第30話 バケモノ
「……これは?」
「オフィリア様からの手紙です。封緘には魔術封がなされておりますのでノート様の魔力を流して下さい」
ジゼルさんから手渡された手紙には特殊な封緘がなされていた。
封を閉じる封蝋が魔石と混ぜられており、術式が書き込まれている。それは、特定者以外が開封した場合、瞬時に手紙が燃え尽きるようになっていた。
その術式を見たシスが念話で俺に伝えて来る。
《この手紙は恐らく、マスターが勇者ケンジであることを見越しています》
(どういう事?)
《この術式を見る限り、一定の魔素を流す事によってのみ開封できる仕組みです。ただ、鍵となっているのがその魔素を魔紋認定する術が付与されている事です》
(じゃあ、この封を開けるには俺の魔紋が必要って事か)
《はい。オフィリアさんは、気付いているのでしょう。もしかすると、精神世界でマスターを認識していたのは、現在の彼女かも知れませんね》
シスに言われて思い出す。精神世界でマリアーベルを救った時、消える世界の中で、ベッドから見つめて来た彼女の顔を。
笑顔とも泣き顔とも言えない、切ない顔で……。真っすぐに俺を見ていた。
──ケンジ兄さま……。
あの時は何故? どうして? としか思わなかった。だけどシスの言う様に、彼女がマリアーベルの封印を施した時に、何かの術を付与していたら……。あり得るかもしれない。
(シス、俺の魔紋って、変わってないよな)
《はい。私が存在している時点で、マスターの魔素は変わっていません》
皆が心配そうに見つめる中、一つ大きく息を吐く。
「この封を開ければ、彼女に」
「はい、伝わります」
ジゼルもその事は承知しているようで直ぐに返事が返ってきた。
『ノートよ。それではこのジゼルもお前が何者か承知しているという事か』
いつの間にかセリスから入れ替わったセレス様が俺に聞いて来る。
「私はオフィリア様の傍に十年居ました。マリーちゃんの姿をしながらも、全く違う聖女様。それでも私を教皇様の責め苦から救ってくれた彼女に対して、誠心誠意お仕えしました。ですから聖女様から直接お話を聞かされた時は、信じられませんでした。それでも聖女様と過ごすうち、彼女の後悔や絶望を耳にすると胸が張り裂けそうになりました。万に一つもあるか分からない。荒野で砂粒の欠片を探すような気持ち。諦めようと何度も思ったそうです。だけど気付くと結局オフィリア様は代替わりをさせられ……」
「ちょっと待って! させられって、どういう事? 魂の転写は自分の意思じゃないの?」
彼女の言った言葉に思わず大きな声で問い詰める。
魂の転写を自分の意思で行っていないってどういう事だ?!
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”ドゴォォォオオン!!” ”バキバキバキィッ!!”
レストリアの町から少し離れた森で、大きな爆発と木々のなぎ倒される音が響く。それは幾度となく続き、そこら中から白煙が立ち上っていた。
「はぁ~。参りましたねぇ~。まさかこんな化け物がギルドに混ざって居るなん──!!」
カサンドラが瞬時に気付いて、その場を跳んで避ける。
”ザザンッ!” ”ザシュッ”
次の瞬間には、カサンドラの居た場所は不可視の刃で下草ごと切り裂かれ、地面に深く切り込みが入る。
「危ないですね~。これ、風属性じゃないんですね」
切り込みの後ろ数十センチに居た彼女が、苦笑いでそんな事を言う。
「アハハハハハ! そんなチャチなもんと一緒にすんじゃねぇよ! しっかしテメェはナニモンだぁ? そんなでっけぇ図体しやがって、よくもまぁちょこまかと……ん? いいねぇ、血の匂いだねぇ」
そんな事を言いながら、茂みを掻き分けて現れたのは、冒険者ギルドレストリア支部のマスター、マーカスだった。
「はぁ~~。これでも私はうら若き乙女ですよ~。そんな乙女の柔肌を傷つけてどうするんですかね~」
そう言いながら、立ち上がったカサンドラの太腿には一筋の傷がついていた。
「……ブフォ! おいおいおいおい! マジかよ! テメェが女ぁ? そんな筋肉の塊がかよ! 冗談きついぜぇ!」
”アイスジャベリン!”
文言が発動され、周囲の水元素が収束される。急激に圧縮されたそれは個体変化し、文言によってその形を槍へと変じて行く。パキパキと急速に冷えて出来たそれは冷気を伴い、瞬時に目標へ向かって飛翔していく。
「うおい! マジかよ!!」
その言葉は慌てているが、全く動く気配もなく棒立ちのままのマーカスに、その槍は胴の中心部に吸い込まれるように加速する。
”バキャァァァアン!”
果たしてその槍は彼の胴を引き裂くどころか、彼の手前十センチほどの場所で破砕し、霧散する。
「……厄介な結界をお持ちですね」
カサンドラの対面、マーカスを挟む格好で木々の間から、エリーがその姿を現す。
「おお! こっちは可愛い女じゃねぇか! いいねぇ。精を感じるぜぇ! ついつい股間が熱くなってくるねぇ」
「……下種なんですね──!!」
”ブォォォォオン” ”バキバキバキィ”
彼女が言いかけた所で、重量を伴った何かが彼女の避けた場所を襲い、後ろにあった木々をなぎ倒す。
「クソ女ぁ! 貴様は私が喰うって言っただろがぁ!」
そう言いながら片腕を失い、側頭部の一部が裂けた女が現れる。
「あら、モンスター並みの再生能力をお持ちなんですね……面倒くさい」
「ん? ギャハハハハ! なんだよテレジア! ズタボロじゃねえか!」
「煩いよ! 腹が減って思う様に動けないんだよ! あんたもいつまでかかってんだよ」
「アハハ! アイツ女だったんだよ!? あれで。笑えるだろ!? さいっこうに面白れぇ!」
マーカスがそう言いながら笑っていると、テレジアが、カサンドラを一瞥する。
「はぁ~。まさか女だったとはねぇ。マーカスが遊ぶわけだ。……でもお腹空いたから」
彼女がそう言った時だった。
──グァァアアア!!
咆哮のような叫び声がその場に響き渡る。出したのはカサンドラ。
「……グッくぅうう」
彼女の左腕は肘から先が無くなり、ぼたぼたと細かい肉片や血が噴き出していた。
”ガサガサガサ”
カサンドラが蹲る場から何かがテレジアに向かって這いずって行く。
「──な! カサンドラ!」
エリーは叫びながらも、這いずる何かに視線を向けた。
「ふぅ~。全然足りないけどまぁ良いかぁ」
そう言いながら、テレジアは足元に来たソレを持ち上げる。
それは二本の腕だった。片方は、肘から先の左腕。もう片方は肩から下の右腕。 するとその右腕はうぞうぞと蠢き、テレジアの身体に繋がって行く。
「いただきまぁす。バキッムチュ、グチュ、グリュ……」
見るも悍ましい光景が目の前で広がっていた。
「──!!……ウグッ。おげぇ……」
余りの出来事に、エリーはその場で吐き戻す。頭ではこいつ等が人間ではないと理解している。しかし目の前の光景は違う。人の形をしたモノが、カサンドラの腕を引き裂き、むさぼり、咀嚼しているのだ。口からは夥しい真っ赤な血をたらし、骨も何も関係ないと、言わんばかりに噛み砕いて行く。
凄惨な惨殺死体など、見飽きている。目の前で人がモンスターや魔獣に食い荒らされるのも。
だが、目の前の光景は違った。見た目だけは普通のヒュームだ。それが何の躊躇もなしに、まるで果実を頬張る様にカサンドラの腕を喰っていた。
──狂ってる! 何よこいつ等は!? ただの化け物じゃないの!?
”ドン”
茫然自失となっていたエリーの背中に何かがぶつかる。ハッとして振り向くとそこには、カサンドラが笑っていた。
「何を呆けているんですか。私達の役目は囮でしょ。さぁ、もう少しです、走りますよ」
そう言って何かで焼いたのか真っ黒になった左腕を見せる。
「この程度なら、オフィリア様に戻してもらえる。さあ! しゃんとなさい」
……カサンドラ。
「ごめんなさい。そうね、合流地点まであと少し。行きましょう!」
そう言って振り返る事なく二人は走り出す。
──エリーはカサンドラの嘘を分かっている。オフィリアの奇跡はそこまで万能ではない。欠損部位は、そのものを繋ぐ奇跡。だから欠損した部位が無ければ戻らない。
「あ! おい、テレジア! テメェ、んな事したらあの女が死んじまうじゃねぇか! ってアイツらは?」
「メキュ、ゴリュ、ムチャ…ムチャ…ングッ…はぁ。やっぱ全然足りないなぁ。アイツらならソッチに走って行ったよ。何人かいるみたい」
最後の部分を食べ終わり、指を吸いながら二人が走り去った方を指し示す。
「はぁ。また鬼ごっこかよ……。って他にもいるのか、女は?! 女は居るのか?!」
ギャアギャアと騒ぐマーカスを無視するように、テレジアは二人の進んだ方へと足を向ける。
「うるさいなぁ。お腹空いてるんだからイライラさせるな。それと、あのエリーってのはアタシが喰うから! アンタは絶対邪魔するな!」
そう言いながら振り返ったテレジアには、傷はおろか血の跡さえも綺麗に消えて無くなっていた。
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