第4話 【狂人】
俺の言った言葉とアマンダの言葉の後、ギルドマスタールームは水を打ったように静まり返る。それもそうだろう、この部屋には現在【精霊使い】と【精霊の王】、【精霊王の孫娘】が揃っているのだ。視線は嫌でもそちらに向く。
「──始祖様」
セーリスは長年、セレスと共に生きてきた。その気持ちを慮ってか、セレスの宿るセリスのアクセサリーを見つめてしまう。
「セーリスよ、お主が気に病むことではない。始祖様にとっては苦しい事じゃが、摂理を受け入れてもおる。この世界にある瘴気が歪に歪めて作られたものでは無い以上、それらも同じ自然の存在。哀しさはあっても嫌悪なさることは無い。それよりも使った者達の方に怒りは有るがな」
精霊とは最も自然に近い存在──。故に現象の結果でもある瘴気もまた、自然にある存在。確かに邪悪に染まり、見るもの全てを攻撃してしまうと言う哀しい存在では有るが、無理に造られたものでは無い以上、その存在を否定はしない。神と同等であるセレス・フィリアはそう考える。生きとし生けるものは全てが神のいとし子であると。ただ、仇なすものは誅すのみ。それがたとえ、我が眷属であろうとも。
「そうですか。では今その闇精霊がこの街に存在しているという事で良いのでしょうか」
それまでずっとアマンダの後ろで無言を貫いていたシェリーがセリスに向かって問いかける。セリスはちらとシェリーを見た後、俺に向かって話しかける。
「ノートよ。現場検証に立ち会った場所、地図に出せるか」
セーリスに言われ、俺はゴーレムシスをステルス解除する。ギルドの人間がアマンダを含め、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めたが、魔導ゴーレムだと話して黙らせた。そもそも、彼女に俺の素性はまだ話していないし、話すつもりもない。これ以上巻き込みたくないからってのも有るが、一番はやはり面倒くさいから。もちろん、既にこの部屋に有った隠し部屋も転移陣も撤去済みだ。
シスはずっとステルス状態で同席していたので、事情はすべて把握していた。わざと機械音声を出して、マップを展開させ、彼女の言った場所を丸く囲んで反転表示させる。
「──ここと、ここが、俺とセーリスが立ち会った場所だよ」
そこはスラムの一角であり昼でも暗がりの多いとされる、外壁沿いの 縁に当たる場所。残滓を感じたと言ったのはその中でも、最も凄惨な場所だった。
「……フム、おばあさま。この場所…もしやとは思うのですが」
「じゃな。……リビエラの実験場の近くじゃ」
「──何ですって!? 【狂人】のリビエラ!?」
今度はキャロルが大きな声でなにやら不穏な名前を叫ぶ。キョウジンってなんだ?俺が変な顔をしていたのに気づいたのか、シェリーが補足を入れてくれた。
「──【狂人】のリビエラ。確か【キマイラ】を色々な生命体で作ろうとした頭のおかしな奴のことよ。錬金と薬師のエキスパートで…精霊術を──って! 奴はとっくの昔に死んでいるわよ! セーリス、どういう事?」
『あぁ、分かっておる。我がとどめを刺したからな』
「「「セレス様!!」」」
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”コツコツコツ”
その男はいつもの様に階段を下っていく。手にはカビて捨てるようなパンと、木製のマグに入った水を無造作に持って。本当はこんな薄気味悪い場所になんかは来たくない。だが少ないとはいえ、日銭は貰えるのだ。それでその日の飯には困らない、だから続けているだけだ。スラムで育った人間はここがどんな場所だったか知っている。そんな場所で監禁されているような人間、本当なら近付きたくもない。だが相手はほとんど動く事もままならないような衰弱しきった襤褸だ。抵抗もせず、ほとんど動く事もない。ただ日に二度、こうやって食事と言う名の残飯を与えるだけでいいのだ。雇い主がここへ来た事もない。だから多分、コイツはここで死ぬまで閉じ込められているだけなんだろうと、思っていた。腰にいざと言う時の為に南京錠のカギを下げて、いつもの調子で半地下の牢へと向かった。
「チッ。なんだよ、まだ生きてやがるのかよ。ほれ、飯と水だ。有り難く──!」
男がそう言い、房の手前にパンとカップを置こうとしゃがんだ時だった。揺れていた魔道具の灯りが遮られた。なんだ? と思い顔を上げる。
目の前には襤褸が覆いかぶさるように立っていた。
──は? コイツ、動けたのか?!
瞬間、鉄格子の間から伸びた腕が男の頸部を、信じられないほどの力で締め上げて来た。
「グッ……ガッ…テメ……は、はな…せぇ……」
そこまでが男の話せた限界だった。頸部を絞めた両腕は万力の様にギリギリと絞まって行き、動脈や静脈と言った太い血管がその圧力によって潰された。男はその瞬間に気絶し、だらんと身体を弛緩させたが、その腕が外れる事は無く。ゴキリと骨が潰れる音がするまで、襤褸は力を緩める事をしなかった。
”ガチャン” “ギィィィィ”
”ペタン、ズズ~、ペタン、ズズ~”
やがて、男から奪った鍵で南京錠を外し、襤褸を引き摺りながらソイツは房を去っていく。あれだけの腕力が有るのなら、この錆びた鉄の格子など軽く曲げる事も出来たろうに、何故そうしなかったのか。それは彼以外知る事は無かった。ただ、小さな魔導具の灯りだけは変わらずにゆらゆら揺れていた。
「フフフ、そろそろ始めないとな。あぁ、諦めないさ。絶対諦めるなんてしないさ」
襤褸の隙間から零れるように吐かれた言葉は、ずるずると引き摺る布の音に紛れて、どこの誰にも届く事は無かった。
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「なぁネヴィル。今夜はどうするんだ? またスラムか?」
エクスの雑踏を歩きながら、ベイルズがネヴィルに声を掛ける。
「昨日あれだけ言われたからな。今日は街の外にでも出てみるつもりだ」
「はぁ? なんだよ、クソだりぃ。真面目な事を言う奴だなぁ──!」
──聞こえるか?──
突然の念話に、二人の歩みが止まる。
《──ゲールじゃねぇか……。てめぇ、音沙汰もなくなにしてやが──》
『お前たちは今エクスだな。至急確保してもらいたい”肉体”がある』
ゲールはベイルズの話を聞かずに、自分の用件をいきなり告げてきた。そのあまりにも勝手な物言いに短気なベイルズはキレてしまい、念話でギャアギャアと喚き散らすが、当のゲールはお構いなしに話を一方的に進めて行く。
『その肉体は今、エクスのスラムに潜んでいる。長身痩躯で、かなり特徴的な風体をしているので直ぐに分かる。確保次第、いつもの方法で送ってくれ』
《ケッ! 何を勝手な事を言ってやがるんだ? テメェが何にもしていない間に俺達がどれだけメンドクセェ事やってると──》
《待てベイルズ。──ゲールよ。まさか見つけたのか?》
『いや、まだ何とも言えん。だがアレはあまりに異質だ。可能性は十分ある』
《おいおいおい! 何二人で盛り上がってんだよ! クソだりぃな!》
《──強化体だ。この世界での禁忌で作られたとされる、合成強化体。魂魄の入れ替えが出来る肉体の事だ》
《な、おい、それってマジか? 複製は可能なのか?》
『だからだ。その肉体を確保して欲しいのだ。その魂魄が情報を持っている可能性がある』
その言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、頷き合うとゲールと幾つかやり取りをした後、そのまま雑踏をスラム街へ向けて歩を進めて行った──。
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