第21話 嫉妬の悪魔
慌てて彼女を寝かせた部屋に飛び込むと、そこには見知らぬ男が居た。
「誰だ!?」
俺の言葉に全く反応せず、ソイツはのっそりベッドに向かう。
「いや! おにいちゃん! 助けて!」
「大丈夫だ! お兄ちゃんにまかせろ! だからそこを動いちゃだめだ!」
【──何故、意識が戻ったのだ?】
──……なんだ?! コイツが喋ったのか?
のっそりとした足取りだったソイツは歩みを止め、不思議そうな顔で彼女をぼうっと見つめていた。
その顔は血の気が全くなく、手足は何故か傷だらけだった。ガリガリにやせ細った体格をしていて、まるで幽鬼の様な感じがした。
「こ奴…窓から侵入したのか?!」
セリスの声でふと窓を見ると、その窓は枠ごと壊され奴の足元に散乱していた。
《マスター! その者の生命反応が有りません!》
「アンデッド?! こんな街中に??」
シスの言葉にキャロルが反応して叫ぶ。
「ノート! 聖属性じゃ! それであれは討伐できる!」
《──いえ! ちょっと待って下さい!》
シスの声に聖属性を創造していた手を止め、とにかく足止めをと物理攻撃へ切り替えて奴に近寄った時だった。
【──また貴様か、たかが勇者の分際で】
勇者──! 何故こいつが知っている?? 言われた瞬間、うすら寒い感覚が背中を覆い、その場から右へと転がる。
”ヒュザンン!!”
直後、不可視の刃が突き刺さり、床が瞬時に裂ける。
「何だお前? 一体何者だ! 俺が勇者ってどうゆう意味だ!?」
【貴様……オフィリアとの邂逅を済ませたばかりだと言うのに。見ていたであろうが!】
「──お、お前何を言って……まさか、精神世界の事を言っているのか??」
【我はこの娘と契約を結んでいた……故に邪魔するな!】
《マスター! 皆さん! 次元結界を!》
シスの言葉に皆がアクセサリーを握りしめ、シスはマリーの傍で結界を発動。ステルス機能を持ったそれは、皆の姿を一瞬で掻き消す。
【クッ……次元魔導か、また厄介なモノを】
ソイツはそう言いながら片手を天井に向けると、一言いい放つ。
【──爆ぜよ】
”ドォォォォオオンン!!”
奴がその言葉を発した瞬間、手のひらに光が収束し一瞬の明滅の後、部屋全体が発火し爆発した。それはまるで粉塵爆発のように一瞬にして炎が広がり、爆風が部屋を一気に押し広げ、破壊しいろんなものを粉微塵にする。
結界以外の部分が。
【フ……そこか。切り裂け】
奴はそう言って、振り上げていた手を下へと振り抜いた。
”ザスッ ザスッ! ザンンッ!”
結界があると思しき場所に、床を切り裂き不可視に刃が襲い掛かる。
【グウッ、な、何だ、貴様は……】
勝ち誇った顔で、結界部分を見ていた男の顔が歪んでいく。
俺が体の中心部をガントレットで貫通しているからだ。
「すまんな、俺の身体は傷つかないんだよ」
俺は結界を張った後、それをすり抜け奴の背後へ回り込んでいた。
結界に到達した不可視の刃は、結界を傷つける事は出来ずにただ周りに傷が出来ただけ。
「お前、あの時の精霊もどきか」
あの夢で見た、マリアーベルに無理やり契約した精霊のようなもの。最終的にオフィリアに拒絶され、マリーと彼女の転写の際に弾かれていたのか。
だがアレは過去の話しだ。二十年も昔の夢が何で今と繋がっている?
【──精霊だと? そんな下等な物と一緒にするな!】
突然、激高するとともに俺の腕を無理やり引き抜き、奴はこちらに向き直って言う。
【我は嫉妬の悪魔! リゲル!!】
「悪魔……だと?」
【そうだ! 貴様はもう出会っているだろう! 傲慢の悪魔、ゲールに……クソ、この器はもう駄目か】
「ゲール? あの自分をクラウンと言った変態野郎の事か!」
俺はそう言って奴に問いただすが、奴の身体は腹の穴から臓物がこぼれだし、既に立ってはいられなくなっていた。
【クラウン? その名は知らんが、ゲールは我等と同じ悪魔だ。我等はこの様な下賤な肉の器を持たぬ】
「そんな事はどうでもいい! お前は何故、オフィリアとの邂逅を知っている?! あれは、夢の中の話しで現実じゃないだろ! 第一あれは過去の話しじゃねえか!」
【貴様……。フ、フハハハハ! そうか!ゲールの言っていたのはこれか! やはり貴様は無知蒙昧なのだな。まぁ良い。今宵はここまでだ。精々あがけよ、ニンゲン】
それだけ言うと、その肉体は糸の切れた人形の様にぱたりとその場に頽れる。
『あ、悪魔だと……』
呟きに振り返ると、結界を解いたセレス様が愕然とした表情でその場に座り込んでいた。
「おにいちゃん!」
セレスに声を掛けようとした俺にマリーが叫ぶ。俺はとにかくマリーの居る場所へ駆け寄って行く事にした。
◇ ◇ ◇
「侵入者ですと?!」
爆発音の後、皆が集まって来たので説明と死体を見せる。
「……ん? この男は。……あぁ! いや、でもまさか」
男爵が男の顔を凝視して、何かに気付いたように叫ぶ。
「もしかして、もう死んでいましたか」
「──!! 何故それを!?」
「コイツが侵入した時、魔道具のマップに反応がなかったんです。つまり初めから生きていない事が分かりました」
マップにはその指定が無ければ、死んだ人間なんて表示しない。だからコイツの侵入に気付けなかった。クソ、これじゃ肝心な時に使えない。
「な、なるほど……。いや、彼は最近亡くなったギルドの人間です。確か、エリシア村の総合ギルドで事務職に従事していたのですが、この街の出身で──」
彼の事を男爵は幾つか話していたが、俺の耳には入ってこなかった。
「あの、申し訳ないんですが──」
「こ、これが新型の魔導車ですか…」
俺は男爵にお願いし、敷地の裏庭に魔導車を出させてもらった。昼間は屋敷に、夜はここで寝るという事で話を付けた。客間は半壊してしまったし、今から部屋を準備してもらうのも忍びないという事で、なんとか納得してもらった。
「ここが、マリーの部屋だよ」
車内に移動し、とりあえず俺の部屋を彼女に充てる事にした。眠るだけだから俺はとりあえずリビングで良いと考えながら。
「いや! 一人にしないで!」
彼女はそう言って俺にしがみついて来る。
「うをっ! 待った待った!」
慌てて俺は彼女を引き剥がす。幾ら精神が少女でも、病み上がりとは言え身体は女性。色んな部分が触れると焦る。
まぁ、彼女がこうなるのも考えてみれば当たり前だ。今さっきの事が有れば誰だって怖い。そう思ってどうしようかと考えていると、セリスがマリーに声をかける。
「ふむ。マリーよ、儂が一緒に寝てやろう」
「え? お姉ちゃんが一緒にいてくれるの?」
「あ、あぁ。儂はセリス。名前で呼んでくれればよい」
「うん! セリスおねえちゃん!」
「お姉ちゃんは……ま、まぁ良いか、ノートよマリーは儂が見る。話は起きてからじゃ」
そう言って、彼女はマリーを連れて自室へ向かった。
「ふぅ~~~。」
魔導車のリビングソファに腰を下ろすと同時に、大きなため息が漏れる。頭の中は既にこんがらがり、整理の付けようがない。
──……俺が見たのはマリアーベルの過去の夢だ。
精神汚染で、彼女とシンクロして初めて見たはずだ。それをどうして奴が知っている?
しかもいきなり俺を勇者だなんて、何で断定できたんだ?
オフィリアの事もそうだ。過去の夢の中なのに……。彼女はどうして俺を認識したんだ?
これじゃ何かに騙された気分だ。ホントの事が分からない。どうして……。
──真実を信じるな。事実を見極めろ。
「──……まさか、あいつはこの事を言ってたのか?!」
「びっくりしたぁ。どうしたんですか、急に大きな声を出して」
気付くと二人がお茶を淹れてくれていた。
「あ、ごめん。……ちょっとね、急に思い出した事があって──」
俺はシスと二人にここまでの経緯と、この間の事を話して聞かせた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。