第10話 その国の名は
──エルデン・フリージア王国。
中央大陸の南東部に位置し、北にガデス・ドワーフ洞窟帝国、北西にハマナス商業連邦、西側をシンデリス連邦共和国と、三国と国境を有するヒュームの国で最も様々な種族との接点がある国だ。その為、どの国よりも種に対する偏見や差別がなく、様々な種族が流入して、生活を共にしている。特に奴隷制度については厳しい規制があり、犯罪者だけにしか適用されない。その為、所謂借金奴隷等と言った制度は無く、そう言った者にはギルド管理による労働派遣業務に就く。言わば公共事業の労働者となるのだ。その為金銭の管理や衣食住の保証はギルドが行う為、安全確実なものになっていた。これらすべては先々代に当たる国王が、精霊王との邂逅によって取り決めた制度の一つである。
王都は国の最も北西側に位置しており、最もハマナス商業連邦に近い場所に有った。国土はとても温暖な気候で肥沃な土地であり、様々な作物が各領で特産物として作られていた。それらは王都を中継してハマナスに持ち込まれるため、エルデン・フリージア王国の王都は食の都としても有名であった。また、その温暖な気候を利用しての花の栽培にも力を入れており、年間を通して様々な種類の色とりどりの花の産地でもあった。王城には七色に染まった花園があり、まるで虹のように見える事から、虹の王城とも呼ばれ、とてもきれいな白亜の城が、まるで虹の上に建って居る様に見える、幻想的な城であった。
そんな王城の中にも至る場所に花が飾られ、敷き詰められた絨毯や壁にもそんな柄の意匠がふんだんに使われ、王城の外観の白亜とはまた違い、とても華やかな雰囲気を漂わせたいた。そんな華やかな雰囲気も、その奥にある特別な個室には全くなかった。その区画は大扉を近衛騎士が城内にもかかわらず帯剣し槍を携え、その威容を離れた通路からも窺える。部屋には防音と魔術結界が張られ、外敵排除の為の魔道具が至る所に設置されていた。
「──……それで、団長は何と言って来ているのだ?」
部屋にある長机の頂点で意匠のこった椅子に腰掛けて、周りに座った者達を睥睨するように見回しながら聞く、一際豪奢な衣装を見に纏った偉丈夫。
──カーライル・バイス・フォン・エルデンⅤ世。
現エルデン・フリージア王国の国王である。
「は! 現地からの平文通信によるところでは、現地到着後、速やかに現場確認の任に着いたとの報。符丁文には間諜の調査開始と現場の調査を開始したとの事でございます」
国王の質問にすぐさま席を立ち、手元にある資料を淀みなく読み上げたのは、宰相を務めるブルミア・フォン・ドミニオン。
それを聞いた国王が小さく一つ頷くと、宰相は椅子に腰掛ける。彼が座ったのを見届けると同時に彼の隣に座っていた偉丈夫が声を上げ、王を見ながら立ち上がった。
「今回の調査に於いての件で一つ疑義が御座いますれば、発言の許可を」
「……なんだ、言って見よ。ドレファス」
既に立ちあがっておいて今更許可とは……。と、心の中で愚痴りながらその素振りを一切見せる事無く先を促す。
「は! 今回の遠征に関しまして、魔導術式の疑ありと聞いております。それ故、魔導士筆頭が出向かれたことにつきましては問題は有りません。……ですが! その護衛として任される者達がなぜ、我等、王国騎士団ではなく、国王様直属の近衛隊が任されたのでしょうか。この王都内に出向くのならば分かります。ですが向かった先は辺境の地、なれば国威を示すは我等、王国騎士団の勤めでは無いのでしょうか。まさか、魔導士副団長が、王のご息女であられるミスリア様だからという理由であれば、彼女の魔導師としての資質そのものに対する侮辱とも取れますが如何か?」
──王国騎士団騎士団長ドレファス・フェルナンデス。
エルデン・フリージア王国の国軍としての最高責任者であり、軍部のトップである。但し実力はと問われると、些か首をひねらざるを得ない。なぜなら彼は先代王国騎士団長の息子であり、就任したのも去年だからだ。彼は体格には恵まれていた故、一兵士と考えたならば、確かに戦力としては申し分なかった。だが、軍の指揮権を持つトップがそれだけで務まる訳がない。軍略は当然ながら、ある時は政略さえも熟さなければならないのだ。それがために、騎士団では第二軍の副団長止まりだったのだ。そんな彼が何故、騎士団長となったかと言えば、先代である父親のフィリップ・フェルナンデスが次期団長を指名せずにこの世を去ってしまったがために、周りの貴族連中が彼を担ぎ上げた結果だ。その為士気は下がり、先代の片腕とも言われ、騎士団副団長だったオーティスまでもが、野に下ってしまった。今の騎士団は貴族至上主義の腐った連中の手に落ちてしまったのだ。
その為宰相は手を尽くし、現在も水面下でこいつ等の裏を探すのに必死だ。
──エルデン・フリージア王国、宰相ブルミア・フォン・ドミニオン。
長年に渡り、我が王家に仕える侯爵家の人間。唯一無二の信頼できる臣下だ。元々は王家の弟の家系であり、公爵家でもあったが、子供に恵まれず、娘しか生まれない時代があった。その為当時伯爵家であったドミニオン家を侯爵に陞爵させ、降嫁させることによって興した家だ。
国王はそんな二人が並んで座るテーブルの対面側に目を向ける。ドレファスの正面には彼ほどの体格は無いがそれでも十二分に鍛え上げられた肢体を持った壮年の男が無言で座り、ブルミアの対面には痩身で鬱々とした表情ながら、豪奢な魔導師の礼装を纏った男が座っていた。
壮年の男はエルデン・フリージア王国、王国近衛騎士団長キース・ボードウィン。瘦身の方は宮廷魔導士第二団長ハッセル・ヤング。二人はドレファスの言った事などまるで意に介さず、キースは真正面から涼しげな顔で彼を見つめ、ハッセルは手持無沙汰なのか手元の資料に何かをずっと書き留めていた。
そんな二人をやれやれと思いながら奥に目を向けると、財務大臣のミダス・ニールセンや、諜報部長のパット・エルネスと言った国の重要ポストの人間達だけが座っている。
「──…パットよ、すまんがこ奴に今一度説明をしてやってくれ」
言われたパットは一礼をして立ち上がると、議場に聞こえるほどの大きなため息を一つ漏らし、ドレファスに向かって話し始める。
「……宜しいかなドレファス卿。今回の調査に赴く際に散々ご説明したのですが、卿の所望により再度ご説明差し上げる。今回の調査に際し、エリクス辺境伯からの事前報告において、事件当事者の後ろに帝国の影がちらつくとの知らせが入った。更にその件に絡んだ別件に於いては、聖教会が動いているとの情報が別の筋から確実な物として入手できたのです。故に今回の件は国内外ともに一定の動ける準備をした上での機敏な初動が肝になると判断が下された。となれば、現状外に向かう我が国の鉾はどなたですか? ドレファス卿、貴方が団長を務める王国騎士団ではないのですか? 故にこちらとしても苦渋の判断の結果、事件の捜査に於いては魔導士筆頭を。護りについては自由の利く指示系統を持った近衛にしたのですぞ? 散々会議でもお話しましたし、資料も議事録も全て特秘術式書類としてお渡ししていますが、お忘れか?」
パット・エルネスの言葉にドレファスは返す言葉を持てなかった。当然である、彼が言った言葉は初めの調査団の人員調整時に散々議論され、結果も既に出ていた事柄なのだから。彼の顔は見る間に紅潮し、珠のような汗が額に浮き上がっていた。
「……グッ、そ、それは」
「もう良い。偶々忘れていたのだろう、誰にでもある事だ。気にするな、それよりも貴様はこの国の鉾だという事を忘れずに頼むぞ」
仕方なく王が、わざわざフォローの様に声を挟むが、掻かされた恥と狭量さが邪魔をし、渋面のまま御意と言って俯いてしまう。
──会議は踊る……か、それ以前の問題だな。肝心な話が全く出来ん。
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