第3話 交錯の始まり
──そこは昼だと言うのに日が入る事もない。
密集した建物の陰に在り、半地下と言う構造。階段を降りた先は小さな部屋になっており、壁に取り付けた小さな魔導具だけが頼りなくゆらゆらと部屋の中を照らしている。前面には鉄の格子が並び、出入り口と思しき場所は大きな南京錠で施錠されていた。その小さな部屋の隅に襤褸が転がり、微かに動いていることからそれが生き物だという事だけは辛うじて確認できる。
コツコツと誰かが階段を降りてくる音が聞こえる。一瞬襤褸が動いたように感じたが、別段変わらず、その場に在った。
「……おい、聴こえてるんだろ? ほれ、飯だぞ」
階段を降り、鉄格子の前で立ち止まった男はそう言って、手に持ったカビだらけの崩れたパンを襤褸に向かって放り投げる。それに反応を返す事もなく、襤褸はそのまま動かない。
「けっ。辛気くせぇ奴だぜ全く。ほれ水だ」
”パシャ”
何の反応も返してこない襤褸にむかついたのか、男は与えるはずの水をその房に向かって、ぶちまけてしまう。
「ったくよう。何で俺がこんな物の面倒を見なきゃなんねえんだよ!」
”ガシャン!”
「くたばるなら、さっさとくたばれよ! ったくメンドクセェ。いいか! 次見に来るまでに死んどけ! そうすりゃ俺もテメェも楽になってハッピーだろ!」
鉄格子を蹴り上げて一通り悪態を吐くと、襤褸に向かって唾を吐きかけて、来た道をざりざりと苛ついた調子で踏み鳴らしながら去っていった。
男が去って数分の後、ずるずると音をさせながら襤褸は動き出す。やがてそこから細く枯れ木の様になった腕が伸び、カビたパンを掴むと襤褸がゴソゴソ動き出す。
「………きらめな……て、たま…か」
か細く呟くその声は、静まり返った房に響く事もなく。やがて消え入る様に影に溶けて行った。
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「おいネヴィル! 貴様一体どういうつもりだ!?」
貴族街そばにある、高級宿の一室でアジーンはネヴィルを詰問していた。街に入ってすぐ、二人と合流できた時は僥倖だと思った。当初の思惑通りに作戦が遂行できると踏んだからだ。ネヴィルのスキルを使ってのスラムでの獣騒ぎ。これによってスラムに目を向けさせ、傭兵を使っての爆破騒ぎを起こす。
それで街はパニックになる。そのドサクサに紛れて、彼らの宿を襲撃する手はずだった。
それなのに。有ろう事かネヴィルは魔獣をスラムに放った。スラムの住人を襲い、何人も惨殺してしまった。もう陽動どころの話ではない。おかげで街の衛兵はたちまち増えてしまい、面が割れているベイルズを動かしにくくなってしまったのだ。
「まぁまぁ、そうカリカリしなさんなって、アジーンさんよ。俺の事なら大丈夫だ。街の衛兵なんざいくらでも誤魔化してやるよ、なぁネヴィル」
「──あぁ」
そのやり取りを見て、アジーンはずっと違和感が拭えなかった。元々ネヴィルは言葉は少なかったが、俺の忠実な部下だった。何が有ろうと俺の命令は絶対守る男だったはずだ。そんな実直な男がなぜこのような、下賤な傭兵風情と通じ合っているんだ? 一体二人に何があったと言うのだ? ネヴィルはこいつを毛嫌いしていたはずなのに。
「──隊長【目】からの報告です」
アジーンが二人を訝しんでいると【耳】が、背後から声を掛けてきた。
「確認は取れたのか?」
「一行の宿は確認できました……が、少々厄介な者が」
「どう言う事だ?」
「どうやら【精霊使い】も、仲間に加わったようです」
それを聞いたアジーンはソファにもたれ込み、長いため息を、肺から絞り出すように大きく吐き出していた──。
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「──ふぅ、遅いですわね」
男爵の屋敷にある迎賓館には、別館と本館があり、彼女は本館の一際豪奢な応接の間で世話係と部屋の侍従を壁に立たせて、テーブルに置かれたお茶を飲み終えていた。昨日は結局、長旅の事も有ろうという事で、話し合いも碌にせず早々に夕食を切り上げ、宛がわれた部屋で休むことになった。故に今朝は諸々の打合せも含め、この応接間で会議を開くと聞いて朝の食事も適当に済ませ、急いできたと言うのに。着いてみれば男爵はおろか、わが師さえもいなかった。侍従に聞けば別件で事前打ち合わせとの事。一瞬自分は蚊帳の外かと考えたが、どうやら政の話と聞いて一応の納得をした。
「……確かに今この街には全てのギルド長が不在ですものね。代官である男爵に全てのしわ寄せがきているのでしょう」
ミスリアはそう零して、窓から手入れが行き届いた庭を眺めて気分を落ち着かせていた。
「──カデクス評議会、その上聖教会とまで敵対。……一体何の為にこの様な大胆な犯行を」
”コンコンコン”
「姫殿下、皆さまがお越しになりました」
「そうですか──。」
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「まだ彼らは接触していないんですね」
「はい。ノート様方は未だ屋敷に戻られておりません」
「そうですか。ありがとうございます」
「はい。動きがあれば、いつものように」
「お願いします」
カデクスの商店通りにある屋台街で、二人は目線を合わせる事無く話を終わらせると別々の方角へと歩き出す。全ては雑踏の中で行われた為、気に留める者は誰もいない。
「彼は未だエクスという事ね」
別れてフードを目深に被ったその人物は、通りの角を曲がって陰に消える。
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「で、どうだった?」
ギルドマスターの部屋に入った途端にいきなり疑問が飛んでくる。
「ダメですね。スラムの人達は関わりをしたくないのか聞き込みをしても知らない、分からないばっかりです…スキルで周りを探索したけど、全く気配すらもなかったよ」
俺の話を聞いて、アマンダは机に突っ伏してため息を吐く。
「は~~。何なんだよ一体。何でアタシがギルマス引き受けた途端に、こんな事になっちまうんだよ~」
机をポコポコ両手で叩きながら、足をばたつかせまるで子供が駄々をこねるような仕草で、文句を垂れていた。うん、可愛くは…いや、そこは今は良い。言ったら殴られるから言わないけど…。
──はぁ、仕方ないよな。
「あのさ。確認したい事が有るんだけど」
俺はそう言って話を切り出した。【テイマー】による、召喚というスキルの事を。
「──そんな!? 召喚術自体が有るのは知っていたが、テイマーが呼べるのは精々が獣だぞ? 大体契約ってどうするんだ? 意思疎通の出来ない魔獣とどうやって契約が成立するんだ?」
案の定、俺の話にアマンダは全く信じられないと言った様子で、非難するような口調で聞き返してくる。
「気持ちはわかる。でもな、方法がない訳じゃないんだよ。アマンダは【闇精霊】ってのを知っているか?」
その話をした瞬間、部屋の温度が一気に下がった感じがした。──闇精霊。瘴気に触れ自我を失った魔獣と同一視される哀しい精霊達。
「あ、あぁ。裏稼業の精霊術師や、違法奴隷の契約なんかに使われ──…まさか!?」
俺もシスに聞くまで知らなかった。まさかテイマーが闇精霊自体を使役出来るなんて。
◇ ◇ ◇
《マスター、その事なんですが。どうやらその魔獣は都度出現している様なのです》
「はい? どうゆう事なんだ?」
《この間の現場検証の際、立ち会ったのを覚えていますか?》
「ああもちろん。それがどうした?」
《残滓です。あの時セーリスさんが言っていたでしょう。精霊の残滓があったと》
「ん? あ、あぁそう言えばそんな事を言ってたなぁ」
《それを聞いて、データベースを精査していたのですが。気になる事が分かりました。テイマーについてです》
◇ ◇ ◇
「じゃ、じゃぁ何か?! その闇精霊を仲介して魔獣をテイマーが召喚して使役してるって事なのか?!」
俺の言葉にアマンダのみならず、部屋にいたスレイヤーズの面々とギルドの職員は、俺の話に固まったまましばらく動けなくなっていた。
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