第29話 ジゼル
「お久しぶりですね。……カサンドラさん」
レストリアに有る高級宿【木漏れ日亭】そのロビーには、入口からは見えない位置に、ソファやテーブルが並んでいる。宿泊客の休憩や、使用人や使いの者など、この宿を利用する者達の一時的な休憩スペースでもある場所。
そこには今、エクスの街に居た孤児院のシスター、カサンドラが居た。
旅装に身を包み、目深に被ったフードのせいで、後ろ姿は世紀末覇者の
風体だがその見た目をものともせずに、彼女は声を掛ける。
「フフフ。お久しぶりですね。息災そうで何よりです、ジーゼ」
フードの奥から涼し気な切れ長の目を覗かせ、カサンドラは答える。彼女に声を掛けて来たのはこの宿のメイド、ジゼルだった。
「……こちらにはご宿泊で?」
「いえいえ、私のような平民にはとてもとても。コレを貴女に手渡して欲しいと、頼まれたんですよ。リアからね」
彼女はそう言うと、一通の手紙をジゼルに直接手渡す。
──!!
「そう、ですか……」
ジゼルはそう言うと俯き、小さな肩を震わせる。
「あぁ、勘違いはダメですよ。これは貴女にとっては、朗報ですから」
「え?!」
ジゼルは、カサンドラの言った意味が分からず、聞き返すが彼女はただ綺麗な笑顔で、読めば分かりますよとだけ言って、宿を出ていく。
「……さて。エリーからのお使いも終わったし、次は冒険者ギルドのお掃除ですねぇ~」
ずれたフードを被り直し、彼女はそのまま通りの雑踏へ溶けて行った。
*******************************
『ノート殿、聴こえるか』
「はい! 良く聞こえますよマルクスさん」
カデクスとエクスとの往復をする様になって一週間が過ぎていた。最初の頃は問題なかったのだが、マルクスさんが何か起きた時の為に、緊急連絡できるようなものが欲しいと言い出した。
そこで、彼が持つレシーバーを改良。俺が最初に造ったのは、一対一の、送受信のみのものだったが、そこに追加モジュールを加えて多数対応型にした。
初めはガラケー携帯の様にしようかとも考えたが、それでは伝説魔導具になってしまうと皆に言われたので、レシーバー自体は弄らずに小さな箱を造り、そこに最大三つの、属性付与をした魔石を嵌めた。これにより元々辺境伯の持つレシーバーとは別に、追加で二つレシーバーが繋げられるようになった。
属性は、元々使っていた【無】それに追加で【水】と【風】にする。魔石に属性を付与したことで、その魔石の場所に大元のレシーバーを繋げば、別々に話が出来るようにした。属性は万が一を考え、被害の出にくいものにした。
まぁ、大昔の電話の交換機の理論応用だ。その為彼の持つレシーバーは、地球時代で昔に有った、ショルダータイプの携帯電話の形になってしまったが。
『おお! コレは素晴らしい! ノート殿! コレをもう一台──』
「駄目ですって。それは何度も言ったでしょう。その先は皆さんで頑張ってください」
『そ、そうであったな。すまん、つい興奮してしまって』
「まぁ、良いです。それで? そちらの進捗状況はどうです?」
『あ、あぁ。今回の件はやはり大事になってしまったからな──』
それは当然だろう。ギルド会館で爆発事件が起きたのだ。
そのせいで冒険者ギルドを除く、各ギルドマスターやカデクス教会の司教、それに街の衛兵隊長まで。評議会と呼ばれていた面々がことごとく死亡したのだ。すぐに犯人と目される、冒険者ベイルズには指名手配が掛かった。そして、冒険者ギルドのマスターにも事情聴取をと訪れた衛兵隊が駆け付けた時には、マスタールームで彼の遺体が五体バラバラになって発見された。
流石にマルクスさんだけでは調査できないと判断され、辺境領の騎士団と国からの調査団が派遣されることになったのである。
「──それで、その際に辺境伯も来ると?」
『あぁ、行政が男爵だけではマズイとなってな。何しろ国家直属の調査団が来るのでな』
「成る程、了解です。その際には連絡ください、一度戻りますので」
『了解した。では』
そう言って通信は途切れた。
「で? どの様に決まったんじゃ?」
一番傍にいたセリスが俺に聞いて来る。レシーバーを見ていた俺はその声に顔を上げると、皆が各々の席からこちらを窺っていた。
「日にちについては何とも……。どうやらかなりの大事になったみたいで、辺境伯様もカデクスに来るってさ。なんか、国家直属の調査団? が来るらしいよ」
俺の言葉に皆が色々話し始める。
「へぇ、宮廷魔術師が居るあの調査団か」
「じゃあ、かなり時間かかりそうですねぇ」
「ま、儂らには関わり合いのない事件じゃからの」
「えぇ~、それは言い過ぎじゃないですか、おばあ様」
「ノート兄ぃ、きゅうていまじゅるしってなんだ?」
「ユマ、まじゅじゅしだよ」
「ノートしゃん! お水飲みますぅ?」
「隊長! またここに来てたんですか?!」
「おう! コンクラン! 何だよ、昼めし食いに来ただけじゃねぇか」
「うるさぁああい! 一杯で一気に喋るな! 訳分からんくなるわ!」
結局俺達は、サラの宿に戻って来ていた。次の日にはほぼ全ての知り合いに筒抜けた……結果、食堂はエライことになっている。
「うきゃぁ!」
”ドテン”
「痛いですぅ! もう急に大きな声はダメですぅ!」
「お姉ちゃん大丈夫ぅ?」
マリーがそう言いながら、サラを引き起こす。
「痛たた。あ、マリーちゃんありがとで──」
──マリーちゃん!!
食堂の入り口付近に一人の女性が立って居た。確かに聞いた事があるその声の主は、マリアーベルを見つめていた。
「あれ? あの人……確か、木漏れ日亭の」
キャロルの声で思い出す。そうだ! 確か、鉱物関連の素材集めの時の……。でも彼女が何故ここに? しかもマリーの事を何故知っているんだ?
《マスター。彼女の名はジゼルさんです。……お忘れですか》
シスが突然念話でそんな事を……ああ!!
「ジーゼ!!」
その日一番の大声で俺は叫んでいた。
◇ ◇ ◇
サラの宿には最上階に大部屋がある。それは所謂雑魚寝部屋で、個室を潰してベッドが並ぶだけの場所だ。現在俺達はそこを借りて寝泊りをしていた。
「うわぁぁぁぁあん! ジーゼェェェェエエ!!」
マリーはずっと彼女に泣いてしがみ付いていた。
最初はその姿にかなり困惑していたが、自身がずっと眠っていて、成長してしまった事や、養護施設での昔話をしていくうちに、面影を思い出したのだろう。そこからはずっと彼女に抱き着き、わんわん泣いてしまっていた。
「ノートよ。彼女はさっき念話でお主が言っておった、マリーのお付きで間違いないのか?」
「確かに。大体何故ここに私たちが居る事を知っているのでしょう?」
キャロルとセリスが小声で俺に聞いて来る。
確かにそこが不思議では有る。しかし彼女は間違いなくあのジゼルだ。二人が昔話をしていた時、墓地の掃除の話が出ていた。アレは、施設の人間しか知らない事だ。そして彼女達二人以外はもういない……。
マリーもそこで泣き出した。もしかしたら地震の事も思い出したかもしれない。
彼女の最もつらい思い出。総てを失った日。聖女に身体を奪われた日だ。
そんな事を思っていると、泣き疲れて眠ったマリアーベルの頭を撫でながら、ジゼルさんはぽつぽつとこちらを見ずに話し始めた。
あの地震の時、聖女の代替わりが行われた事。あまりにも異常な代替わりだった為、聖教会では緘口令が敷かれ、約半年間聖女の崩御は伏せられた。その後、民に知らされたのは未曾有の災害となった地震の犠牲者の救済の為として、聖女様自身の御霊を贄とし、供養と慰霊を行ったと発表された。そうしてマリアーベルは正式に聖女として代替わりを果たした。
ジゼルにも当然長い間、教皇側の監視や口止めがなされたが、聖女がジゼルを傍付きとして教皇から守ってもらった。そこで彼女は聖教会の派閥を知り、聖女の諜報役として野に下った。
そこから十年以上、各地を回って情報を聖女に送り続けていたそうだ。
「ですので、ノート様。貴方が迷い人だという事は既に各所に知れ渡っています。当然ながら水面下で事は動いていますが、貴方の所在は常に監視が付いています」
──ジゼルはそう言いながら俺に手紙を差し出した。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。