第9話 禁忌と深淵を臨んだ者
凄まじい数の氷の槍が標的を串刺しにせんと殺到していく。それらは目標に激突した途端に爆散し、あっという間に一帯は氷煙に包まれ、気温自体も下がっていく。やがて槍はその数を減らし、爆散した氷の粒が粒子となって、日の光に照らされ幻想的な空間になっていく。
「──坊主、儂の後ろから絶対に出るなよ。出れば死ぬぞ」
そんな見た事もない場面をただ呆然と見ていたゼストに彼女の声が届く。え、死ぬ? どういう意味だと思い彼女を見上げようとした時。
「アハハハハ! 素晴らしい! やはり純粋種は違いますねぇ」
薄くなった煙の向こうで、高らかに笑う声が聞こえてきた。
「しかし、いきなりはチョット頂けませんねぇ。おかげで番犬が使い物にならなくなってしまいましたよ」
その声が聞こえたと同時に、煙が一気に掻き消されるように晴れて行く。
「ヴぉお……オオ…」
「グル…ガァ」
そこには身体中に氷の槍が突き刺さり、血の海になった地面に横たわる二体の異形。そしてそれらを労わる様に見つめる、無傷の白い外套の男が居た。
「やはりその外套には……付与しているのだな」
「フハ! やはりお分かりになりますか! 流石は志を同じにする御方。えぇ、そうですとも。これには闇精霊の核が付与されています」
──闇精霊。その言葉を聞いた瞬間にセリスの顔が憤怒に染まる。
「ふざけるなぁぁぁああ! 何が同じだ! 儂は精霊達を道具にしたり、まして思うたことなぞ一度たりとも無いわ! それを貴様は、貴様はぁ! よりにもよって闇精霊達をその様な物に……」
リビエラの言葉に、セリスが足元の地面がたわみ歪んでしまうほどの怒気と魔力を放出させながら、激高する。彼女にとって精霊たちは祖を同じとするモノ達だ。言ってしまえば兄弟姉妹に近しい。それらが、哀しい運命で瘴気に侵され闇精霊となってしまった者達を無に還してやる事はあっても、あの様な邪法によって死して尚、侮辱され続ける事など許せるわけがなかった。だがそんな凄まじい怒気をあてられても、リビエラはきょとんとした表情で逆に聞き返してくる。
「おやおや? これは異な事を仰るのですねぇ。確かセリスさんは魔導の深淵に臨み、魔道具をそこに至らしめんと日々精進されているとお聞きしたのですが。私の聞き違いでしたか?」
「何をふざけた事を抜かしておるのだ貴様! 儂は確かに深淵を臨んだ。じゃが、貴様の様に禁忌などに手を出すような愚かな下種ではないわ!」
「あはははははは! それこそ片腹痛いですねぇ。研究者にとって真理の探求者にとって禁忌などと言う言葉は意味をなさぬものです。深淵を臨んだあなたが深淵に何を望まれたかは私には計れませんが、私にとっては所詮些末な事です」
余りに含みが有り過ぎて、二人以外には全く意味が通じない会話が続いたが、リビエラが言った些末の言葉が聞こえた瞬間、先程までは氷煙が舞う程に冷えていたこの空間が、一瞬にして陽炎が立ち上るほどの熱気が立ち込める。
その刹那の時にリビエラは、外套を身体に巻き込み頭まで被ってしまう。次の瞬間、彼と彼の周りは一瞬の間に業火が立ち上り、その炎は赤から青へ、そしてすぐに白熱化してまるで日の光が其処に産まれた様な状態変化を起こす。
”ゴォォォォオオオオ!”
やがてその光が収まり、熱気がゆっくりと収まると見た事もない風景が現れた。極炎によって熱せられた地面は半円状に落ち窪み、その周囲は赤熱化して溶岩状態となっている。中心地は更に酷い状態で、既にガラス化状態を超えて炭化し、地面は未だ燃え続け、そこへ周りの溶岩が流れてガラス積層化していっていた。
その中心部に居たリビエラは、ゆっくりとその場から這うように出てくると、その場に膝をついて座り込んだ。
「──は、ハハハ……これが深淵の災厄……流石にコレは防ぎきれませんでしたねぇ……グハッ」
外套の下半分が無くなり、既に身体自体が炭化した様な状態のリビエラが辛うじて残った首から上の部分で嗤う。
「はは、今回は私の負けとしておきましょう。この体は……もう限界の様ですからねぇ」
「──…ふん、下らん事を。貴様の様な下種で屑な魂が輪廻に戻れる訳なかろう、精々永劫の闇で苦しむがいいわ」
「フ……はぁ……魂魄は──」
最後の言葉を言い切る前に、全てが炭化したリビエラはそのまま崩れ、熱気による上昇気流に流されて、外套と一緒になって消えて行った。
「……皆の無念、少しは晴れてくれればよいのだがな」
空に上がった灰を眺めながら彼女は呟いて、こちらにクルンと振り返る。それはそれは綺麗な笑顔がすごく怖い。
”パカン!”
「いてぇ!」
「このマセガキ! ドサクサに紛れてどこを覗き込んでおるんじゃ!」
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「あぁぁぁぁああ!? あの時のエロガキか!」
何かを思い出したセリスさんが、そんな事を言いながらゼストさんの頭を叩いていると、カークマンがそこじゃねぇ! と突っ込みながら割って入る。
「っとに、ゼストの爺さんも叩かれて喜んでんじゃねぇよ。ってか昔話で終わるなよ、肝心な事はその先だろうが」
「細かい事を言う隊長じゃのう。別にちょっと位構わんじゃろうが……。あぁ、わかったわかった。そう睨むな、えぇと。あぁそうじゃった。セリス様、あの後の事覚えていらっしゃいますか」
「ん? どうゆう事じゃ?」
ゼストは思い出せないセリスに代わり、その後の顛末を語り始めた。
セリスは自身の手でリビエラを始末し、灰となって消えた事を確認すると衛兵隊の連中に癒しを掛けて回り、後始末を任せて貧民街に戻って、怪我をした老人や子供達を率先して助けて行った。結局彼女はそのまま街に戻り、この研究所の結末を見ずに事件後ここを訪れる事も無かった。
そう。リビエラが死んで終わったわけでは無かったのだ。
家主のいなくなった研究所に衛兵隊が大挙して捜索した結果、研究所からは何十人もの異形の遺骸や、何かの液体に浸かったままの人の様なモノなど、様々な意味不明な死体が発見され、ドノバン隊長は手に負えないと判断し、領主に相談した結果、国家調査団が派遣された。約三か月に及ぶ現場調査が徹底的に行われ、建物は全て破壊され更地となった。地下に合った施設は取り壊すまではいかなかったために放置されたが、中に有ったモノはゴミの一つまでも持ち出され、もぬけの殻となっていた。その場所に近寄る者は当然おらず、やがて話が風化し、スラム化するまでずっと空き地となっていた。
最も厄介だったのは、薬を飲んだ人間たちだった。彼らはすぐに一カ所に集める必要が有った為、選ばれたのはエクスに出来たばかりの聖教会の孤児院に一時纏められた。衛兵たちが必死に捜索したにもかかわらず遂に解毒薬と言う物は発見に至らず、そもそもその様な物が作られたのかも分からなかった。結果、日を追う毎に薬を飲んだ全ての人間が無残な死を遂げて行った。その苦しみを少しでも和らげようと、聖教会の術師や聖職者たちは毎日祈りや癒しを彼らに施したが、それが報われることは遂になかった。
ゼストは以降、この地に留まり、見つけられなかった仲間たちと共に鎮魂の意味を込めて日々祈りを欠かさず通う様になっていた。
「──そうか。やはり人も報われずに逝ってしもうたのか」
ゼストの言葉にセリスは想う所が有ったのだろう。静かにそう言ってソファにもたれたまま目を閉じる。
「そう。あの後、貴女が去ってから調べ尽くした結果、国家調査団によってあの場所で禁忌の実験が行われていた事が発覚したんです」
ゼストの言葉を引き継いだのはカークマン。コンクランが差し出してきた分厚い資料と共にそんな事を言ってきた。
──禁忌の邪法。合成強化体製造と魂魄の移送実験を行っていたようなのです。
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