第6話 リビエラ
そこに着くまでは何の代わり映えもない、ごく普通の大きな役所の風景だった。各フロアにはたくさんの職員が動き回っており、書類の整理や作成に追われて雑然としていた。
空気が変わったのは六階の階段を上り切った時だった。踊り場の部分に衛兵が立ち、進入禁止の表示が掲げられている。こちらを先導していた衛兵に気付くと敬礼の後、掲示板を端に寄せて道を開いてくれた。
「──確か現場は八階だと聞いていたのですが?」
「は! 万が一を考えて、七階部から立ち入り禁止としております。とは言っても、七階部分は元々評議員たちの部屋と、小会議室等しか御座いません」
こちらの質問に、先導を続ける衛兵隊副団長が淀みなく答えてくれる。
「なるほど。ありがとうございます」
階段を上り切った先に出ると、まず目に飛び込んできたのは結界の虹色に光る膜だった。傍には結界魔道具が並び、何人かの魔技師や魔術師も見受けられた。責任者と思しき一人がこちらに気付き、こちらへ歩み寄って来ると副団長と何やら話した後、調査団の元へ向かって来た。
「お待ちしておりました。カデクス魔技師ギルドのサブマスターを務めております、スヴェンと申します」
「エルデン・フリージア王国、国家調査団代表を務める、オズモンド・デミストリアです。現場の保存ありがとうございました。これより調査に入りたいのですが、結界解除にはどれほどかかりますか?」
「解除自体はすぐに行えます。魔道具や人員の撤収に少しばかりのお時間を頂ければ──」
彼の言葉にオズモンドが首肯くと、スヴェンはすぐさまそれを周りに居た連中に伝え、撤収の準備に取り掛かった。
「さて、彼らが撤収するまでの間に我等も行動を開始しよう…各班、設定目標の現認と確保準備」
その言葉に調査団員たちも行動を開始する。
◇ ◇ ◇
「──ここが、爆心部ですか……」
ミスリアとマルクス、そして何人かの団員を連れたオズモンドたちは事件の現場である会議室へと踏み入った。
壁の部分のほとんどが破壊され、鉄骨部が剥き出しになっている。外壁部もそれは同様で、廊下部分から外の景色が見て取れる。遺体は流石になかったが、血痕はそこら中に飛び散っており、事件の凄惨さを物語っていた。爆破の中心点に立ったオズモンドが足元を見ながら、マルクスに質問をする。
「賊はここで、マルクス殿がここ……。で、賊はどの方角に向かって術を?」
「え、えぇと、その場でただ手を振り上げただけですので方向というのであれば……天井? ですかな」
そう話した彼を見つめた後、オズモンドはその頭上を眺める。木組みで作られた天井には特段変わった様子はなく。所々に火災の際に燃え移ったのか燻った後と、焦げ跡が幾つか見えるだけだった。爆発事件の起こった場所であるにもかかわらず。
「フム。マルクス殿、その瞬間賊は貴方に詰め寄ったんですよね、元聖女を匿っているのかと」
「──…は、はぁ。そうですが」
「いえ、少し賊の行動を計り兼ねていまして…。マルクス殿に聞きたい事があったのに、なぜ貴方を殺すような真似をしたんだろうと」
「それは、私の独断で捕縛を指示したからでは──」
「ただそれだけの事で大事な情報源をいきなりこの場にいる人間諸とも爆殺する必要が?」
「確かにそれを言われると……。疑念が出ます」
オズモンドとマルクスの問答をミスリアは離れた場所でずっと黙って聴いていた。それはまるで被害者に対するものでは無く、被疑者を透かして視ているようで…。誘導尋問というか、記憶の欠片を想起させているような…。
「──その時の賊はどの様な表情をしていました? 怒り? 嘲り? それとももっと何か違った感情を?」
──俺を捕まえる? バカなのお前。死にたいの?──。
「奴はそう言いながら──…窓!! 窓の外を一瞬見ていました! 直後に腕を!」
それを聞いた全員が窓側の壁を見る。鉄骨が剥き出しとなり、窓などは欠片も見当たらなかったが、そこから見える先に有ったモノはすぐに確認できた。
「──聖教会カデクス支部……ですか」
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”ドォォォオオン!!”
「ガッハァ!」
”グルルルガァ!”
掘っ立て小屋が粉微塵に吹き飛び、もんどりうって転がり出て来たのは、ブラックウルフと呼ばれる体長は三メートルになろうかという大型の魔獣。その魔獣と共に地面にたたきつけられた男は、右腕を潰されたのか幾つも関節が増え、だらんとしていた。もう一人の男は辛うじてウルフにしがみ付き、切り傷だけで済んでいた。
「んだよ! クッソだりぃ!! こんなの人間の身体じゃ持たねぇぞ! おいネヴィル! オーガは出せねぇのか!?」
ブラックウルフの身体に隠れる様に声を張ったのはベイルズだった。右腕を潰されたネヴィルは、無造作に腕の関節をボキボキと戻しながら、端的に無理だと言う。そんな事を二人が話していると、瓦礫となった小屋の残骸から身の丈二メートルを超えた、ほっそりとしたシルエットが姿を現した。
「全く、マッタク。……いきなり人の家に押し入って来たと思えば、オモエバ。失礼な連中だな、ダナ。これでは実験が出来ないじゃないか、ナイカ」
そう言って、出てきたシルエットは異様だった。はだけた衣服から覗くその肌はまるで木乃伊の様に枯れ果てている。頭髪はおろか毛髪という毛髪は全て無く、落ち窪んだ眼窩から覗く眼光はしかし異様に鋭く煌々と輝き、正に獲物を見つけたと言わんばかりに深い笑みをこぼしていた。
「……ック、どうするよ。こんな状態じゃぁ俺達の身体が持たねぇ。いっそ術を──」
「待て! 考えがある。おい! 話がある!」
ベイルズの発言を遮り、ネヴィルがそれに話しかける。
「はぁ? テメェこんな状態でアイツが──」
「ンン? 話し? ほほう! いいですねぇ。ネエ。研究者は探究者でも有りますから、マスカラ。有意義で建設的で、平和的! ンンッ! しましょう、ショウ」
それを聞いた二人は対照的な顔をする。一人は頷きながら、笑顔を見せ。もう一方は驚き信じられないと呆けた顔を晒していた。
「お、お前のその身体は……合成強化体だな」
立ち上がり、魔獣を送還しながら、ネヴィルはその異形に話しかける。
「──フムフム。よくご存じで。それがなにか? ナニカ?」
「……魂魄移動が可能な禁忌の肉体──ガッ!!」
”ドン!”
ネヴィルがその言葉を言い終える刹那、ソイツは瞬時にネヴィルの眼前に移動し、その頸部を片手で締め上げてネヴィルの足は宙に浮いていた。
「良いかね、研究者に対して禁忌なんぞという陳腐なセリフは吐くものじゃァないです。探究者にとってそれこそがテーマであり真理です。皆が知ることを調べて何の進化が得られます? マス? 当たり前の事を深く知ってどうしたいのです? デス? 入り口はそれで構いませんよ。センヨ。ですが、研究者は、探究者はその先を見つけて探る事こそが真の研究者であり、探究者でしょう? ショウ?」
「──か、勘違いするな、咎めているんじゃない。……俺達も同じモノだ」
頸部を締め上げられているにも拘らず、苦悶の表情一つも見せずにそう言い返してきたネヴィルに、異形の表情が変化する。
「ムム…? あなた方も? もしや、それは同志? 同士?」
「おい、そのままじゃ肉体が使えなくなるから降ろしてやってくれ。話は移動してからしようぜ、メンドクセェ事になりそうだしよ」
放心状態から復活したベイルズがそう言うと、初めてその存在に気付いた様な仕草で異形はネヴィルを降ろす。
「おお、これは、コレは、白熱してしまった様ですね、デスネ」
「ガハッ…げほっ……いや…良い。だが確かにベイルズの言う通りだ。どうやら誰かが通報しやがったみたいだな。移動しよう」
「いいですねぇ。実に有意義になりそうだ!行きましょう、マショウ。あぁ、自己紹介がまだでしたね、タネ」
──私の名はリビエラと申します。
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