きたかったのは私達の方なのです」
『グッ…そうか。だがしかし我はあの時、セリスと共に極炎の法術で奴の魂ごと葬ったはずだ…』
「せ、セリス様……あ、あのですな」
彼女が言い切った後に、申し訳なさそうに口を挟んで来たのはゼストだった。
『……なんだ?』
「い、いや、あの最後の瞬間奴が言った言葉…の事です。アレは最後にこう言ってました」
────…フ…はぁ……魂魄は既に移管済で…。
「最後の部分は特に小声だったんですが、そう言っていました。当時の儂には意味がさっぱりだったんですが…」
それを聞いたセレスは、記憶を呼び戻さんと目を閉じうんうんと唸り出す。
「…あ、あの時です。わ、儂がセリス様の足元に居た時です。あれは、奴の声が聞こえたのでつい近寄ってしまったんです。途中で奴は灰になりましたが、儂はセリス様より近かったので聞こえたんです」
『──…! お前が下着を覗いたときか!?』
部屋中の人間が一斉にジト目になってゼストを見やる。ジジイ…お前って奴は…勇者か!
「あははは!…そこは忘れて欲しかったのですがな…まぁ、そうですじゃ」
ゼストという名の勇者が薄くなった頭を掻きながら照れているとドアが乱暴にノックされ、慌てた様子の兵が飛び込んできた。
───…商店通りで、スレイヤーズの方々と、賊が交戦中です!
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「──…も、申し訳ございませんが、現在この教会の責任者が不在でして…ふぇ!? わ、私ですか? わ、私はこの教会の一司祭に過ぎません。ですので、立ち入りの監査など、私の一存で許可などとてもとても…」
カデクスに有る聖教会本部に衛兵を伴い、訪れたオズモンド一行に対する返答は拒絶だった。そもそもこの教会には現在責任者が不在だと言う。事件が有ってから既にひと月以上が経っているにも係わらずだ。
「フム。失礼だが、ロンデル司祭殿? だったか。貴方は元々ここの司祭ではないのですか?」
「は、はい。私は元々カデクスの東にある小さな町、エイシャにある教会を預かっている者です」
「その方が何故今現在もこのカデクス教会に?」
「──…そ、それは…人員待ちと言いますか、何と言いますか…未だ、こちらへ来られる司教様が決まっていないので…」
ロンデルはそう言った後、激しく後悔した。この街に派遣される司教が未だに決まっていないなど、外部の人間に漏らすようなことでは無かったからだ。まして、目の前にいる者達はエルデン・フリージア王国の直轄の調査団だと名乗って来て居る。下手な事を言えばそれこそ国相手の外交問題になってしまうのだ。にもかかわらず自分は何と迂闊な事を言ってしまったのだ…。そう考えると彼の額からは暑くも無いのに噴き出すように汗が滴っていた。
「そうですか……分かりました。では正式に総本部へ依頼しましょう。その書類を持って来れば問題は無いでしょうから」
オズモンドの言葉に、意図せず肩が跳ねてしまう。…それは非常にまずいのではなかろうか? この教会は言わば、暗部であり恥部に等しい。もし、あの施設が露見すれば、たちどころに追及されることは自明の理だ。総本部が許可など出す事は万に一つも考えられないが、そうなれば、増々この教会に疑念の目が向く事もまた必定。何時しか彼は、意識せずに蒼白となり、瞳が忙しなく揺れていた。
「──…どうかなされたか? 顔色が優れませんが」
「……へ? い、いえいえ…大丈夫です、はい大丈夫です問題ありません!」
「…そうですか。分かりました、では我々はこれで失礼いたします」
「…は、はい。お役に立てず誠に申し訳ございません」
◇ ◇ ◇
「宜しいので?」
馬車に乗り込んだ途端、ミスリアがオズモンドに確認する。先程の彼の異常なまでの慌てぶりは誰がどう見てもおかしかったのだ。なのに団長はすんなり引き下がった。策はあると思うが聞かずにはいられなかった。
「──構いませんよ。教会には既に二人程入りました。それに、無理に押し込めば必ず反感を買ってしまう。宗教を相手にする場合、絶対にしてはいけない行為がそれです。考えても見て下さい、聖教会は【聖イリス教】です。国教なのです、それに歯向かうという事が知られ、教会側に我らが神の意に反する行為を行ったと言われればどうなるか。だから表向きにはどんなことがあっても正攻法でしか話を進めるしかないのです」
「なるほど……国民すべてが信じている教えを国自体が否定すれば…味方が居なくなってしまうと」
彼女の言葉に彼は首肯きながらも、思考は既に別の事を考えていた。
──…恐らくはこれで、教皇の考えは見えてくるでしょう…聖女様との確執…異端審問官の動向…悪魔種……何かがどこかで繋がっている気がする。まずは、カデクスの暗部を見せてもらおうか。
「エリクス様…オズモンド卿は何をなさろうとしているのでしょうか?」
国家調査団とは別の馬車に乗り込んだ辺境伯とマルクスやロッテン男爵は、先程のあっさり引いた彼に少なからず違和感を感じていた。あの様にあからさまな態度をとっている司祭に対し言質も取らずに引くなどと。智謀に長けた彼にしては些か肩透かしを食らった気分だった。
「──…この度の件、やはり一筋縄ではいかんようだな。オズモンド殿は多分、全てがどこかで繋がっていると考えているのだろう」
そう言われて、二人の頭に浮かんだのは一言だった。
────…何が?
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