第23話 怠惰
扉を蹴破る勢いで会議室に入ってきたマルクスは、部屋の面々を一瞥し、議長席に座るギルド会館代表のフィヨルドの元へ進んでいく。
「な、何ですか急に?! おい! 今は会議中と言ったはずだ! 部外者を──」
「其方が、この会の代表か?」
フィヨルドが入口に居た警備に叱責を飛ばそうとした声を遮る様に、マルクスが彼の眼前に立ちはだかる。
「何ですか? 部外者には早々に立ち去って──」
尚も言い募る彼に、マルクスが懐から短剣を取り出し、目の前のテーブルにゆっくりと置く。フィヨルドの視線は自然とそこに向かう。
「──そ、その紋章は!?」
テーブルに置かれた装飾付きの短剣を見た者達は一斉に冷や汗を背に感じる。
その紋章は中心部にユリが置かれ、左右にはグリフォンが前脚を掲げたデザイン。周りを蔦が絡み、右上と左下に盾を配置した、フィヨルド・フォン・エリクス辺境伯の家紋。
「こ、これは叔父上の……」
「ええ。この顔をお忘れか? フィヨルド・フォン・イグニス元伯爵家、次男殿」
そう言われ、議長は蒼い顔を更に白くしていく。
──フィヨルド・フォン・イグニス。
元々の彼の家名であり、辺境伯の分家の次男だった。このカデクスの本来の領主でもあった彼の父は伯爵であり、代々この街を治めていた。だが長く続いた安定領地の為、腐敗も進行し易かったのだろう。本来であればこの街の次期領主になるはずだった長男は放蕩息子だった。また父もその息子に負けず劣らずの金使いの荒い、女好き。ありとあらゆる使い込みと不正が露呈し、二人は斬首。家は取り潰しとなったが、次男であり庶子でもあった彼は辛うじて死罪を免れた。
──何故父が辺境伯と同じフィヨルドと名付けたのかは知らない。意図があってのことなのか、それとも唯の気まぐれか。だが自分は死を免れ、平民にはなったが生き残った。そして青年時代をスラムで生き抜き、力をつけて裏からこの街の実力者へと駆けあがって行った。あらゆるコネを使ってギルド員になり、街の暗部を自分の勢力下に収めて行った。
そうして、齢五十にしてこの場所にまで上り詰めたのが十年前。
全ての暗部とカデクス聖教会の裏を知った。
辺境伯の事は知っていても、騎士団の事は団長までしか顔は覚えていなかった。副団長が今この街に居ること自体は聞いていたが、まさか『紋章付きの短剣』まで所持しているとは思っていなかった。あれを所持しているという事は、全権移譲の証である。つまりこの男は今、辺境伯と同じ権限を持ってここに来たのだ。
「こ、これは失礼いたしました。カデクス評議会代表、フィヨルドで御座います」
そう言って彼は席を立ち、マルクスに向かい貴族の礼をして首を垂れる。
「ウム……。これより我が辺境伯様に代わりこの場において──」
「っはぁ~~クッソだりいな!」
静まり返った会議室で、その男だけはテーブルに足を投げ出し椅子をぎぃぎぃ鳴らしていた。
「貴様は?」
マルクスが名前を尋ねるとその男は面倒そうに立ち上がりながら言った。
「冒険者ギルド、ギルマス代理のベイルズだ」
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《──つまり、精神世界の一種です》
「そ、それってあなたのスキルの中って事なの?」
シェリーは思わずそんな言い方で聞いていた。
ノート本人は肉体がここにある。だが意識はそのアカシックルームと言う場所に居ると言う。……そんな事を聞いていると一つの疑問が湧いて来る。
「ねえ、それってマリーに行っていた精神汚染と同じじゃないの?」
《──……言われて見れば似ていますね。ですがあくまで私は、マスターのスキルです。つまりはマスター自身ですから、厳密には違いますね》
「あぁ、そうよね……。余りにも貴女が独立していて、ノート君と同一だって事を忘れちゃってたわ」
「ふむ、では今のこ奴は瞑想中のようなものか」
《それが近い表現ですね。ただ、マスター自身でしか戻っては来れませんが》
「おにいちゃん、寝てるだけ?」
「そうですよ。だから今はそっとしておきましょうね」
「うん。寂しいけど……」
「大丈夫じゃ! 儂らと遊んでおれば、直ぐ起きるじゃろ」
「はーい。セリスおねえちゃん! また妖精さんと遊んでもいい?」
”コンコンコン!”
「はい?」
「し、失礼いたします! セリス様! ま、マルクス殿が!」
「ん? マルクスがどうかしたのか?」
──ギルド会館で襲われました!
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「記憶の開示ってさ、俺のどの部分のとかって指定できたりする?」
《ええと、具体的にどういった部分の事でしょうか?》
俺の言った意味が分からず、メイドシスは聞き返してくる。
「あぁ、例えば、今現在のノートとしての俺の記憶とか、勇者時代のノート。後は、相馬健二と太田零士。うは! 俺って四人も居るのかよ!」
自分で言ってビックリしてしまう。人生一体何分割してんだよ。
《マスターの意識下を検索します……ピ! 完了しました。可能です、全ての記憶は分割ファイル化されていますので、画面上に呼び出せば日時単位で検索できます》
「おうふ……。どんどんパソコン化していくなぁ」
《マスターの最も使い易い様に最適化していますので。キーボードとマウスもお使いになりますか》
もういいや、考えるのやめよう。
「うん、お願いするよ。あとファイルは人物ごとにグループ化しておいて」
俺の言葉に返事をしてメイドシスがテーブルに無線型キーボードとマウスを取り出す途中で固まる。
《……緊急連絡です……マスター、どうやらマルクスさんがギルド会館で
襲われた模様です。至急お戻りを》
「はぁ?! なんでだ!」
《詳細はお戻りになってからが宜しいでしょう。ここは何時でも来れますから》
そう言ってメイドシスが礼をすると俺の意識は薄れて行った。
◇ ◇ ◇
「──シス!」
ソファで目覚めた俺は、思わずシスの名を呼んでいた。
《はい。詳細の前に落ち着いて下さい》
「「「ホントに起きた!!」」」
「おにいちゃん!」
「うひゃぁあ!」
目を開けると目の前にはセリス、キャロル、シェリーとマリアーベルが
俺の顔を覗き込んでいた。
「ちっか! 近いよ! シス! 状況をお願い!」
《はい。ではまず──》
説明を聞くと、昨夜の件も併せて、今朝からマルクスさんがギルド会館へ評議会のメンバーへと会いに向かったそうだ。会館では丁度メンバー全員で会議中だったらしく、そこへ辺境伯様の勅命を持って乗り込んだらしい。
その席にいた議長に話を詰めていた時、冒険者ギルドのマスター代理を名乗る男がなにやら因縁をつけだした。周りの者がソイツを諫めるが、そいつはそれを無視し、マルクスさんに言い寄ったらしい。
──お前が元聖女を匿っているのか?
それを聞いたマルクスさんはその場で判断を下し、そいつを捕縛しようとした。
「俺を捕まえる? バカなのお前。死にたいの?」
そう言ってソイツは一瞬間を開けてから腕を天井に向けて一言。
──爆ぜろ。
「おい! それって昨日の悪魔と一緒じゃないか!」
《ええ、どうやら同じようにその瞬間に部屋は爆発したそうです。マルクスさんは、咄嗟に身を護ったそうですが、かなりの重傷を負われました》
「それじゃあ、他の皆は……」
『肉片になってそこらじゅうの壁の染みになったそうだ』
「セレス……」
《現在、街は会館の爆発事故で騒ぎになっています。その上主だったギルマスや上位者が死亡しています。陣頭指揮を執るため男爵様は既に役所へ行かれました》
「クソ!……あの悪魔、速攻で復活しやがったのか」
《その事なんですが》
「ん? 何か分かったのか?」
《いえ、ただ昨日の悪魔と同一視しても良いかどうか》
「は? 何でだよ……。まさか他にもあんなのが居るって事か?」
《いえ、コレは可能性の話しです。思い出してください。悪魔は受肉して活動していました。昨夜の嫉妬の悪魔はマリアーベルさんの事を既に知っていて、ここに来たのです。ですがマルクスさんを襲った者はマルクスさんに元聖女、マリアーベルさんの所在確認をしています。同じ悪魔がその様な手間をかけるでしょうか》
『そうだな。そんな面倒臭い事をする理由がない。恐らくは別の者だと考えた方が自然だ』
「マジかよ! あんなイミフな化け物が最低でも二人って……超メンドクセェぇ!」
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