第2話 噂
「──で、ここになる訳ですか」
セーリスの提案により、拠点になるような家を探そうとなったのだが、彼女に言われて不動産屋に紹介された物件は、セリスが借家として借りていた、元魔道具屋だった。
「ここになった理由を聞いても良い?」
「──聞きたいか? 我が祖母の漆黒の歴史を?」
そうして語られた、セーリスの話はすさまじい物だった。セリスがこの店を借りたのは、遡る事百年以上前だそうだ。当時彼女はその出自から神聖視され、店を譲るとも言われたそうだが固辞したらしい。何と謙虚な人だと皆に讃えられ、彼女の店を中心に通り全体が商店通りに変わって行ったのが、現在の姿である。
だがそれは、そのまま順風満帆とは行かなかった。彼女が魔道具店として開店した当初は、それは繁盛していたらしいのだが、彼女の性格が災いしてかある時点を境にその商品のラインナップが、偏り出した。それは魔道具の能力強化。火を点ける魔道具を使えば、家が焼けるかと思うほどの超火力。ランプの魔道具を点けると、光り過ぎて部屋どころか近所迷惑になってしまう。そうして、何時しか彼女の魔道具はある意味で武器としての扱いになっていった。
そこに貴族が目を付けた。彼女の魔道具は、あくまでも家庭用雑貨や日用品としての扱い。故に価格が武器のそれよりかなり安かったのだ。大量にそれらを買い占め、自身の家のお抱え鍛冶師に改造させれば、格安の魔導武器が手に入ると、こぞって注文が殺到した。
もちろん彼女はそれを嫌がった。自分が良かれと思って作った日用品がまさか武器に転用されるなど、思ってもみなかったのである。そうしていつの間にか彼女の店には【認識阻害】と【精霊選別】と言う特殊な陣が張られ、そう言った人間からは見えなくなってしまった。
そして始まる、貴族の勧誘。それはもう執拗で、おちおち買い物や食事にも出歩けなくなる程。
やがてそう言った煩わしい事に嫌気がさしたセリスは、全てを家の中で済ませる様になってしまった。そうして出来上がったのが彼女の家の魔窟化だった。店舗奥の私室には、拡張の魔道具が置かれ、庭部分には様々な樹木が自生するようになった。彼女自身も何時しかその魔道具の存在を忘れてしまい、魔窟化された私室は自ら封印すると言う、本末転倒な結果になったのである。
「──だからいつもあの店、閑古鳥が鳴いてたのか。しかも忘れて封印って…ただの自業自得じゃねぇか!」
「なので、おばあさまが、あの店の契約解除の時、不動産屋が私に泣きついて来てな…実はまだ、私名義で借り続けているのだ」
開いた口が塞がらなかったよ。それで、セリスを連れて来なかったのか。
「しかしそれにしても、その貴族達に反抗せずに引き籠るなんて、セリスにしてはえらい消極的な──」
「そんな訳なかろう。引き籠ったのは表向きだ。そう見せかけただけだ」
「へ? それってどういう」
「……忘れたのか? おばあさまの【二つ名】を」
「……災厄のセリス」
「まず最初に潰れたのは……バレル伯爵領だったと思う、そのあと──」
「ストップ! もういい。それ以上は聞きたくない。なんだよ領って! え? あいつ領ごと潰しに行ったの? うわぁ、そんなのが俺の仲間ってどうなのさ? 俺の奥さん二人は元特殊部隊だし、セーリスだってミスリルランクでギルマスだよ? どんな戦力保有者だよ。下手すりゃ国家転覆、狙えるじゃん」
何も考えたくなった俺はその場で買い取りを承諾し、不動産屋に全額、一括支払いをしたのだった。
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「──明日ですか」
『うむ。明日国家調査団と、エリクス辺境伯様がカデクスに到着なさるのだが、戻る事は可能かね』
その連絡が来たのは、拠点を買って一週間ほどが過ぎた頃だった。
「なんじゃ? マルクスからの連絡か?」
何時もの定時連絡だと思い、レシーバーをスピーカーモードにしていた為に、彼からの連絡に対して俺の対応が少し遅れてしまったのは仕方がないと思う。
「あ~マルクスよ。儂じゃ、セリスじゃ。すまんが明日に戻るのは無理そうじゃ」
『え?! せ、セリスさま?!』
「そうじゃ! ちょいと今ややこしい事になっておってのぉ。詳しくは言えんが少しの間、時間を稼いでおいてくれ」
『……は、はぁ。どれ程で戻れるのでしょう?』
「あ~マルクスさん! ノートです!」
『お、おお、どの様な状態なのかね?』
「あぁ、実はですねぇ──」
そこから俺はレシーバーを手に持ち、理由を話す事にした。まず手始めに自分たちの拠点を購入した事。現在その建物を改装している事など。そして肝心の帝国の間者や暗殺者の情報…。それらがこの街に入って現在、何やら動いているとの情報が代官経由で入ってきた。その為、俺達だけじゃなくサラの事やマリーの事について再度、警護関連について考える必要性が出て来たのだ。
「それとですね。まだ確かな事は言えないんですが、最近スラムの方で魔獣が目撃されたとかどうとか」
『は?! 街中に魔獣?! そんな馬鹿な!』
「ええ、俺達も半信半疑だったんですが、既に何人かの犠牲者がスラムで見つかったとカークマン隊長から聞きまして」
それが表面化したのはごく最近の事だった。スラム街で噂はあったらしいのだが、どれも皆、夜に唸り声を聞いたとか、でかい影を見た等と言った、眉唾情報ばかりだった為、酔っ払いが騒いだか、光の角度で影がそう見えただけだろうと、誰も気にしなかったのだ。
──その惨殺死体が見つかるまでは。
その遺体は身体中を喰いちぎられ、内臓がそこら中に撒き散らされていた。全ての骨が砕けており、あり得ない態勢でスラムの掘立小屋の屋根に打ち捨てられていた。そこら中に大型の四足獣の足跡が血痕で残されており、大きさからどう見てもウルフ系の魔獣であると断定された。
「だから、今この街中がピリピリしてる状態なんですよ。で、当然の様に代官経由で衛兵隊から冒険者ギルドに依頼が来て…。その捜索や調査に俺達も駆り出されてるって感じなんです」
『……成る程、確かにその様な状態では厳しいな。了解した。こちらも辺境伯様にはその旨お伝えしておく。くれぐれも注意してくれたまえ』
そう言って、マルクスさんとの通話は切れた。
「シス……。今回の件、何でマップに魔獣が映らないんだ?」
《マスター、その事なんですが。どうやらその魔獣は都度出現している様なのです》
──はい?
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「──との事でしたので、今朝一番でロッテン男爵にお願いし、魔導通信でエクスの街に連絡を取って頂きました所…」
「事実だったと」
「は! すべて事実でした」
ロッテン男爵の屋敷の離れにある迎賓館の応接室で、上座に座った辺境伯は腕を組みながら、黙考していた。対面の下座で片膝をつき報告をしたマルクスは、そのしぐさに黙って固唾を呑むしかなかった。
「──分かった。但しこの件はここに居る者達だけの事とする。私の許可が有るまで一切の口外を禁ずる…良いな」
彼の言葉に頷いたのは三人。一人は報告を上げたマルクス。もう一人はソファに座ったロッテン男爵。そして最後の一人が声を上げる。
「確かに。今はまずこちらの件をどうにかしないと、いけませんからな。これがもし、姫殿下にでも知られると、面倒事が厄介事に代わるでしょうから」
そう言って、宮廷魔導士筆頭のオズモンド・デミストリアは、テーブルに置かれた紅茶を飲み干した──。
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