第28話 雨降って地固まる
──そしてマスターはその件で更迭が決まった。
キャロルとシェリーはギルドを辞職すると言ったが、決定が覆る事は無かった。ただ、彼女たちがその事でギルドを追われることにならなかったのが唯一の救いだった。しかしそれでブチ切れたのがセリスだった。有ろう事か彼女は、セーリスにセレス様を憑依させ、辺境伯の元へ直談判に行った。そして言い放ったのだ。
──エクスの街のギルドマスターを全て入れ替えろ!
その言葉はすぐさま国王の耳に入り、街はてんやわんやの大騒ぎになった。結果、全てのマスターの首はすげ替わり、王都から直接派遣されることになった。ギルドマスターの更迭も解かれ、彼は晴れて自由になった。
「もう、肩ひじ張って生きるのは疲れた。すまんがセーリス、君に後任を頼む」
そう言って彼は一人、故郷へと帰って行った。
何故セーリスにと聞けば、彼女は当時このギルドで最高位のミスリルランクでセリスの孫だった為、誰からも文句が無かったからだそうだ。
「それってもしかして、カークマン隊長たちが言ってた……」
「ふん! 余りにもふざけた連中じゃったからの。粛清してやっただけじゃ!」
「まぁ、そう言う訳で、未だわだかまりは解けてはいない」
「ん? じゃあ、このギルドがここに移転したのは?」
「あぁ、その直後に起きた氾濫でな。この街の外壁は一度壊されたのだ。それで無理やりここに併合された。だからこんな歪な建物になっている」
「ふ~ん。あれ、でもその嫌な連中は居なくなったんじゃないの?」
「は~~。逆だ、奴らが消えて代わりに来たのは王都からの左遷組だ。お前も知っているだろう。錬金のギルマスの顛末を」
言われて直ぐに思い出す。レシーバーの件で捕まった錬金ギルドのマスターの事を。
「あぁ! え? じゃあ今も嫌がらせを?」
「いや、表立っては無い。言わば腫れもの扱いだ。そのくせ、冒険者にはあからさまに差別的な態度をとる。切られたのはギルマスだけだからな。ホント情けないよ」
「そうなんだ。じゃあ、もしかしてここの冒険者ギルドって……」
「あぁ、孤立しているぞ。冒険者ギルド自体からもな、ハハハハハハ!」
セーリスはそう言って俯きながら、自虐的に笑う。その表情を窺う事は出来なかったけれど……心情を思う事は簡単にできた。
──……そうだったんだ。
「そんなゴタゴタがあるこのエクスにお前が突然降って湧いたんだ。どれだけ怖かった事か」
ふとセーリスは妙な事を言い始める。
いや、まぁ気持ちは分からなくもないが。ガバッと顔を上げたセーリスの顔は目に沢山の涙が溜まっていて、今にも零れそうだった。
「怖かったんだからな! この馬鹿ノート!」
そう言いながら彼女は俺の首に手を回し……力いっぱい絞めてきた。
───え? 絞めるの?!
「「「あ!」」」
セリス、キャロル、シェリーが止める間もなく、一瞬で頸動脈を止められた俺は、一言も発することなく意識をシャットダウンさせていた。
◇ ◇ ◇
「うきゃぁぁああ!」
奇声を上げながら飛び起きた。すぐに悍ましい程の悪寒が身体を駆け巡る。
一瞬だった。眼前には頬を上気させ、涙を一杯溜めたセーリスが可愛い顔で、「死ねぇぇぇえ!」と叫んでいたのが見えた時、キュッという感覚の後、全てがブラックアウトした。まるでブラウン管テレビを消した時のような。
そして訪れた全くの静寂……。ぶるりと震える体を抱き止め、噛み合わない歯を噛み締める。
「あ、大丈夫ですかノートさん」
そう言って肩に触れてくれたのはキャロルだったのだろう。だが俺はそれを振り払ってしまう。
「う、うわぁぁああ! あ、あぁキャロ~、怖かったぁ! マジ死んだと思ったぁ」
俺は半べそをかきながら、彼女のお腹にしがみ付く。途端にいい匂いがして、気分が落ち着いて行く。
「はい。もう大丈夫ですよ、キャロが居ますから」
「ふ、ふん! お前があの程度で死ぬわけないだろう! 大げさな奴め」
キャロが慰めてくれる後ろで、セーリスが文句を言ってきた。
「このおバカ! 幾ら身体が頑丈でも、呼吸と血流が止まったら死ぬわ! 一瞬で目の前が真っ暗になって──」
「まぁまぁ。セーリスもあんな事言ってますけど、さっきまでどうしよう! って泣き叫んでいましたから、許してあげて下さい」
「あ! 言わないでよ! キャロのバカ!」
そんな事を言うセーリスをキャロにしがみ付きながら見ると、確かに泣きはらした顔をしていた。
「ふぅ~。なぁノートよ、この娘はチョットめんどくさい性格じゃが、ただ恥ずかしがって照れておるだけじゃ。勘弁してやってくれ」
「お、おばあ様まで! こ、この裏切り者ぉ!」
フゥ……。そうだよなぁ。あれってどう見てもツンデレ全開だもんなぁ。
それに俺は彼女の事嫌いじゃない。頑張っているのは勿論知っているし、どんな時でも俺を影では信じてくれてる。そう考えていると自ずと覚悟ができていた。
キャロルから離れ、ゆっくりとセーリスに俺は近づいて行く。
「なぁ、セーリス」
「──……っ! な、なんだ!? って、近いぞ!」
そう言って後退る彼女の肩を掴む。
「ひゃっ! な、なにをぉ!?」
「俺、セーリスの事、好きだよ」
───っ!!
「もう、つらいのとか、寂しいのとか、怖いのも……。一人で抱えなくていい。俺のせいで怖い思いをさせた事も謝るよ。君が人一倍がんばり屋だって事も分かった。優しくて可愛いセーリス」
「にゃ……にゃにゅいぅを、い、いいっていりゅぬだ!?」
真っ赤な顔でもう何を言っているのか分からない彼女に、ハッキリ言う。
「セーリス……。俺と家族になって欲しい。結婚しよう」
その言葉を聞いた瞬間、真っ赤な顔が更に赤くなって湯気が出そうになるが、彼女は頑張って俺を見返し小さな声で返事をくれる。
「───へぅ」
「「「「へぅ?」」」」
一斉に聞き返されたのが余計に恥ずかしかったのだろう。きりっと俺を見据えた彼女は今度ははっきりと、半ばやけくそ気味に答えてくれる。
「分かった! 結婚する!! 分かっ──」
”ガバッ!”
「ありがとう! 絶対大事にするから!」
「キャ───おめでとうございますぅ!!」
「ふう、やっとね」
「おにいちゃん!」
「ノートしゃん!」
「うむ。良かったのぉ、セーリ……ん? 何じゃこ奴、気絶しとるぞ」
多分もう恥ずかしさが限界突破してたんだろう。彼女は俺の腕の中で幸せそうな顔で気絶していた。
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「おいおいおい! どうなってんだコリャ…クソだりぃ事になってんぞ。アイツら全員の気配が消えた……。この街に居ねぇ。何だこりゃぁ」
ギルド会館の屋根に寝そべっていたベイルズが突然そんな事を言って代官屋敷の方を見る。
「チッ。そう言えば次元魔導持ちだったか。あぁクソ! メンドクセェなぁもう!」
そう言いながら次の瞬間、ベイルズの姿は掻き消える。
(な、どこへ行った?)
会館の屋根には一羽のカラスがきょろきょろと、忙しなく首を動かしていた。
ふと、カラスの周りに影が落ちる。
”ガァッ!”
「クソツマンネェ監視なんかするんじねぇよ。次はテメェをすり潰すぞネヴィル君」
カラスだった肉をすり潰しながら、ベイルズはその飼い主に聞こえる様呟いていた。
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