第7話 狂気の実験
──その報告が入ったのは、太陽が中天を過ぎた頃だった。
初めの報告ではスラムの住人同士のいざこざとして入ってきたそれは、次に巨大な魔獣が暴れていると言うモノに代わり、最後に来た報告では異形の巨人が二人の冒険者たちと戦闘をしているとの事だった。
次々に変わって行く内容に、スラム街で酔っ払いが暴れていたのが、尾ひれでも付いたのかと思っていたが、次々入って来る目撃情報に、次第におかしな点に気付いた。そのいざこざから戦闘に至るまで、全てが同じ場所で起こっていた。すぐに報告が詰所本部に廻され、二個小隊が現場に到着した時には、潰れて瓦礫になった小屋と、何らかの戦闘痕だけが残っていた。
「──…一体何が暴れたらここまでの破壊が出来るんだ?」
小隊を率いて現場を確認したコンクランが最初に零した印象はそれだった。街の外壁を利用して建っていたと思しき小屋は粉々に粉砕され、解体工事が終わった後の様相。その際に飛び散った残骸が周りの建物に突き刺さっており、大きなものでは専門の人間が何人もかかって撤去しないと無理そうな瓦礫が、屋根を押し潰さんと覆い被さっている。ただ不思議な事にこれだけの惨状でありながら、被害者はおろか、ケガ人すらいないと言う。確かに調べてみたが、戦闘跡には全く血痕などと言ったものがなく、何人でこの状態を作ったのかも見当がつかなかった。
「副隊長! 目撃者を連れて来ました」
小隊の隊員たちは既に聞き込みを行っており、その中の一人が目撃者だという一人の老人を連れて来た。
「ご苦労。ご老人、すまんがどの様な事を見たのか。今一度ゆっくりで構わないので話してもらえるか?」
「あ、あぁ……。初めは二人組の男が、そ、そこの開かずの家に入って行ったんじゃ」
──開かずの家?
老人が言ったその言葉に意味が分からず、コンクランは瓦礫となった小屋の辺りを見回した。そこはまだ撤去作業が進んでおらず、積み重なった石材や材木が折り重なるように無造作に積み上がっていた。疑問には思ったが、先ずは先を聞こうと考えた彼は、老人に先を促した。
「この辺りに元々誰も住んではおらんのじゃ。いや、住めなくなったんじゃ。アレのせいで。ここは儂らスラムの者でも近づかん呪われた実験場なのじゃから。なのに──」
そこまで聞いてコンクランの脳裏に引っ掛かる事があった。実験場……。そうだ! ここはあの【狂人】が実験場に使っていた地下施設の在った場所の近くじゃないのか? 老人の話をいったん止め、詰所へ案内するように隊員に言付け、別の隊員に詳細地図を持ってこさせる。
「──……ここが、だから、やはりそうか! おい! 何人か一緒に来い!」
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「──で、儂らに何用じゃ?」
夕刻近くになった頃、拠点とするために購入した店舗での作業中に衛兵の人が俺達を呼びに来た。至急という事だったのでとりあえず、俺とセリスさんで詰所の本部へ向かう事になった。
本部の隊長室に入ると、カークマンとコンクラン、数名の隊員と共に、見た事もないお爺さんが一人ソファで食事を摂っていた。俺とセリスはお爺さんの対面側に案内されてそのソファへと腰を下ろす。
「申し訳ないな。どうしても聞いて欲しい事が有ったのでな。爺さん、さっきの話二人にもう一度聞かせてくれ」
そう言われた老人は、食べていた食事を脇に置き、一口水を飲んで呼吸を整えてから初めて俺達を見る。
「──アレは……って、セリス様?! は、ははぁあ!」
セリスを見た瞬間に彼はソファを飛び退いてひれ伏し、頭を床にこすりつける。しかしそれをされたセリスは全く分からず、ハテナマークが浮かんでいる。
間を開けて顔を上げたおじいさんが、きょとんとしたまま自分を見ていることに気付き、にかっと相貌を崩し、快活に笑った。
「ハハハ! 分からんのも仕方ありません。お会いしたのはもう何十年も前ですじゃ。しかし、セリス様は今も変わらずお美しい」
そんな事を言われても彼女はピンとこない。それはそうだろう、彼女と俺達ヒュームの時間はあまりに流れが違い過ぎる。彼女にとってはヒュームの顔など覚えてなどいられる訳がない。
「そうですな。儂らヒュームとエルダー・エルフ様であられるセリス様とでは時間があまりに違いますな。儂の名はゼスト。あの狂人リビエラから命を救って頂いた、ガキ大将のゼストですじゃ」
それを聞いた瞬間、彼女の表情が変わる。
「──リビエラじゃと?」
彼は一つ頷いてから、当時の事を少し懐かしむように話し始めた──。
◇ ◇ ◇
当時はまだこのエクスも街へと変わったばかりで人口の流入が盛んに起きていた。そんな中、入門口近くにあった現在のスラム街は、貧民街や流民街と呼ばれ、人の活気であふれている場所だった。そうした中、何時頃からか妙な噂が流れ始めた。
──『また人が消えた』『夜中に魔獣のような叫び声が聞こえる』『朝になると家人が居ない』──
始まりは小さな声だった。なぜならここは貧民街であり、流入してきた人間が沢山いる。それ故に出入りも激しいのだ。どこかに移動したのかもしれない。嫌になって逃げだしたのかも分からない、探せば理由は幾つも見つかった。……そんな中、ある一つの噂が持ち上がった。
──薬師が、高額で人を雇っている。
なにやら治験を行っているそうで、拘束期間は三日程、たったそれだけで、報酬額は五千ゼムだと言う。当然ヤバい薬の実験台だろうと初めは誰もやらなかった。ところがある日、一人の無一文がその治験を受けてみると言い出した。最初は皆が止めたが男の意志は固く、結果ソイツは金を手に入れて戻ってきた。ソイツの話では一日二杯、朝夕の食後に無味無臭の琥珀色をした液体を飲むだけだったそうだ。飲む期間は三日だが、十日後に経過を見る為また来いと言われて帰ってきた。聞けば滞在中は何をさせられる訳でも無く、日がな一日ダラダラして、三日過ごしただけだった。
その噂はたちまち拡散され、貧民街で仕事にあぶれたものはこぞって治験に参加していった。
初めに治験に行った男が十日後、薬師の元へ向かう途中にそれは起こった。
「──グッゥゥゥウウガァァァァアア!!」
突如、道の真ん中で悶えだしたと思うと、胸を掻き毟り出し、目を充血させて涎をたらして大きな声で喚きだした。周りに居た連中が取り押さえようと、何人かで抑え込んだが、ソイツはとんでもない力で連中を投げ飛ばす。やがて苦しみが頂点に達したのか、獣のように吠え出したかと思うと、その場に昏倒した。恐る恐るソイツの周りに近づくと、何やら異臭が漂い、皆が一斉にソイツから離れた。
「──ヴオオオ! オアアアアア!」
昏倒していた男が奇妙な声で呻きながら立ち上がった。見ると皮膚は焼けたように爛れ、よく見ると体のあちこちがボコボコと歪に膨れ、体中から煙と異臭を放っていた。
「うお! くせぇ! 何だこの匂い!」
その煙を嗅いだ奴が叫んだ。それはまるで生ごみの中に鼻を突っ込み、更に刺激臭を直接嗅がされたような、一言では表現できない程の悪臭。それを嗅ぐまいとどんどん人は離れて行き、いつしか、道には男一人。
──ヴオオオ……ズルリ。
男が歩き出そうと足を一歩前に出した時、その足は地に着いたまま、膝から上だけがずれる様に外れた。そのままバランスを崩した男は地面に向かって吸い込まれるように倒れ込む。
”グチャ! ベキャ、バシャァ!”
それはまるで水風船が割れる様に、道の真ん中で真っ赤な血を撒き散らして、弾けた。ぶすぶすと煙を上げて骨も肉も一緒くたに溶けて行く──。
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