第5話 憑依するモノ
「──では、会館の方は今も手付かずにされているのでしょうか」
「はい。術師の手により、現在も当時のまま保存しております。ただ、残滓などは既に風化していると思われますが」
ミスリアの疑問に、ロッテン男爵が淀みなく答えて行く。事件の起きた現場は衛兵が調べた後、各手続きを経て本来であればすぐに補修工事が行われる。特にギルド会館などと言う大きな街の中枢を担う役所など、真っ先に補修工事が行われるだろう。だが今回の件はあまりにも被害者が違い過ぎた。街の重責を担う殆どの人間を巻き込んだテロ行為……。当然国が見過ごすには大きすぎる案件だった。故の今回の派遣なのだ。だから事件から既にひと月は過ぎようと言うのにもかかわらず、魔術師さえも動員して、現場の保存が行われていた。
「不幸中の幸いと申しましょうか。事件があった場所は、最上階の評議専用会議室。その為、評議以外の人的被害は殆どありませんでした。侍従やメイドも数名怪我を負った程度で済んでおります。……まぁ、裏を返せば局所的に精密な爆発現象を起こせる者という事になりますが」
その事に関しても懸案事項の一つだった。本来、爆発呪文は術者の発したマナを中心として同心円状にその威力を拡散していく物だ。魔素が周囲の揮発性物質を取り込み、それが魔術反応を起こして一気に加速、発火現象が拡散する事によっておこるのが爆発と言う状態なのだから。その拡散力と発火状態が大きくなればなるほど威力は増すが、今回起こった爆発はその状態とは全く異なる。何しろ術者自身が巻き込まれているにも拘らず、その者は無傷。しかも壁を吹き飛ばすほどの威力を持ち合わせながら、床にも天井にも被害は無かったのだから。まるでその場にいる者達だけを確殺する為に平面状に展開されたような術式。そんな物は宝物庫にある【魔導書】にすら載っていない。
「──やはり、現場検証が最も優先されるべき事項ですね。団長、いかがでしょう?」
彼女としては一刻も早く現場を見たかった。故にこんな所でいつまでも、会議などと言うつまらない話し合いなどしては居たくない。しかしそれを口にする事など出来ようはずもない。一国の第二王女とはいえ、今はただの魔導師副団長なのだから。
「フム。ミスリアの意見には同意です。ロッテン卿、そちらの手配をお願いしても宜しいかな」
「はい。其方であればすぐにでも」
オズモンドの言葉に、ロッテン男爵は即座に肯定の返事を返す。彼にとってもそれは一刻も早く行って欲しい案件の一つである。それが行われることで補修工事の目途も付けられるのだから。
「それは重畳……。時にエリクス辺境伯様、『別件』についてはどの様にお考えで?」
──別件。
ミスリアはその言葉を聞いた瞬間、瞬きの間では有ったが眉根を寄せる。まずは事件の真相を追うのが優先ではないのかと。だが次に発せられたオズモンドの言葉に、彼女はただ息を呑むしかなかった。
「『彼』いや、ノート殿だったか。その者が言った、悪魔の魔法式……それも併せてでないと、検証に齟齬が出そうな気が──。」
「お待ちください! ……団長、どうゆうおつもりか?」
彼の言った言葉を遮る様にエリクス辺境伯が言葉を返す。何故、今ここでそんな最重要案件を話すのか。その事については姫殿下の与り知らぬ事なのに。
「姫殿下。いや、ミスリア副団長……。これより話す事は我等が王との【密約】だ。それを君に今話すという事の意味、そなたならば理解できよう」
彼の言葉にもはやエリクスは黙るしかなかった。そしてそれはミスリアにとっても同じだった。王との密約、それは書面に残す事は出来ないが、ある意味で言えば、国家自体を揺るがすような内容すら含む事。もしそれを聞いたならば、もう引き返す事は出来ず。まして他言しようものなら、その瞬間に斬首されても一切の反論を許さないと言うモノ。彼女はその言葉を聞いた瞬間に、冷たいモノを首に感じながらも、黙って頷いた。
「お待ちください。私めには荷が勝ちます故、退出の許可を」
ロッテン男爵はそう言いながら既に腰を上げていた。オズモンドが黙って頷くと、彼はそそくさとメイドや侍従を連れ、部屋を後にする。
「宜しかったので?」
「構いません。例え予測できたとしても彼が言った通り、荷が勝ち過ぎる。その様な重責まで彼に負わせるのは酷でしょう」
エリクスの問いかけにオズモンドはそう言って、ミスリアに向き直る。
「君も王から姫としては聞いているだろう、迷い人の事だ。彼は現在このカデクスではなくエクスに滞在している。本来はこの街で彼と落ち合い、王都に向かう予定では有ったのだが、エクスに帝国の間者が入ったとの情報があってね。その対処の為に彼は個人的に転移陣を使って往来しているそうだ。理由の一つに聖女が絡んでいるらしい」
そこまで聞いて、ミスリアは瞠目していた。団長の話が余りに荒唐無稽過ぎたのもある。迷い人がこの国に降臨した事は王から聞いていた。もちろんこれは極秘事項だったし、国でも宰相や軍務卿などと言った、国政を預かる重責の者と我ら王族でも限られた者しか聞かされていなかった事だ。それだけでも大事なのに、エクスに帝国の間者? 聖女? 何がどうしてそんな事に? それだけで頭は既にパンク寸前なのに、個人で転移ってなんの冗談なんだと思った。
「やはり、そうなるか。まぁ、確かに今の事を一度に聞けばそうなっても仕方ないな。順に話すが、今はそこではないのだ。どうやら彼らはこの街に来るまで、何度も色々と厄介事に巻き込まれていた様でね、その中で最も厄介なのが、【悪魔】という種族と交戦しているらしいのだ」
「──…そ、それは一体どのような者達なのでしょう?」
大声で喚きたい気持ちをどうにか抑え込み、何とかその言葉を絞り出す。聞きたい事は山のようにある。しかし彼はそこではないと言った以上、聞いても応えてはくれないだろう。ならば、重要なその悪魔については聞かなければならない。
「私もまだ詳細については聞けていない。ただ、マルクス殿の話によるとそれらは自身の肉体を持たず、憑依してその肉体を動かすそうだ。その為、痛みを感じないらしい。まるで意思を持った不死人と言った処か…そして最も厄介なのが、それが今回の事件と同じ爆発呪文を使ったそうだ」
「な! で、では今回の賊はその悪魔なのですか?!」
「種族としてならそうなのだろう。だが、同一人物なのかと言われると、判断しようがないのだ。中身は、我らには判別できない」
──憑依する種族だなんて……。
ミスリアはその言葉を反芻し、蒼白になっていく。もしそんな種族が何人もいるなら……。ましてや、我らよりも強力な術を自在に扱うとしたら。一体だれを信じればいいのか。いや、信じられるのか? 何時しか彼女は冷や汗を流し、小刻みに瞳は揺れていた。
「密約の意味が理解できただろう。もし万が一にでも市井の者に知れればそれこそパニックになるのは目に見えている。故にこれから現場に向かうが決して取り乱さぬように。いいね、コレは厳命だ」
オズモンドの言にエリクスはやっと意味を理解した。彼女、ミスリア殿下は好奇心が大変強い。こと、魔術については度々暴走しかねない程にのめり込んでしまう。だから現場に何も予備知識も持たずに入り、何かあった場合、判断が遅れてはいけない。だからいっそこの場で内容を教えてしまい慎重にさせる為に話したのだ。
「──厳命、しかと賜りました。すべては国の為、我が民草の為。ミスリア、使命を果たさん事をここに」
ソファを立ち、跪いて彼女はオズモンドに奏上する。それを見たオズモンドは頷き、拍を打って侍従を呼んだ──。
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