第31話 聖女の結界
──はぁ、はぁ……もうあと少しで。
エリーは途切れそうになる意識を辛うじて保ちながら、カサンドラを肩に担ぎ木々の合間を抜けて行く。
「はぁ、はぁ……。ふぅ、貴女が先に気絶するとはね。フフ、帰ったら奢ってもらわなくち──!!」
”ヒュザン!”
咄嗟にカサンドラを木陰に突き飛ばし、振り向きざまにショートソードで不可視の刃を受け止める。
「グッ! きゃぁぁあ!」
何とか直撃は躱したものの、その圧倒的な質量によって彼女の腕はかちあげられたようになり、後方へ飛ばされてしまう。
「お?! 適当に飛ばしたのに当たっちまったのか? ハハハァ! 俺様ってやっぱ、いい男だねぇ!」
そんな事を言いながら、男はにやにやした表情で暗がりの中から現れる。
”ブオン”
暗がりから出てきたマーカスに向かって、背後から明らかに彼を狙って放たれた何かが音を立てて飛来する。
「──っと!! アブねぇなぁ、狙う相手まちがえ──」
「間違ってねぇよ! それはアタシんだって言っただろうが!!」
振り返る事もせず、マーカスが掴んだそれは骨の塊だった。
「チッ、相変わらず汚ねぇ攻撃だなテメェは」
そう言いながら、マーカスは骨を捨てる。
先程から彼女の行っていた遠距離攻撃は喰った骨を咀嚼し、変形させて種を飛ばす様に射出していたのだ。物質としてさしたる重量もないそれは、彼女の口腔内で咀嚼され、更に密度を上げて高圧縮に加工されていく。そうして骨の加工物質を彼女はその圧倒的な肺活量とあごの力で銃の様に打ち出してくるのだ。
「クッ! 本当に嫌になりますね。こんな化け物達の相手は」
エリーはちらとカサンドラを見やりながら、弾き飛ばされた木の根元から立ち上がる。
──悪魔だよ。
「──は? アクマ?」
先程までいがみ合っていた二人が、突然声を揃えてエリーに告げる。
言われた彼女は何の事か分からない。
「ハハハ。分かんねぇか。やっぱニンゲンは愚かで無知だねぇ、まぁ別にもう関係ないから良いな。」
「なんだ? もうニンゲンごっこは止めるのか?」
マーカスはニヤニヤしながらそう言うと、テレジアに合図を送る。
「あぁ、もういいだろう。どうせここで皆殺しにするんだしな」
そう言った途端、マーカスの身体がごきごきと嫌な音をさせながら、姿を変えていく。
「ふぅ、お腹が空くから嫌なんだけどなぁ……」
マーカスを眺めながら、テレジアも同じように身体を変じて行く。
先に変化を終えたのはマーカスだった。
身の丈は二メートルを超えた程度、背の肩甲骨辺りから対の黒い蝙蝠のような羽を持ち、腕は細長く大きな手のひらは地に届いている。逆に足は太く、まるで筋肉の塊のような下肢をしていたが、それは羽毛で覆われ、足先はなぜか水かきの付いた奇妙な足だった。両の肩には牛のような頭と、羊が載っており、何かに引き裂かれるような奇声を上げている。臀部には太く長い尾があり、毒々しい色をしていた。
「グハハハ! ワレは色欲を司る悪魔、アスモデウスでアル」
次いで変じたのはテレジア。
彼女は正に異形であった。その身体は人に近しい。近しいが腕が四本あった。背には羽虫のような透明な羽が二対四枚あり、下肢に至っては膝から下が完全に虫のそれであった。しかし最もおぞましかったのはその顔である。人の様な輪郭に大きな複眼が顔の上部を覆っている。口も人の形はしておらず、縦に裂け、開いた口腔にはぞろりとすり鉢状に細かい牙が並んでいた。キチキチと口が動く度に金属を擦るような音が耳に響く。
「……暴食の悪魔、ベルゼブブ」
一体あの口からどうやって言語を発するのかと、エリーは場違いな感想を抱いていた。余りの現実離れした二人の姿に、思考が止まってしまったのだ。モンスターでも、もっとましな姿をしている。人型は人の範疇だし、虫は虫だ。こんなそれらを全部ごちゃ混ぜにしたような、奇妙な形は見た事が無い。しかも、何かの代表の様な名乗りを上げた。
意味が分からない…何なんだ一体こいつ等は!
「グハハハハ! 何を見惚れて呆けておるノダ!」
「……喰う」
二人がそう言い、一歩進みだした瞬間だった。
”ズドドドドドドドドド!!” ”止めるな! 続けて放て!” ”ズドドドドドドドドドドド!”
一斉に氷の矢が悪魔たちに殺到する。二人は避ける事もなく直撃を受け、霧散する冷気の飛沫で見えなくなっていく。
「隊長! 気をしっかり! さぁ、こちらへ!」
突然すぐ近くで声が聞こえ、振り向くとそこには隊員の一人が傍に立って居た。
「あ、あぁ。ごめんなさ……。カサンドラは?!」
「既に別の者が救出しています! さぁ、こちらも準備が整っています! アレはただの目晦ましです」
濛々と冷気が立ち上りキラキラと輝きながら靄が晴れると、そこには綺麗に凍り付いた二体の像が出来ていた。それを確認し、直ぐに隊員と森を駆けて行く。
”ピシリ” ”ピキッ!” ”バキャァァァアン!”
「グハハハ、オニゴッコノ続きか!?」
「キィシヤァァァァァァア! ギチギチギチ!!」
そう言うと二体の異形は、下草を踏み鳴らしながら纏わりついた氷の欠片を剥がれ落ちるに任せたまま、悠然と歩き始めた。
そこは森の奥に偶然あった広場の様なスペース。広さにして直径百メートル程の円形に出来た木々の立って居ない場所だった。
中心部にぬかるんだ窪地があるところから、元は泉が存在していたのかもしれない。エリー達特殊部隊は、異形の来る場所の反対側に、何人かを配置していた。当然それ以外にも周りには潜んでいたが。
「おオ! ナンだ、オニゴッコハここマデカ?」
そう言いながらアスモデウスはどんどん前に進んでいく。ベルゼブブは四枚の羽根を鳴らしながらホバリングの様に浮いた状態で、キチキチと口を鳴らしながら、アスモデウスの後を付いていた。
「グハハハハは! そこらジュウに女ガいるゾ! よしよし、ダレがさい──ん!? ナンだ?!」
「ギチギチギシャァァアア!!」
”キィィィィィィイイイイン!” ”ブゥゥゥゥゥゥウウン!”
それは丁度二体が中心部まで来た時に起こった。二体を囲むように大きな陣が輝き、閉じ込めるように結界が展開されたのだ。
「ギシャァァァアア!」
”ドドドド!!”
「フン!!」
”バシュバシャ!”
ベルゼブブは骨のボールを、アスモデウスは不可視の刃を結界に向かって発射する。が、それらは全て弾かれ、彼ら自身に傷を付ける。
──ガァァァア!
──ギャシャァァァアア!!
二体は初めて自分が傷ついた事に驚き、悲鳴を上げる。そして見上げると全く傷ついていない結界に困惑する。
「な、ナンだ? ドウナッテいる? ナゼ……。は! マサか!? 次元マドウ!?」
「ギャシャア! ギチギチギチ!! ギャシャア!!」
ベルゼブブは狂ったように金属音を鳴らしながら、結界に体当たりを決行するが、『バチィィィイ!』とものすごい音で感電したように、ぶすぶすと体中から煙を上げて地に落ちる。
「オイ! 大ジョウ夫か!? ベルゼブブ!!」
「……ギィィイ……シャァ」
「良し! 聖女様の無限結界は成功だ! 次を準備!!」
「な!! セイ女だと! オイマて!!」
「誰が待つか! このバケモノ共が!! 放て!」
──ジゲン爆縮!!
”キィィィィィィイイイイン!” ”バシュゥゥゥゥゥウン!”
その瞬間、結界内は目も開けられない程に輝き、閃光が頂点に達した直後、一気に結界ごと縮んでいく。それは周りの空間をゆがめるほどの事象変化を起こし、周りの立木がなぎ倒され、中心部に向かって螺旋収束現象を起こす。
「ギャシャァァァアア──!!」
「グオォォォオ! ナゼだ! 何故またジゲンのぉぉお──!!」
その二体の断末魔は隊員たちの耳には届かなかった。ほとんどの隊員は、持った魔道具に魔素を持って行かれ失神。魔石は一瞬にして枯れてしまったからだ。唯一その光景を見ていたのは離れた場所で、救護隊員と一緒に居たカサンドラだけだった。
「……またって、どう──」
そこまで言って、彼女はまた気を失った。
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