第24話 日本人の心
「こちらです」
ギルド会館に近い治癒院の個室に俺達は来ていた。
昨日の襲撃事件があってすぐ来たかったのだが、男爵にお願いされた
のだ。「今日は何が起こるか分からないので、待機して欲しい」と。
そこで、ポーションを家令に持たせ、治癒院に走ってもらった。戻ってきた家令は、何故か涙をぼろぼろ流し喜んでいた。
明けて翌日、こうして来る事が出来たのだった。
個室のドアを侍従の一人が開けてくれる。ゆっくり中へ進むと、マルクスさんがベッドの上で起きていた。顔や上半身には包帯が巻かれてはいたが、顔色はそんなに悪くなさそうだ。
「こんにちは。お加減はどうですか?」
「おお! コレはかたじけない。いや届けて頂いたポーション! アレのおかげで、大分よくなりました。ありがとうございます」
彼はそう言って頭を下げる。……しかし、その左腕は肘から先が失われていた。彼はその失った腕の事には一切触れず、包帯で巻かれた顔を綻ばせ、快活に笑って見せた。
「……そうですか。あの、良ければ俺達だけにしてもらえませんか」
俺は、その場にいた治癒師や手伝いの人に声を掛け、部屋を出て行って
貰い、マルクスさんに他言無用として話し始める。
「今一度、俺にその体を診せて下さい。傷や失った部位など痛むかもしれませんが」
「え、あ、あぁそれは構いませんが……。何をなさるつもりで?」
「スキルを使用します。シスを使って肉体の再建を行います」
「──な! ……ど、どういうことです? ノート殿、君は奇跡を行使できるのですか?!」
俺の言葉に驚愕するマルクスさん。まぁ当然っちゃ当然だろう、失った部位蘇生は、聖女の奇跡でしか戻せないとされている。それも出来て一カ所程度が精々だ。
彼の状態は昨日、家令から聞いていた。左顔面の耳から眼球、頭皮まで。左肘から下部分の全て。そして、左膝から下部分。これだけの部位が欠損している。本来ならば、即死だったはず。だが彼は魔眼による魔素の流れを見る事が出来た為、魔素の流出を最小限に防ぐ事が出来たのだ。そのため、ギリギリでは有ったが命を繋いだ。
俺に奇跡の行使という術は出来ない。やろうと思えば精霊と契約すればできるだろう。
ただ、俺には錬金術と薬師のスキルが有るのだ。セリスの持っていた素材と道中手に入れた素材の組み合わせで、いわゆる疑似エリクサーを完成させた。あくまで疑似なので、完品には程遠いが、それでも部位欠損の補修や増血などは問題ない。
でもそれを皆が見てる前で行うのは流石にマズイ。そこでここには、スレイヤーズとマリーだけにしてもらった。
「奇跡では無いです。エリクサーを知っていますか?」
「ファ?! ──……存在は聞いた事が有りますが……まさか!!」
「これがそうです」
俺が無造作に異界庫からそれを取り出すと、彼は残った目を血走らせ、あんぐりと口を開けていた。
「ふふふ。オジサンお顔が変になってるよ」
「あぁ。あまりにビックリし過ぎて声も出ないようじゃの」
「まぁ、気持ちは私達も同じだしね」
「ノートさんですから」
「「「「…ねぇ」」」」
なんで、最後の部分でハモるの!?
「恐らくこれで完治します。でもそのままでは治癒院を出られません。なので──」
◇ ◇ ◇
「え?! 治癒院を出るのですか?」
「はい、治療自体は終わっているようですし、彼を辺境伯様の元へお連れしようと思いまして」
治癒師は逡巡したが、彼をこの院ではこれ以上手当できない事実もあり、マルクスの心情も考え、渋々了解を得た。
治癒院の裏口に馬車を付け、彼を簡易ベッドに乗せて従者たちが担ぎ入れてくれた。そのまま馬車は屋敷へ向かい、俺達は後からゆっくりついて行く。
従者と一緒にでは有るが、この街へ来て初めての散策だった。
「そう言えば、キャロとシェリーは何度か出ていたんだよな」
「ええ、街の薬屋と素材の調達に何度かね」
「会館にも行きましたよ。錬金ギルドと冒険者ギルドに素材集めで」
「へぇ、俺やセリスは初めてだよな。この街で外出するのは」
「ふむ、確かにの。まぁ忙しなかったから、あまり気にもならなんだが……。あの屋台、いい匂いがするのぉ」
「おにいちゃん! マリーも何か食べたいです!」
セリスとマリーはそう言いながら、屋台が並ぶ通りへとまるで匂いに誘われた様にフラフラとした足取りで近づいて行く。
「あ~あぁもう、すいません。ちょっとだけ見て行っても良いですかね?」
従者に一言断りを入れ、俺達も後をついて行く。
治癒院やギルド会館は役所関係の建物が建ち並ぶ、所謂オフィス街なのだが、その通りを挟んで対面側には、そこで働く人たちを相手にした露店や屋台が多く並ぶ。定番の串焼きや、焼き立てのパン、スープ等食事関連が豊富だ。
色んな匂いが混ざり合い、いつしか俺も腹が減って来る。
「何か、簡単につまめそうなものは無いかなぁ……」
「そうね、香ばしい匂いを嗅いでいると私達も何か欲しくなってきたわ」
「あの、串焼きはどうです? かなりいい匂いがしますよ!」
俺の言葉に釣られるように二人も小腹が空いたのか、店を物色し始めて行く。
「おい! ノート! これ! これ美味い!! ムグムグ! お前も……モグモゴ!」
「モッチャモッチャ! おいひぃれふぅ!!」
気付くとセリスとマリーは屋台の串焼きを口いっぱいに頬張り、手には何本も串を持って駆け寄って来る。
「おいおい、そんなに慌てて走ると危ないぞ」
へへ~とにこやかに笑いながら俺の傍に来たマリーが手の持った串を一本俺に渡してくる。
「ん? 食べて良いのか?」
「もきゅもきゅ!(コクコク)」
口いっぱいに物が入っている為、声が出せないマリーは租借しながら頷いて、串を俺に手渡す。それを貰って、ありがとうと彼女の頭を撫でると、ニコニコ顔が更に嬉しそうに綻んだ。なんだかほっこりしながら、串焼きを顔に近づけて初めてその香りに気付いた。
──照り焼きソース!!?
思わずその串焼きを凝視して、匂いを今一度嗅ぎなおしてみる。
ベースは醤油で香ばしく、みりんと砂糖で照りを付けたそれはまごう事なき照り焼きソース! つけられた肉は鶏モモのような感触で、間に挟まれた野菜は少し苦みのあるねぎのような物。
「ねぎま!! うめぇ!!」
思えばこの世界に来て数か月、食自体にこだわりが無かった俺は、洋食であろうと中華風であろうと、あまり味に執着はなかった。
だが! 今この瞬間だけは違った。醤油! 日本人として生まれ日本で育った俺には、味のベースになっている調味料。日本食にはほぼ間違いなく使われている基本の味。
瞬間、脳が、魂が震えた! 俺は即座にその屋台へと駆け寄って行く。
「すいません! このタレ! ベースになっている醤油は何処で手に入るんですか!?」
「おをっと! 何だい兄ちゃん藪からぼうに。しょうゆ? あ、あぁ黒ソウスの事か?」
「そうです! それって大豆原料の奴ですよね」
「んあ? あ~俺はそこまで詳しくは知らねぇが、黒ソウスはこの街の特産だぜ」
雷に打たれたような衝撃だった。この街に来てもう何日も経っていたのに……。
代官の屋敷で出される食事は洋食ばかりだった。だからまったく気にしていなかった。この味を思い出した瞬間、俺の頭は醤油料理が怒涛の様に溢れ出す。すき焼き、肉じゃが、鰤の照り焼き、筑前煮…etc…。
──醤油があるなら味噌は!?
「その黒ソウス! どこで買えます?」
「あ、あぁそりゃ街の食材を扱う店に行きゃ、大体おいてると思うぜ」
「ありがとう!! 後この串焼き十本包んで下さい!」
「ハイよ!!」
俺の周りで皆が不思議そうな顔で見つめる中、俺は日本人の心の味を見つけた喜びに、むせび泣きそうになっていた。
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