第40話 集結する悪意
その朝は、街中が静かだった。屋台や出店のほとんどは閉まっており、商店通りも人はまばらで、皆足早に去っていく。空は晴れ渡っていたが、いつもの様な喧騒は無く、人の営みはあまり感じられなかった。
人が居なくなったわけではない。皆息を潜め、締め切った扉や窓の隙間から、その場所に好奇の目が向けられていた。
その静けさとは反対に、カデクスの北門側には衛兵部隊が何十人と集まり、大きく門が開かれた状態で、ざわめきと熱気が溢れていた。豪華な馬車からは続々と貴族が降車して列をなし、その序列に文句を言う者達に兵が仲裁に走り回り、その後ろにはギルドの主要メンバーがさらに並ぶと言った、ある種異様な光景が、門の周りで繰り広げられていた。
「ふぅ、ここに来て序列がどうのこうのと……。面倒この上ない」
「ハハハ。まぁ辺境伯様はともかく、国家調査団となりますと、これも致し方なしかと」
門の外側にいるロッテン男爵とマルクス副団長は、門の内側の喧騒を呆れ顔で眺め、愚痴をこぼしながら街道を振り返って目を細める。
「ノート殿は何時こちらに?」
「昨夜のうちに連絡はしましたが」
男爵が、マルクスを見ずに尋ねると、彼は幾分渋面のままで中途半端にかぶりを小さく振りながら答える。気になって男爵が彼を見ると、渋面は苦笑いへと変わり、言葉を繋いだ。
「……エクスに、帝国の間者が入ったそうです。精鋭の」
「──まさか、皇帝の?」
「詳細は確認していませんが、恐らくは」
国家間の機密情報には当然ながら、各国の間者の情報も含まれる。情報をやり取りしている間諜部隊はもちろんだが、最も動向を探るのは暗殺を生業とする部隊の動きだ。国家の頂点たる王や皇帝など、国の象徴でもある彼等には常にその部隊の影がちらつき、どんな時も狙われる危険性があるのだ。その為そういった部隊は常に監視され、位置を特定されている。
今回動いているのはそんな部隊でも全員が特殊な固有スキルを保持している暗殺専門部隊、ゼクス・ハイドン帝国、皇帝直属の配下、通称影と呼ばれる部隊がエクスに入ったと言う情報が入ったのである。
エクス衛兵隊本部より、その知らせが来たのは一昨日の事だった。衛兵部隊には固有スキルを持った隊員が数名必ず所属しており、今回は看破を持った隊員が街に入った商人が偽名だったことを見破ったのと、聞き耳スキルで帝国訛りを聞いただけなので、確証には至らなかった。
「やはり、保護した娘の件ですか……」
「でしょうな。これで、彼女が殉教したはずの息女となれば」
「どう動いて来るのか。ですか」
「その事も含め、エリクス様には報告済みです。既に王との話は……。来たようですな」
マルクスがそちらを見やると、街道の遥か先に土煙が上がっているのが見えてきた。
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「はぁ?! 何でアタイがギルマスにならなきゃいけねぇんだよ!?」
エクスの冒険者ギルドのマスタールームで、アマンダが叫び声を上げていた。
「現在この街でトップランクの冒険者は、アマンダ。君しかいないんだ」
この世界での冒険者ランクは鉱石の名で呼ばれている。下からストーン、ブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリルの七階級である。アルファベットで言えば、Fがストーンで、順にプラチナまででAランクになり、ミスリルがSランクになる。
「今このギルドでの最高位はプラチナのアマンダさんしかいないんだよ。今すぐ変われって訳じゃないんです。ただ、セーリスと俺、結婚したじゃないですか。それで何か起きた場合、彼女も俺と動くんで。あぁ、もちろん拠点はこの街に作るんで、心配しないで大丈夫です……だから。ね? お願いします!」
なぜか、俺が彼女の説得役になってしまっている。理不尽な気がしなくもないが、彼女の方がそれは感じているだろうからそれは言わない。
「それにほら! この街の冒険者は、アマンダさんの後輩も沢山いるじゃないですか。王都から変なマスターが来るよりよっぽどいいと思うんですよ」
「あのなぁノート……。アタイはこれでもずっと、腕っ節一本でここまで来たんだぜ? そんなアタイにいきなりこんな椅子に座って事務仕事なんて。無理に決まってんだろ?」
セーリスもこんな気持ちだったんだろうなぁと、脈絡もなく思いながら、どうした物かと思っていると。
『アマンダよ、我の子孫がやっと掴んだ幸せなのだ。セレス・フィリアが直接頭を下げる。……どうか引き受けてもらえぬか?』
「ひぁ!! せ、精霊王様! お、おやめください! 私はただ自信が無いのです! 先程申し上げたように、あ、アタシには学が有りません。で、ですから──」
『そこがクリアできればいいのか?』
「へ?」
『お~い』
ポカンと呆けるアマンダに、セレスがドアに向かって声を掛けると『二人』がニコニコとした笑顔で入って来る。
「げ! シェリーとキャロル……」
『この二人がみっちりと、受付嬢とそなたに喜んで教えてくれるそうだ』
「「よろしくお願いしますね、ギルマス」」
その言葉を聞いたアマンダは、涙目になって俺の方を見る。
「覚えてろよ、ノート」
俺はずっと拝んだポーズで彼女の顔を見る事は、出来なかったよ。
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「この報告に間違いはないのか?」
「は! 聞きこみ、間諜からの報告と合わせて、間違いありません」
そこに書かれていたのは、ノートがこの街で行った騒動の全てが書き込まれていた。攫い屋の首魁を拳で頭蓋破壊、千顔のジグの足を消し飛ばし、スタンピードの殲滅はチームだけで行ったらしい。そして特筆すべきは教皇国の特殊部隊、通称青の部隊の殲滅と、ドラゴンの討伐。あまりに現実離れした出来事だった為に、見た者以外は信じられなかった報告。
よもや事実だったとは──。
「これが事実ならば、我らで事足りるかどうか。せめてネヴィルがいれば、街を混乱させる事が出来たであろうに」
そこは貴族街にほど近い高級宿の一室。アジーンは豪奢なソファに腰掛けて、報告書の束をテーブルに投げ出すと、目頭を揉みながら、連絡の取れなくなった二人の事を思い出す。一人は自身の配下であったテイマーのネヴィル。アイツが居れば陽動にはもってこいのはずだった。そして傭兵のベイルズ。言動や行動に難は有ったが、あの爆発呪文は使えたのに。そうすれば分断は容易だったはず。彼奴を消す事は叶わなくとも、彼女位はどうにか出来たろうと、馳せる思いを打ち消した。
「今更の話を考えた所でどうしようも──」
「アジーン様。二人が街に入ったと連絡が」
「二人?」
「ネヴィルがどうやら、あの傭兵を連れ戻したようです」
「何だと!!」
◇ ◇ ◇
「どうだ? その体の使い心地は?」
「フム。腐っていない分、良く動く場所と動かしにくい部分が有るが、まぁ問題は無いな」
「はは、そうかよ。記憶の方はどうなんだ?」
「問題ない。『コレ』はテイマーのスキルがあるようだな。精霊は無理だがコレはコレで使いようがあるだろう」
ベイルズとネヴィルはそんな話をしながら、エクスの雑踏を歩いていた。
──……ネヴィルは既に本人ではなくリゲルになっていたが。
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