第8話 禁忌の探求者
その瞬間は爆発したかのように起こった。
その光景を見たひとりが悲鳴を上げると、次々に恐怖は伝播し、騒然どころの騒ぎではない。絶叫は地響きの様に一帯を包みこんだ。男の治験後、同じ治験を受けた者達は皆自分も同じようになると思って喚き散らし、恐怖がその場を支配した。その場は正に阿鼻叫喚の場と化す。
騒ぎを聞きつけた衛兵が、そこに居る者達に事情を聴いて落ち着かせようとするが、誰もまともに答える者がいない。困った隊員は当時の隊長の元へ駈け込んで説明するが、要領を得ず、現場は更に混乱状態となっていく。
そんな貧民街には当然ながら、様々な年齢の人間が居た。下は産まれたての赤子から、明日には寿命で消えてしまいそうな老人まで。様々な人間でごった返している。そんな場所へパニック状態が伝播すればどうなるか。そこらじゅうを走り回る大人たちに巻き込まれ、小さな子供たちは蹴飛ばされ、年寄り連中は突き飛ばされる。どんなに衛兵が大声で止めようとも、そんな程度で立ち止まる者など誰一人としていなかった。
ゼストはそんな貧民街の中で、子供達を纏めてちょっとした悪さをするグループのリーダー格だった。端的に言ってしまえばガキ大将だ。街中に住む平民の子供ならば、もう見習いとなって働いていてもおかしく無い十二歳、子供たちの中で最も年長者。だが、貧民街の子供に街中の連中はゴミ掃除か、ドブ攫い程度の汚れ仕事の日雇いしか出さない。常に仕事にあぶれ、暇だけが彼等にはあった。いつものように暇潰しの何か遊びのネタは無いかと皆でうろうろしていると、異変を感じて調べてきたのはそのグループの一人。通りで誰かが倒れたそうだと言ってきた。子供たちはそれを見に行こうとしたが、地響きとも取れるような音に驚いていると、人が一気に波のように押し寄せて来たのだ。慌てて建物に避難したが、貧民街の建物が頑丈にできている訳もなく。あっという間に小屋は破壊され、子供たちは散りじりになってしまった。
「──クソっ、何だってんだよ! 何が起きてやがんだ! おい、モリスー、ケイン! どこだぁ?」
ゼストはあらん限りの声で叫ぶが人の波に押し流され、どこにも届かないままに、何時しかそこに辿り着いていた。
街の最も外壁沿いに建つ、何かの倉庫街のような場所。その一角にある薬師の研究所前。
「おい! 何の薬を飲ませたんだ! アイツはドロドロに溶けて死んじまったぞ!」
「責任者はどこだ!? 出て来て説明しろぉ!」
「解毒薬を出せぇ! まだ死にたくねぇ!」
「ここを開けろ! おい! 早くしろ!」
そこには治験で薬を飲んだ連中が解毒を求めて殺到し、怒号が飛び交い騒然として、今にも門を破壊して暴動になりそうな状態になっていた。
「おい! 静まれ! ここは私有地だぞ、一体此処で何をしているんだ?」
貧民街の騒動から抜け出してきた衛兵たちの何人かが、こちらの騒ぎを聞きつけてこちらにも向かって来た。
「何を言ってやがる! おめぇらは通りの血だまりを見てねぇのかよ。アレを起こした張本人がここの薬師だ!」
一人の男が目を血走らせながら、鬼気迫る表情で衛兵隊に詰め寄っていく。
「何だと? じゃぁ、あの騒ぎはここの者が引き起こしているのか?」
何人かいた衛兵の後ろから、少し偉そうな服装の隊員が出てきた。
「私はこのエクスの街の衛兵隊長を任されている、ドノバンと言う者だ。誰かこの騒動の説明をしてくれんか」
ゼストはその様子を、通りを挟んだ石壁にもたれ掛かりながら茫然と眺めていた。話の内容は良く分からなかったが、騒いでいた連中には見覚えがあった。確かアイツらは治験に参加していた連中だ。解毒剤がどうとか言ってたが、毒でも飲んじまったって事なのか? 等とぼんやり考えていた。
”ズドォォォォォォォオオオン!”
とんでもない大音響とともに、腹に響く様な地響きが伝わってきた。ゼストは慌ててその場に蹲り、何が起きたと周りを見回すが、低くなった視界からは何も見える事は無かった。
「なんだ? 今の音は。ばくは──! 表の通りか?!」
「おい、アレは何だ。た、竜巻か?!」
そう言った彼らの視線は通りの上空を見上げていた。ゼストも釣られてそちらを見ると、建物の隙間から上空に向かい、大きな風の渦が空に舞い上がって行くのが見えた。
「おい坊主、リビエラとか言う薬師の居場所はここか?」
いつの間にそこに居たのか。それとも空でも飛んで来たんだろうか。気づくとその人は自身のすぐ隣に立っていた。
「あ、……へ?」
「ん? なんじゃ、聴こえんかったか。あの目の前の建物に、リビエラとか言う頭のおかしな奴がおるのかと聞いてい──」
「セリス様! どうしてこちらに。あ、もしかして先ほどの竜巻は、セリス様が」
「そんな事はどうでもいい! 彼奴はここに居るのか?」
「……え? 彼奴とは?」
「リビエラじゃ。薬師とほざいておるそうじゃが、あ奴め……。どうなんじゃ!」
彼女は相当怒って居る様で、今にも暴れ出しそうな雰囲気を撒き散らしながら、衛兵隊長に詰め寄っていく。
「お、お待ちください。確かにここはその者の研究所だそうですが、今他の者たちにも事情を聴いておりまして」
それを聞いた彼女は先程騒いでいた連中を睨みつける。
「──貴様ら、あ奴に何をされた?」
「毒だ! 毒を飲まされたんだよ」
「騙されたんだ! 薬だって聞いてたのに!」
次々に出てくる話に彼女はどんどん機嫌が悪くなっていく。何時しか彼女は俯き、拳を強く握り込んでいた。
「……何の薬と言われて飲んだのだ?」
「た、確か…体力が付くとかなんとか」
「俺は魔力量が増えるって言われたぞ…」
「……そうか」
俯いた状態で、周りの連中の話を聞いた後、隊長の方へ体ごと向き直る。
「奴を呼び出せ、今すぐにだ」
「……ひぅ」
発せられたその声は、その場にいた全員が黙るのに十分なほど、殺気が籠っていた。その声を一番近くで聞いていた隊長は、真っ青になり他の人達と一緒に後退ってしまうほど。
隊員たちに声を掛け、門に向かった衛兵隊を見ながら、セリス様は他の連中に声を掛ける。
「お前たちは、ここから離れた方が良い。恐らくここは戦場になるぞ」
その言葉を聞いた者達は、一斉に頷き我先にと急ぐように走って行ってしまう。そんな状況にあって尚、ゼストはそこを動かなかった。いや、動けなかった。
──こんなに綺麗な人が、この世界には居たんだ。
超不純な理由だった。
「お前もはようにげ──」
”バガァァァァァアアン!!”
「ぐわぁあ」
「貴様ぁ!」
その声に二人で振り返ると、鉄製で出来た門扉が内側から弾き飛ばされ、衛兵隊が一緒に巻き込まれて転がって来る。
「ヴォォォォオ! オオアアア!」
「グルルルル」
門扉を破壊しながら出てきた者達は、魔獣でもモンスターでも、ましてや人でもなかった。それらすべてを掛け合わせ、子供が粘土でこねたように歪な形をした異形が、二体並んでいた。
「……何ですかぁ。いきなり大きな声で人の敷地に怒鳴り込んで来る不作法な方々はぁ」
その異形の背後から、一人の白衣の様な外套を纏った男が現れる。その男の風体は痩せてはいるが、おかしな部分は見当たらない。腕も二本肩から伸びているし、人間と同じ様に二足歩行していた。
──貴様がリビエラか。
「──んんぅ? おや! そう言う貴女はエルダー・エルフのセリスさんじゃないですか。何です、私の研究にご協力なさってくれるのですか?! いやはや、誠にそれは素晴らしい! 貴女様のような純粋な妖精種ならば、研究者であり探究者である私の探求に必ずや功績を齎してくれるでしょう! ささ、どうぞこちらに」
──阿呆が、死ね。
”ズドドドドドドドドドドドド!”
セリスがそう言った瞬間、数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの氷の槍が、リビエラに殺到していった。
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