第20話 茶番劇②
「──オフィリア!」
消えていく景色に向かい叫んだ声は本人には届かなかった。思わず伸ばした手は虚空を掴み、目を開けるとキャロルがぷくっと頬を膨らました顔でこちらを睨んでいた。
「あれ? ……そうか、戻ったのか」
「はい。向こうで浮気でもしてたんですか」
目の前にある可愛い顔にすげぇ疑いを掛けられながら、出迎えられた。
状況が呑み込めず混乱していると、その頭をふわりと彼女が抱きかかえてくれる。
「お帰りなさい。……御無事で何より」
「あ、ありがとう」
抱え込まれた胸の柔らかさと聞こえてきた心音に、一気に気分が落ち着き、現実に戻ってきたと実感する。落ち着いた頭でふと周りを見回すと男爵とキャロ以外の姿がない事に気付く。
「あれ、皆は?」
「あぁ、皆さんは──」
「──……んんぅ、おにいちゃぁん」
キャロルが説明しようとしたところで、ふとベッドから声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
「おいしい?」
「……ずずっ。うん! おいしい!」
目を覚ました彼女は周りの状況が飲み込めずにキョロキョロしていたが、ジーゼが居ないとひとしきり泣いた後、突然空腹を訴えてきた。
当然普通の食事なんてできやしない、メイド達には流動食のようなほとんど、お湯のようなぬるいスープを作ってもらった。
「よかった。マリーは起きたばっかりだからね。ゆっくり飲んでね」
「は~い! ありがと。おにいちゃん」
うんうん良い返事だ。とても微笑ましい……見た目以外は。
そこにはメイド達にきれいに髪を梳かされ、貴族然とした部屋着を着た
物凄く綺麗な令嬢が子供の様にテーブルに顔を近づけて、スープを啜っていた。
まぁ、彼女の状態は皆に説明してあるので、誰も何も言わないが……。
違和感はどうしても感じてしまう。でも今はこれで良い、彼女を救えたんだから。ただこの後彼女がどう訴えてくるだろう、その事を深くは考えていなかった。ここはもう聖教会じゃないし、何と言っても自身の体の成長をどう思うのだろう……。
そんな事を考えながら顔を上げると、扉付近で家令が俺を呼んでいるのに気が付いた。キャロとシェリーにその場を任せ、俺は家令さんと一緒に執務室へと向かった。部屋には男爵とマルクスさん、そしてセリスが応接ソファに座っており、俺が部屋に入ると一斉に注目してきた。
「おお、無事に戻った様じゃな。娘の方はどうじゃ?」
「あぁ、今は食堂で消化の良い物を食べてるよ」
「ふむ……。まぁ食欲が有るのは良い事じゃ」
セリスがマリアーベルの体調と俺の無事を喜んでくれる。その話しを横で聞いていた二人も、うんうんと頷いていた。
「こちらへどうぞ」
男爵に促され、俺はセリスの隣へ腰掛ける。
「マリアーベル嬢の救出、お見事でした。あの様な術式、流石と言ったところです。あぁ、深く聞くつもりは有りませんのでご心配には及びません。それよりも賊についてご相談がありまして」
「あぁ、あの三人の事ですか」
俺が戻ってきた時に部屋に皆が居なかったのは、結局ニクラウスたちが夜襲を仕掛けてきたことを聞いた。現在彼らは屋敷裏の倉庫に監禁されている。監視は屋敷の侍従とセリスのゴーレムが就いている。
「うむ。辺境伯様には既に連絡済みでは有るのだが、彼らは街の衛兵隊だ。指示は勿論上司である衛兵隊長だろう。そこでこの件について背後関係を調べて欲しいと辺境伯様から指示が有ったのだ。そこで我はこれより、領都から次の衛兵隊長が送られるまで、代理を務める事になった」
「なるほど。背後関係……やはり教聖会ですか」
「それもある。だがどうやら事は、それだけではないらしいのだ」
「え? それはどういう?」
そこから男爵とマルクスさんは二人で俺達に、色々説明してくれる。
このカデクスの街は辺境領のちょうど中央部に有り、昔の領都であったと言う。現在の領都は約百年ほど前に遷都した新しい領都なのだ。
故にこの街は古くから存在し、他の街とは少し違うところがある。
──カデクス評議会。
総合ギルドを筆頭に、衛兵部隊長は勿論、街の上位者たちで結成された領主とは別の意思決定機関が存在している。元々はこの街が領都だったころの各長たちが創った連絡会がいつしか形を変えたものである。
この評議会が厄介で、評議会で可決された意見は領主と同等の意見を持つ。特に聖教会の意見は大きく、総合ギルドの合議と合わせられると、領主権限だけでは覆せない場合も在ると言うほどなのだ。
「そこで我が出張る事になった。我は現在、辺境伯様の名代としての権限を持っている。故に今回の件と合わせて、その評議会の内情を調べなおす事となった」
「成る程。では俺達とはここでお別れという事になるのですかね」
俺がマルクスさんにそう聞くと、セリスさんが入って来る。
「ノートよ。儂らもすぐには動けんぞ」
「え? どうして?」
『──……マリアーベルをどうするのだ』
「うわ! 最近いきなりが多いよセレス様! で、マリアーベルがどうしたって?」
『彼女を今すぐ連れまわすなんて無理だろう。お前はそこをどう考えているのだ?』
言われて俺は黙るしかなかった。
彼女を助けるまでは当然だった…そこに躊躇はない。でも助けた今、この先についてなど、正直頭に何も思いつかなかった。ここはお話の世界でもないし、夢でもない。世界は違えど現実なんだ……。
俺が何も言えない事に、ふぅと一つ大きなため息をしたセレス様が言ってくる。
『セーリスに話はしてある。だが直ぐは向こうも無理だ。受け入れの準備が必要だからな。それまで我等も動けんだろう。ふぅ、アレにばかり迷惑をかけてしまう……。婚期がどんどん先に』
なぜか意味ありげな目を最後の言葉と一緒に俺に向け、セレス様は目を伏せる。
「で、でも彼女は良いって言ってくれたの?」
『ん? どちらの事だ?』
「………ま、まりあーべる」
『…はぁ~~~~~~~~~~~~~。渋々だがな』
──そこまでクソでか溜息!
ま、まぁ彼女の事は嫌いではないし、どちらかと言えば好意的では有るが、多分彼女には嫌われてるっぽいしなぁ……。
──だって、エロ過ぎなんだもん! 見るに決まってんじゃん!
『おまえ、また変なこと考えていないか?』
「いやいやいやいやいや! 全然何にも考えてません!!」
《マスター……》
「うお! シス! なんだよ!?」
「まぁまぁ。それでは皆様暫し逗留期間を延ばすという事で宜しいですかな」
『そうだな、すまんが世話になる。ついでに何かあれば手伝ってやるぞ』
「いえいえ! 滅相もない! セレス様に拝謁できるだけでも望外の喜び! どうかごゆるりとお過ごしください」
こうしてカデクス逗留の延長が決まった。
◇ ◇ ◇
「マリーは?」
「先程、お休みになられましたよ」
俺達が客間に戻るとキャロとシェリーが丁度お茶の準備をしていたので、ソファに腰掛けながらマリーの事を聞くとそんな返事が返ってきた。丁度良かったと二人にさきほどの事を話し、ここでの逗留が伸びた事を伝える。
「そう、セーリスが……」
「あぁ、感謝してもしきれないよ。彼女には借りばっかりが嵩むよ」
「じゃぁ、いっそセーリスさんもノートさんが貰っちゃえばいいじゃないんです?」
「ブフォッ! い、いきなりキャロは何を言いだすんだよ!」
「え? 嫌いなんですか」
「い、いや、そうではないけどさ。……でも何でいきなりそんな話になんだよ?」
「え、私達は最初からセーリスもって思ってますよ」
なん……だと?! そう言ったキャロはシェリーを見ると彼女も当たり前のように頷いた。
「は~~~~~~~~~~~。お主は鈍感なんじゃ」
セリスまで! え? まじで? 俺嫌われてるんじゃなかったの?
そんな話を聞かされて、今更どぎまぎしちまう俺!
いやいや、ちょいちょい! 俺ってモテ期! マジ、イエア!
──いやぁあ!
その悲鳴はマリアーベルの声だった。
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