第18話 魂の転写
「おい! ポーションをくれ! 魔力が枯渇しちまう!」
「だめだ! もう何本飲んだと思っている! お前は休め!」
「……聖女様! 光の精霊よ……クッ」
「ヒール! うぅ……」
──そこは広い部屋になっていた。現代風に言えば手術室と言ったところだろう。部屋の中央に寝台が有り、壁には魔道具や薬品類などが棚にびっしりと並んでいた。
広い部屋のはずなのに今は歩き回ることも出来ない程に、人がひしめき合って寝台に横たわる者を囲んでいる。
寝台から零れ落ちた髪の色は銀。所々血に染まり、その銀の輝きは色あせていた。
「ん? 何だ君たちは! ここは今立ち入り禁──うをっ!」
部外者の侵入に気付いた術師が追い返そうとこちらに向かって来たが、何かに煽られた様に壁側に撥ね飛ばされた。
”ガシャン!”
「ん? なんだ?」
「おい、誰だ!」
「手を止めるな!」
派手な音に気付いた何人かが振り返るがそんな事をしている間にも、聖女の身体からは血が流れ、寝台を濡らしていく。
「誰かは知らんが、今は出て行ってくれ! 聖女様を一刻も早く救わねばならんのだ!」
一人の高位の精霊術師が、聖女様の身体に手を翳しながらこちらを見ずにそう叫ぶ。
『──どきなさい』
その声は確かにマリアーベルから発せられた言葉だった。
だがその声音はおおよそ少女の発するものでは無く、ひどく大人びた声がする。後ろに付き従っていた者はもちろん、その声音に施術者たちも一瞬呆気にとられる。
「い、今のこえは、君が──」
「待て! マリアーベル! それ以上オフィリアに近づいてはならん!」
困惑し、声の主を聞こうとして静かになった部屋に教皇の声が響いた。
「何をしている! その娘を取り押さえろ! 今はまだ駄目だ! 早くしろ!」
教皇の怒声に我に返った騎士たちがマリアーベルへと殺到する。
”ゴォォォォオオ!”
「うを!」
「ガァッ!」
またしても起こった魔素の暴風。しかし今回のものは癒しではなく、実体を持つ風だ。それに巻き込まれた騎士たちは瞬時に弾き飛ばされ、天井や壁に叩き付けられる。
「──……な、何だそれは?! おまえ、一体何の精霊と契約したのだ?」
教皇はマリアーベルの行った術に唖然とし、つい思った疑問を投げかける。
癒しを行う精霊は光と生命の二つの属性が必要だ。しかしその二つには攻勢的な術はない。なのに今のものは間違いなくその類のモノ。疑問を持つのは当然だった。
『──聖女を救いたくば、邪魔をするな』
またしても発せられるその声音に、教皇すら言葉を失う。
…なんだ?! だれだ? その場にいる誰しもが困惑し、ただ立ち尽くしていた。
「マリーちゃんをどうしたんですか?!」
皆が黙り込んだ中、ただ一人そう言ってジゼルが前に飛び出してきた。
「マリーちゃんは元気で優しいいい子です! そんな言い方をしません! あなたは精霊さんなんですか? そうなら、マリーちゃんに酷い事をしないで!」
『──……。』
聖女の寝台に向かい、歩んでいたマリアーベルの足が止まる。
「マリーちゃん! 聞こえる? ジゼルはここに居ます! 聖女様は皆におまかせし──」
「……ジーゼ。それじゃぁ、だめなの! 聖女様の【器】はもう……こわれちゃってるの」
次に聞こえて来たのは間違いなくマリアーベルの声だった。だが彼女の言った言葉がわからない。……うつわ? 一体何を言ってるの?
「マリーちゃん、うつわってなに? 何が壊れちゃってるの?」
「……うぅ──…ぐすっ……ごめんねジーゼ。もう、わたしは、わたしじゃ……なくなるの、ジ──」
彼女の名前を言いきる前に、マリアーベルはまた歩き出してしまう。
──ごめんねジーゼ。精霊さんと約束したの、聖女様を助けるって。
私の身体を使って。
聖女様は肉体の限界? が来ているんだって。体の血がもうたりなくて、今は精神だけが残っているの。だから──。
私の身体を聖女様にお渡しするの──。
そう。私達姉妹は本来その為に集められた【依り代】だった。
──……初めから決まっていた事だった。
今、私以外の姉妹が居なくなってしまったこの時に、聖女様は器たる、肉体を損傷してしまった。
その役目が今私に来ただけ──。
……ほんとはもっと遊びたかったよ、ジーゼと一緒にお庭で走りたかった。お墓のお掃除、いっしょに出来てうれしかった。ごはんもおいしく食べられた。やさいはチョット苦手だったけれど。
──ありがとジーゼ。ありがとう、私といっしょに遊んでくれて。
だいすきジーゼ! わたしの大事なおねえちゃん!
マリアーべルの本心とは裏腹に、身体は勝手に動いて行く。やがて寝台に着くと、聖女の胸に彼女はそっと手を置いた。
「……コフッ。──い、良いのですか? ほんとうに」
それまで眠ったように動かなかった聖女オフィリアが、突然マリアーべルに問いかける。
『な、なにをいって──』
「あなたではなく、マリーに聞いているのです。ねぇマリー貴女は本当にそれでいいの? そんなに涙を沢山流しているのに、ジゼルとお別れしちゃっていいの?」
聖女オフィリアは苦しい顔を少しも見せず、薄く開いた綺麗な瞳で真っすぐマリアーベルを見詰めていた。
「……グスっ。ヒグッ……だっで、この、ヒッグままじゃぁせいじょさまこ、こわれ、グス。るがら、そ……それは、うぅ。グス、ヒッグ。それだけは、だめだもん! ぅぅうう!」
それは究極の選択だった。
自分の命を聖女に使うか……自分に使うか。
産まれてたった六年しか生きていない、そんな少女に対して。未曾有の天災が襲った直後に、姉妹を全て失った直後に……。
マリアーベルが何をしたのだろう。彼女に何の咎があると言うのか。
ただ生まれ、今の今まで必死に生きて来た、たった六歳の小さな少女。罪など犯すはずもなく、誰もやらなかった墓掃除を毎日熟し、姉妹とただ楽しく暮らしていただけなのに。そんな小さな少女に押し付けられた究極の選択。
それでも彼女は健気に答える。
──……自身ではなく、他人の為に。
「そう……。──マリー、貴女はとてもやさしいのですね」
オフィリアはマリアーベルの頬にそっと手を当て彼女の涙を指で拭う。
「せめて貴女の心は眠らせましょう。いつか呪縛が解かれた時、元の優しいマリーに戻ってね」
「…オフィリア! まさか! ここで発動させるのか!」
教皇が、慌てて口を挟んでくるが、既に術は発動していた。
「我が命をもって贖う。精霊と地母神に願う! 依代の魂魄を永き眠りに! 我が魂魄を依代へ! ……転写!!」
その瞬間、部屋全体が二人を中心として光が包む。突風が起き、物が散乱してその場にいる者たちは転げまわって、部屋からはじき出されてしまう。
◇◇◇◇◇
《今です! マスター! マリアーベルさんを!》
シスの声に弾かれた様に俺はその情景に飛び込んでいく。
──よいか、チャンスは一度じゃ。術の発動したその時に彼女をその場から奪え! 大丈夫じゃ、過去は変わらぬ。そこは彼女の見ている夢の中なのじゃ。そこで彼女をお主が引き上げ、彼女の意識を書き換えるんじゃ──。
輝きが頂点に達しようとしていた。その中心に二人を見つける。既に夢と現実の区別なんてつかない。だけど今は彼女を捕まえる!
「マリー! こっちだ!」
いつの間にか俺は彼女を小さな女の子として認識していた。だから皆が言う様に、つい愛称で呼んでしまった。
「…ぅぅ、だれぇ?」
「君を迎えに来た! ここは夢の中だ! さあもう起きる時間だよ」
「…ゆめぇ…ってなにぃ?」
「アハハ…そっか、そこも分からないか。よし! 起きたらいっしょに勉強だな」
「ンぅう…おべんきょうはきらいぃ」
そんな駄々をこねる彼女を横抱きに抱え、俺はその場から離れようと立ち上がった時だった。
──ケンジにいさま?!
……それは俺の勇者だった時の名前。それを知るのはこの場でただ一人。
いや、違う! ここは夢の世界。過去の映像のはずだ……。そう思いながらも俺は振り向いていた。そこにはどんどん周りが暗くなり、かすれて消えて行く情景が有った。
寝台から上体を起こし、涙を流しながら俺を見つめるオフィリアだけが鮮明に見えていた。
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