第32話 失敗作
──聖女様に秘術をお教えになったのは教皇様です。
ジゼルは目を伏せながら重くなった口を開いた。
魂の転写を教皇が教えた? 何故? 彼女の延命の為? それとも別の理由?
「その手紙に書かれている事が、聖女様の偽らざる本心だと伺っております。総ての想いと真実をそこに、と」
ジゼルの言葉に、受け取った手紙を見つめる。そうしてふと考える。
俺は今彼女の事を何も知らない。いや、覚えていない。そんな状態でこの手紙を読んでいいのか? 彼女がどんな思いでこれを書いたのか、その真意を今の俺が汲み取れるのか……。
「皆、この手紙は一人で読みたい。今日は別の部屋に行くよ」
俺の言葉に皆は黙って肯定してくれる。
「じゃあジゼルさん、マリーちゃんが起きた時あなたが居ないと寂しがるでしょうから、今夜は一緒にこのベッドを使ってください」
そう言ってキャロルが、ジゼルに一つのベッドを勧めていた。
「……ノート。無理はするなよ」
「あぁ、それは大丈夫。シスも居るから」
心配そうにこちらに近寄り、そう言ってくれるセーリスに返事をして、俺は大部屋のドアを閉める。
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「なに? 客はやはり居ない?」
カデクスの娼館街の傍にある、一軒の小さな飲み屋の隅のボックス席で、対面に座った小奇麗な男に向かって商人は言う。
「はぁ、それがどうも見回った限りではこの街にその交渉相手も見当たらないようです」
「──…それで、ネヴィルはまだ戻ってこないんですか?」
「はい、それがどうも冒険者と連絡が取れないと申しておりまして」
周りの人間は娼館帰りなのか、景気づけの為なのか、皆一様に酒をあおり、酒精臭い息を吐き大きな声で騒いでいる。そんな中で二人の商人の小声の会話など、先ず誰も聞いてはいない。符丁だらけで、普通の人間が聞けば、商人が客に逃げられ、使いが冒険者と連絡がつかなくなっている、マヌケな商人の会話にしか聞こえない。
隊長で在るアジーンは懊悩していた。皇帝陛下直属の影の称号を頂いた諜報部隊が、たかが冒険者と目標である五人の所在を未だ把握できていないのだ。
正確に言えば、出来ていたがある日を境に消息を掴めなくなったのだ。
──ギルド会館の爆破事件。
行ったのは、ベイルズと言う宰相閣下から紹介された冒険者兼傭兵の男。指示したのはもちろん自分自身だ。そのこと自体は計画通りだったので問題なかった。この街の評議会を潰す事が目的だったからだ。
しかし、一人の人間が生き残ってしまった。有ろう事か、目標達と行動していた辺境伯の騎士団副隊長がだ。ベイルズの話しでは、瀕死だったはず。それが三日もすれば五体満足で、事件の陣頭指揮をこの街の領主と共にとっていた。ベイルズ自身も相当慌てていた。その後、五人の行方が分からなくなった。
ベイルズが言うにはこの街に気配がないと言っていた。しかしそんな事どうやってできるのだ? この街には既に我等影の精鋭が入っている。それぞれが固有スキルを持ち、索敵と監視、それに暗殺に特化した者達ばかりが五人以上も常に監視していたのに。
そして二日前、ベイルズも突然消えた。報告してきたのはネヴィル。テイマーの固有スキルを持つネヴィルは、使役獣と感覚を共有できる。だから素性の知れない奴の監視を獣でさせていたのに。
アイツは唯一指名手配されてしまっている。面が割れているのだ。万が一にも奴が捕縛されるのはマズイ。……こんな事ならサッサと殺しておくべきだった。
「あ、あのオンズ様…」
アジーンは相手が自分の偽名を呼んでいることに気付かなかった。ふと視線を感じ、初めて自身が呼ばれていることに気付く。
「あ、あぁどうしました?」
「いえ、ご気分がその…すぐれないように見受けられましたので…」
「…いや、大丈夫です。今夜はご苦労様でした。明日は今一度商業ギルドへ顔を出します。昼にそこでお会いしましょう」
「畏まりました。それでは」
そう言って商人は席を立ち、店を出て行く。
「なぁ、アンタ。客に逃げられちまったのかい?」
アジーンが続いて席を立とうとすると、別のボックス席で飲んでいた一人が声を掛けて来る。
「……お恥ずかしい所を聞かれてしまっていた様で。えぇまぁそんな感じですねぇ。ではわた──」
「まぁ、座んなよ。そんなに訛って話してたら、符丁の意味もないぜ?」
その言葉を聞いた瞬間、その場の音が消えていることに気付いた。アジーンは座ったままこちらをへらへらとした顔で見る男に視線を固定しながら話す。
「おや? そうですか、なにぶん田舎の商人ですからね、こうして客にも逃げられてしまったマヌケですし」
「まぁまぁ、警戒しなさんな。俺達は商業連合の組合員さ。必要な商品の話しを聞きたくないかい? 男爵様のとこに居たはずの冒険者の消息とかさ」
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「クソ! どうなってやがる!? トリスもミカエラも居ねぇ!? かけらも感じねぇ!」
一昨日、奴らの気配が突然膨れ上がった。ありゃぁ間違いなく顕現した証拠だ。だがその後すぐにしぼむ様に消えて行った。その後幾ら奴らを呼んでも返事がなかった。
「おい! 聞こえてるんだろ! ゲール! どうゆう事だ?」
レストリアの町にほど近いこの森で、何かが起きた事は直ぐに分かった。残った気配を追ってきたこの場所。森の奥にあった広場の様な空間の真ん中に、ソレはあった。
「何だこりゃぁ……」
その広場になった場所の更に中心部。窪地の様にへこんだ場所が陽炎の様に揺らめいている。下草は根こそぎ無くなり、よくよく周りを見ると、周辺の木々はまるでここで竜巻でも起きたかのように、一方向に向かってなぎ倒されていた。
「アレは一体何だ?」
答えを期待した訳ではない。唯見た光景が不可解過ぎてつい出た言葉だった。
──残滓だ。
「誰だ!?」
帰って来るとは思っていなかった答えに、驚いて周りを見ながら誰何する。
『何を驚いている。リゲルだ』
「……テメェかよ。ん? お前、器はどうした?」
『依代は奪えなかった。彼奴等……。ここと同じ、次元魔導を使われた』
「はぁ? ここが次元魔導の使われた場所だってのか?」
『そうだ。よりにもよって、量子爆発を次元結界内で爆縮させた。あの揺らぎは次元の綻びの残滓だ』
「──な! じゃ、じゃあ、あの二人は?! まさか!」
『恐らくは次元の狭間へ飛ばされたか、衝撃で微塵になっただろうな』
リゲルの言葉を聞き、ベイルズは再度中心部を見やる。その眼には驚愕と恐怖、そして憎悪が混じった濁った眼をしている。
「まさかまたあの失敗作を見るとはな」
『お蔭でゲールが発狂したように怒りまくっておる』
「そりゃそうだろうよ。アイツが提唱して失敗した理論だ。それをこの世界で、しかも仲間に使われたんだ。俺だってキレる……。で、やったのは誰だ?」
『聖教会。聖女の特殊部隊だ』
「はぁ?! ってかテメェ、えらく詳しいがまさか見てたのか? 見てて何もしなかったのか?!」
『気持ちはわかるが、今の我に何ができる?』
「……クソったれが!!」
ベイルズはリゲルの状態を思い出し、地団太を踏むしかなかった。
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