第1話 紅蓮の姫魔女
「──爆ぜよ……。ですか。──っ!」
カデクスを視界に入れた魔導車の車列のほぼ中央。周りを進む魔導車とは趣の違う大型のそれには拡張魔道具が取付けられ、まるで応接室の様な内装になっていた。惜しむらくは、内装がいかに豪華であろうとも、所詮は移動物体。幾ら大型のサスペンションと大径の車輪を備えていても、振動を抑える事は難しい。
最近巷で新しく発表された、最新型の魔導車にはそれらを全く感じさせない程の機構と機能が備わっているらしいと聞き、早速と発注はかけているが、まだまだ試作段階で納期が何時になる事やらと、宰相がぼやいていたのを、突き上げて来る不快な感覚と共に彼女は思い出し、思考の邪魔をされて少し不機嫌になっていた。
既に王都からここまで、ゆうに十日をかけてきた。目的地は既に視界の中だが、偶に襲って来るこの不快さだけはうんざりだった。気を紛らわせるために読むこの資料も既に諳んじる事が出来るほどに読み返した。
──爆ぜよ。
それは何度も検証された。宮廷魔導士団の精鋭をかき集め、魔力の多い者、術式構築の速い者……その誰もが何の変化も起こせなかった。故に現在、団長自らがこの地で調査する事になった。彼の名はオズモンド・デミストリア。この国の宮廷魔導士団筆頭であり、この国の最高位魔導士。そして、副団長である私の上司であり、師匠。
「──団長、この資料にある文言は誠なのでしょうか?」
ここに来るまで幾度となく口にした疑問を、ここに至って再度尋ねる。
「……うん? 行ってみればわかる事だ。その供述は彼の騎士団副長直々の言葉。信じるには足るだろう」
「そうですな、確かに彼は騎士ですから、魔術については明るく有りません、ですが職務については絶対に嘘をつけない愚直な男です。それに別件の事も絡んでおります故、こうして筆頭にご足労願った次第です姫様」
そう言ってエリクス辺境伯は、対面のソファに座った宮廷魔導士の制服に身を包んだ自国の第二王女に頭を下げる。
──ミスリア・フォン・エルデン──
エルデン・フリージア王国、正妃の次女として生を受けた彼女には、固有スキルとして魔導があり、魔神エギルの加護も持っていた。そのため、幼少から現宮廷魔導士筆頭である団長に師事し、この国で最高の環境下で魔術の修業を受けて来た。特に攻撃魔術を得意とする彼女は、二つ名を【紅蓮の姫魔女】と称されるほどに火系統魔術に突出しており、火炎系、特に爆裂系統呪文だけで言えば師であるオズモンドに並ぶほどの練度を誇っている。
「……いえ、けしてマルクス副団長の事を疑っているのではございません。ただ今回の事件、些か違和感が拭えず……。ここ最近の冒険者ギルドの行方不明続きと良い、その彼や、別件など。まるで凶兆の始まりの様な」
「ミスリアよ、余り迂闊な言は控えなさい」
「──申し訳ありません」
ミスリアの不安を打ち消す様に、師であり彼女の上司でもあるオズモンドが諫める。しかし彼にしても内心では彼女の意見には同意してしまっている。彼女には伝えていない、王直属の間諜からの気になる報告。聖教会の特殊部隊の暗躍、それに使われた次元マドウの文言。迷い人との関わり等……。全てがこの国の果てで起こっている。異界の勇者然り、今回の件、彼の心中は幾分穏やかではなかった。
◇ ◇ ◇
門前に到着した車列の中から、一台が出迎えの者たちの前に進み出て来る。その車を見た彼らはその場で跪いて首を垂れる。
「──遠路はるばるのお越し、誠に光栄の至り。ご尊顔を拝する事望外の喜び、恐悦至極。カデクスにて代官を仰せつかっております。ロッテン・ヘルシオンでございます」
「わざわざのお出迎え有難うございます。ミスリア・フォン・エルデンです。ですが、本日は王女としてではなく。宮廷魔導士団副長として罷り越しました。故に私にその様な振舞いはなさらぬよう、お願いいたします」
魔導車より降車した姫殿下に対し慇懃な礼をした男爵に向かい、彼女はそれを優雅な礼を持って返したのち、自分の立場を返答する。あくまでここには事件の調査で魔導士団として、団長の供として来たのだと。
「お言葉、しかと賜りました。皆さま、まずは馬車を用意いたしました故、お乗り換えを。館に案内いたします」
「──団長殿。私はマルクスと向かいますので、後ほど」
団長たちと共に降車したエリクス辺境伯が、マルクスと共に礼をして別の馬車へと足を向ける。それをちらとミスリアが見ていたが彼女は何も言わず、案内された馬車へと乗り込んで行った。
「……それで。彼は今どこに?」
国家調査団が乗った豪奢な馬車とは違い、真っ黒で堅牢な作りのそれには、魔道具によって防音処理が施され、扉を閉めると外には全く音が漏れる事は無くなる。なぜこのような馬車があるのか。当然ながら、辺境伯が事前に彼に頼んで用意させていたからである。それほど、今の話は外に漏らしたくは無かった。
「は!──彼等一行は現在、エクスの街に滞在しております。昨晩、皆さまがお越しの事につきましては伝えて有りますが、未だこちらには…」
「やはり、影ですか?」
「それも要因の一つでしょう。ですが、原因は別にもございまして」
その言葉に、辺境伯は片眉を上げマルクスの方を見詰める。咎めているわけではない、彼にとってそれはただの癖に過ぎない。しかしそれをされたマルクスにとっては堪ったものでは無かった。辺境伯の顔つきに気付いた彼は瞬時に珠の汗をかき、どう答えようかと考える。
「あ、あのですね。あ、悪魔と言う言葉を──」
「悪魔だと!?」
思わず立ち上がった辺境伯に、マルクスは驚愕して背筋を伸ばす。
「は、は! そうです。どうやら今回の件に絡んで、彼らが言うにはそ、その悪魔が絡んでいるそうです。爆発呪文もその悪魔だろうと彼が……」
その言葉を聞いた辺境伯が立ち上がったまま硬直する。
(な、何と言う事だ! 今回の事件に悪魔が絡んでいるのだと? 王が言っていた懸念事項が的中しているではないか! うぅむ。コレは早急に団長と二人だけで話をせねばなるまい。姫には悪いがここは──)
立ち上がり硬直していたかと思うと、どんどん苦虫を噛み砕いた様な表情となり、何かを模索するような物思いにふける辺境伯を、マルクスは無くなった髭をつまむような仕草で、黙って見続けたまま馬車は街中を進んでいった。
◇ ◇ ◇
「おい! これはどういう事だ! 何故我らの前に姫様は来られぬのだ?!」
魔導車が入ってくることを期待して待っていた貴族の一人が、お披露目の一つもなく足早に去っていく馬車を見送ると、俄かにその辺りにいた衛兵に詰め寄り、喚きだす。一人の貴族が騒ぎ出すと、それは瞬く間に伝播し何時しか怒鳴り声が聞こえ、怒号が飛び交い北側門は騒然とし始める。
「副隊長、どうしましょう? どんどん騒ぎが広がっていきます」
隊員の一人が門の詰所に駆け込んできて、奥の執務室に居た衛兵隊副長のマイクに指示を仰ぐ。
「ここまで聞こえている! くそっ、ロッテン男爵め。最初からこのために門外で待機していやがったのか。あんな馬車まで用意しやがって」
マイクは執務室に用意された茶器や綺麗に整えられた部屋を一瞥し、苦々しい表情でロッテン男爵への恨み節を吐き捨てる。彼の思惑では、先ずは門にて降車された姫様たちをこの部屋に招き、用意した高級茶でもてなし、顔繫ぎをしてから街へ案内するはずだった。そうして自身を売り込み、あわよくばと考えていたのに。気づけば、案内する事はおろか、自身は準備の為にとこの場所に詰めていた為、一行と顔すら合わせず、あまつさえ彼らは既に馬車に乗って街中に早々に入ってしまった。
「くそ、これでは何のためにこんなものを準備したのか。何の意味もないではないか!!」
”ガチャン!”
相当腹に据えかねたのか、綺麗に揃えられ、湯気を立てていた茶器の道具を無造作に弾き、部屋にそれらを撒き散らす。
「あ、あの」
「何だ!?」
余りの剣幕に指示を仰ぎに来た隊員は一瞬たじろぐが、それでも耳に聞こえる喧騒に職務を思い出し、副長に指示を請う。
「知るか! どうせあいつらは姫様に取り入ってこの街の評議になりたいか、中央に戻りたいと考える木っ端だろうが!そんな屑共は放っておけ!」
自分の事は大いに棚に上げたまま、彼は本部に戻ると告げ、足早に部屋を出て行ってしまう。
◇ ◇ ◇
喧騒が収まらず、そこらじゅうで怒号が飛び交っている門で、車列が待機場に流れて行く中、一般入門口に外套のフードを被った連中が数人、魔導器の前に現れる。
「あの、入街したいんですが」
「へ? あ、あぁ。ではこちらにカードを……。はい、オーケーです。ちょっと今はゴタゴタしているので気を付けて下さい」
「どうも」
大半の兵が騒動を収めるのに奔走していた為、気がそちらに向いていた門番たちは、その風体に頓着せず、数人のフードの連中を確認せずに入街許可を出してしまっていた。
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