第34話 哀しいラブレター
──どうか! この世界を救ってください──
最初の召喚でイリスに最初に言われた言葉……。
正直、意味が分からなかった。
何で俺がって思った──。
違う世界で、何故見た事もない人たちを俺が? 知りもしないし、知ろうとも思わなかった、異世界の人達……。深くかかわり合おうと思わなかったのに。気付けば癒し、仲間を作っていた。
でも帰りたい気持ちだけはずっと持っていたんだ。
──ただ、彼女にもう一度逢いたかったんだ。
彼女に一目会って教えたかったんだ。
──君に似合ってるって──。
「マスター……」
俺の本音がメイにも伝わったのか、彼女は寂しそうな顔をしながら、俺の傍に立って居た。
「ごめん。ケンジだった頃の記憶が、少し戻ってきた……」
俺の初めての彼女。大好きだったあの人。もう会う事も約束も果たせない……。
「なぁメイ、フリージアの花言葉って知ってる?」
「……はい」
「ハハハ。そうだよな。俺の記憶管理してるんだもんな」
「あどけなさ、純潔、親愛の情です。後は花の色によっても幾つか」
「──……紫のフリージアの花言葉は憧れ。黄色いフリージアの花言葉は無邪気…ホント、あの娘にぴったりだよ……。ハハ、今はそっちじゃ無かったな。覚えてるよ、イリスの言った事は」
「えぇ、勿論それも有りますが。そこではなく、マスターがどのようにして呼ばれたかです」
「ん? あぁ、そっちは確か、大神から貰った本でどうのって……」
言われて少し考える……。イリスが俺に伝えたのは確か──。
大神の与え給うたこの書物。これに縋るしかもう私にはなかったのです。どうかお願いです。ちーとも勿論お渡しします。この世界、イリステリアをお救い下さいソウマ・ケンジさん!
「……だったはずだよな」
「その通りです。彼等神はこの世界、イリステリアで産まれた管理神としての存在。故にまだまだ未熟だったんです。神としての成り立ちすら歪でしょう? 彼女たちは信仰から生まれたんじゃない。大神がグスノフ神に請われて顕現した存在です。知識や行動原理は全て大神が与えたモノだったんです。イリス様はそんな中、マスターを呼ぶと言った彼女の中に無かった行動をとりました。そうして、マスターの行動や言動を見聞きするうちに、神としてこの世界の人間たちとの付き合いを学んでいったのです。マスターがこの世界を去った後も……」
「はいぃ? 何じゃそれ!? それじゃあ、あの神達はグスノフとエギル以外はこの世界が出来た後に、大神によって創られた存在って事かよ?」
「そうです。まぁ、そうは言っても数万年以上は生きていますが……」
「ならそれまで、どうしてたってんだよ。あの邪神が来るまでだって揉め事なんかは有っただろうに」
「それこそ手出ししていません。」
「はぁ? なんで──」
「自然淘汰は摂理です。そこに彼らは頓着しません。ですが、邪神アナディエルは違います。ここまで踏まえて、私の意見を具申しても?」
「あ、あぁ」
「大神はまずイリステリアと言う世界を創造しました。その際グスノフ様を主神とされたのでしょう。ただ、彼だけでは滞ってしまうのは大神は分かっていたのだと思います。世界が進化するにつれ、大神は地上に試練を与えています。そうして、いよいよグスノフ様自身のキャパを超え、彼は大神に縋りました。そこで新たな神を顕現させたり、エギルと言う地球であぶれた神を連れて来た……。そうしてこの世界は一旦落ち着いた」
「うん」
「本来ならば、それでよかったのかもしれません。ここからは私の考えですが、大神は神達にも試練を与えたのではないでしょうか?」
「え? 何でそんな事をする必要が?」
「先程お伝えしたとおりに、この世界の神達は成り立ちが歪です。本来神は地上の民が信仰し、その想いから顕現するとされています。ですがこの世界では、神自身が請い、上位の大神によって顕現した存在です。グスノフ様が言っていたでしょう。イリス様は管理に特化していたと」
「──まさか! 感情の発露を促させるために?」
そこまで聞いて、ハッとする。……思い出してしまった言葉。
──ホムンクルス。
魂持たぬ肉人形……。それに大神が力と魂を与えた存在が……神。
いやいや、流石にそれは穿ち過ぎだとかぶりを振って否定する。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない……」
「そうですか。まぁともかく、その試練によって彼らは地上との付き合い方と彼ら自身の在り方について、マスターが再度この地に来るまで試行錯誤し続けていると考えています」
「それで、あんなに人間臭いのか」
「善し悪しは別としてですが」
メイの言葉にうすら寒いものを感じる。善し悪しは別……。そうだよな、神にとってこの地上の民は生けるもの全てが愛し子だ。害成すものを除いてだが。
「あぁ! そうか。俺はその中でただ唯一の異物であって、彼らが頼んだ人間! それで俺に対して、都合のいい人間を用意したのか!? それを俺が怒ったから。俺がこの世界に来た時、言い出せなかったのか!」
「それもあるでしょうね。ただ」
「ん? まだ何かあるのか?」
「いえ、そう言う訳ではないのです。ただ、根本的にマスターを選んだ理由も判然とはしませんし、ランダムとは思うのですが、そうなればマスターの事が、お労しくて」
「……あぁ、そう言う事か。まぁ、そこは今は置いておこうぜ。なんにしても彼女にとって俺は大切な人になってしまったって事なんだよな」
「はい。それこそ禁忌を冒してでも、お会いしたくなるほどの未練を持ってしまった」
「フゥ……。その想いが詰まった手紙、か」
「千年越しのラブレターですね」
「……甘酸っぱくは無いんだろうな」
「フフフ。どうでしょうね」
モニター操作をやめ、ソファに深くもたれ込む。目を閉じて深呼吸をしてから目を開ける。俺にとってはずっと妹の様に思っていた仲間。だが彼女にとっては……。
俺の地球に残した彼女を想う気持ちと被る……。時間の長さや想いの深さなんかは関係ない。
ただ大切な人と逢えない……。オフィリアにとっては時間。俺にとっては世界。
結果として彼女は禁忌を冒し生き延び、俺は地球に戻ったが記憶を失くした……。どちらも残酷で理不尽だな。
「ありがとう、メイ。戻って手紙、読んでくる」
「──お役に立てたようで幸いです。私は何時でもお待ちしております」
そして俺は目を閉じ、戻る事を意識する。
◇ ◇ ◇
《お戻りになりましたか》
シスの声でベッドの感触を思い出し、上体を起こす。
「あぁ、どのくらいの時間が経った?」
《殆ど経っていません。あの場所はあくまでマスターの精神の一部です。時間は関係ありません》
「そうか」
シスの言葉が通り過ぎていく中、机に有る手紙をずっと眺めていた。
手紙を持ち、その重みを改めて思い知る。
「ずいぶんと長い間、待たせちまったな」
特殊な封緘に指を這わせ魔力を流す。『ブゥン』と一瞬音がしてピシリと封が開く。開いて出てきた手紙は六枚ほど。そこにはもう一つ、布切れが同封されていた。
「……これは?」
《紋章の様ですね。恐らくはオフィリアの物かと》
まずはその布を机に置き、手紙を持って椅子に腰掛ける。
──親愛なるノート様──
突然のお手紙を送る無礼をお許しくださいませ。
敬愛する貴方様に神々の祝福が有りますよう、心よりお祈り申し上げます。
この度使いとして向かわせたジゼルと言う者に関してですが、私から──。
手紙の書き出しは、ジゼルの事や装飾内容の美辞麗句のオンパレードだった。それが二枚にわたって書かれ、精神的に疲弊しだした時、内容が変わって来た。
どうしてもお伝えしなければと思い、筆を執りました。
現在、ノート様は帝国、商業連合国、ヒストリア教皇国
三国の間者が貴方様を追っているとの報を受けました。
一刻もお早く王国の王都へお急ぎくださいませ。
我が聖教会も、一枚岩ではありません。
ジゼルならばこれから後、お役に立てると思いま──
しかし、そこにも書かれていたのは俺の置かれた状況や立ち回りを心配する事ばかり…。そして残ったのはたった一枚だった。そこにはたった一行。
───どうか、業深き私に最期の裁きと慈悲をお与え下さい。ケンジ兄さま。
災厄の娘リア
とだけ、書かれていた。
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