第17話 地揺れ②
──これはいったいなんだ?──
目の前で色んな情景が流れるように、入れ代わり立ち代わり見えていた。
小さな女の子たちが墓地のような場所で地震に遭遇し、自分たちの家のような場所が壊されているのを見た。その傍らで二人は唯々泣き叫びながら家族の名前を呼び続けていた。
──騎士や僧服を着た者達が救助に来るまでずっと……。
次いで場面が切り替わると、大きな街を見下ろすような感覚が起きた。
そしてズームインした建物の中で、腕に怪我をした人が何かを叫んでいた。
そして彼女──聖女様が地震で建物から振り落とされた。
──……一体何が起こっているんだ?
《恐らくマリアーベルさんが見ている過去の事では?》
うわ! シスか。え? いまなんて?
《マリアーベルさんが意識を封印される前に、起こっていた事実を私達が追体験しているのではないでしょうか》
追体験?
《ええ、現在マスターと彼女は精神で繋がっています。なので彼女の記憶が流れてきているのでしょう》
……だとすれば、彼女が何処で転写が行われたのかが分かるのか?
《まだ現状では分かりません。私達は彼女が何時、聖女になったのかを知りませんから。なので今は静観して見続けるしか手は有りません》
この悲惨な状況をただ見ていろと?
《マスター。勘違いしてはなりません、これは既に起きた事です。もう過ぎ去った過去なのです》
何故かシスが過去に起こった事だと強調して言い聞かせて来る。分かっている。そんなことは分かってる──。
──思い出してしまったんだよ。元の世界の過去を……。
テレビや動画で嫌というほど見てしまったんだ。当時の俺は地域が違った為、被害に遭う事はなかったけど。
俺の暮らした世界では昔からあった事だ、まさに天変地異。人知を軽く超えて来る災害。逃げるしかない対策……。
それは試練なのか罰なのか──。
そんな不条理に胸を掻き毟られる思いをしながら、俺は彼女の記憶に意識を向けた。
◇◇◇◇◇
───周りで誰かが騒いでいる。
私はいつの間にか眠っていたみたいだ。頭がすごく重い……。
「マリーちゃん。起きましたか」
傍で聞こえた、聞き覚えのある声に目を瞬かせながら応える。
「ンぅ……ジーゼェ?」
「はい、ジゼルですよ。気分はどうですか? どこか痛い所はありませんか?」
そう言われ、別に痛い所は無いと答える。頭は多分寝起きでだるいだけだと思う。そうして、ある程度覚醒した瞬間。幾つもの光景がフラッシュバックしてきた。
「──……! あ! あ! 皆は?! どこ?! お姉ちゃん! ぁぁあああ!」
思わず叫び出した私をジゼルはきつく抱きしめる。
「落ち着いて! マリーちゃん! 大丈夫です! 落ち着いて、ね」
声は聞こえるが慟哭は止められなかった。
あの惨状を私は見たのだ──。
瓦礫となった自分たちの育った家を。
その間から聴こえた姉妹のか細い助けを求める声を。
隙間から覗いた手が動かなくなって行ったのを。
私一人を残して──。
私だけを置き去りにして……。
いや! なぜ!? どうして私を置いて行くの? 我がままばっかり言ったから?
もう言わないから!
聖女様と話をしなかったから?
もうそんな事しないよ! 仲良くするよ!
どうして! どうして? いや! いや!
おねがいかみさま! 私を一人にしないで下さい! 言う事ちゃんと聞きます! いい子になります! べんきょうもいっぱいします! 嫌いなやさいもたべます! だからこんないじわるしないでください! お願いおねがい! だれかたすけて!!
───辛いのは嫌いか?
声にならない程叫び、涙で周りは全く見えない状況の中、その声だけははっきりと聞こえた。
「だれ?! こんなのはいや!」
私はその声にそう答えた。
──その心を、身を捧げる覚悟はあるか?
言われた意味はわからない。でもそれで皆が戻ってくれるなら!
「皆を返してくれるなら! わたしはなんでもします!」
──既に死んだものを返すのは不可能だ。だが今苦しんでいるものなら癒せる。
そんな……。それじゃあ皆は帰ってこない。それじゃあ何の意味もない……。
──だがこのままでは、この場にいる者たちはおろか、聖女をも失う事になるぞ。
「え?! 聖女様?」
聖女様までいなくなる? なんで? それはいやだ! 絶対に嫌だ!
「駄目! それはいや!」
──我と契約せよ。さすれば我が助けてやろう。
その瞬間、マリアーベルは意識を失った。
ジゼルは必死に彼女を抱きしめ声を掛けていた。彼女も同じ気持ちでは有った。だがこの少女はまだ私の半分も生きていない本当の幼女なのだ。マリアーベルにとって受け入れられるわけがない。
だから自分の泣き叫びたい気持ちは横に置き、彼女を何とか宥めようとしていた。だが突然、マリアーベルは宙をぼんやりと見つめ、何かをボソボソ言い始める。
あまりに悲惨な状況に気が触れてしまったのかと焦った。目の焦点は合わず、虚空を見て問答しているような雰囲気。一体何がどうしたのだと思い、彼女を捕まえ大きな声で彼女の名を呼ぶ。
──直後、まばゆい光がマリアーベルを包み込む。
それが精霊との契約だと気づくのに時間は掛からなかった。光が収まるとそこには虚ろな目をした彼女が立ち、そのまわりを見えるほどの魔素が渦巻き、光の球がそこら中に飛び散って行ったのだった。
「はぁ?! 聖女候補が癒しの行使をしたぁ?!」
教皇は大聖堂での騒ぎの原因を聞き、素っ頓狂な声を上げる。
聖女候補とその世話役は、養護施設の前に倒れていた。救護隊により、助けられた二人はすぐさま、大聖堂の救護室へと運ばれたが、ただ気絶しているだけと判明。そのままベッドで寝かされていたと言う。事情を聴くため、個室で経過を見ていたが、世話役が先に起きたので事情を聴いている所に候補の娘が覚醒、直後泣き叫んで抑えようとしたところで精霊契約が起こったと言う。
「何だそれは。それでその娘は現在どこなのだ」
「は! どうやら聖女様の元へ案内しろと言い出しまして」
「案内したのか!?」
「……ど、どうやら、怪我のことを精霊に聞いたようでして…」
──な、何と言う事だ! それは高位精霊ではないか! なぜ、そんな存在があんな娘に?
マリアーベルについて教皇は知っていた。
ゼクス・ハイドン帝国皇帝の正妃の次女。洗礼の儀で精霊術のスキルを有している事が判明し、国へ正式に依頼して聖女候補として迎えた今回最後の娘。そう、今代の聖女に対して最後の予備。ハマナスで二人、エルデン・フリージアから一人。全てのヒューム国家から集めた。
そんな中で最も劣っていた娘だった。素行も良くはなく教育も進んでいなかったのに。
いや、今そんな事を考えている場合ではない!
「おい! 今すぐ、枢機卿を集めろ! 聖女の部屋へ今すぐだ! 私も行く!」
彼は周りに居る者たちにそう怒鳴ると、従者も付けずに部屋を飛び出していった。
◇◇◇◇◇
──アレが、聖女の癒しの奇跡……。
俺は、彼女の記憶を見ながらそう呟いていた。
《多分ですが、そうなのでしょう。ですが……》
あぁ、あれが精霊なのか? 姿は光って分からなかったが、少し変な感じだった。それに、癒しの奇跡は光と生命の二人の精霊が契約しないとできないはずだ。
《どうやら、今の彼女に自我は無いようですね。昏睡しているのかそれとも……》
──無理やり能力を使われているか。
◇◇◇◇◇
マリアーベルはしっかりとした足取りで、大聖堂の廊下をゆっくり進んでいく。身体は常にうすぼんやりと光を纏い、部屋や廊下に蹲るけが人や、魔力を使い果たしてその場で疲弊した治癒師たちに通りすがりに癒しの行使を行いながら。
「な、なんだ!?」
「おお! 痛みが消えて行く!」
「き、傷が?!」
「魔力が!」
彼女の前に先導者は居ない。ただ後を追う様に騎士や司祭がついているだけ。
その中にはジゼルも居た。
「マリーちゃん。どうして……」
やがて彼女は閉鎖された区域の扉に近づいて行く。勿論そこには神殿騎士が立って居た。
「む? ここから先は入れない。ただちに立ち去りなさい」
近づいてきた小さな影に騎士は毅然とした声で立ち入り禁止を伝えるが、彼女はその言葉を意に介さず歩み寄って行く。
「聞こえないのか? ここは──クッ、なんだ?!」
進んで来る彼女を止めようと身体を動かそうとした瞬間、騎士は自分の意思とは違う行動をとる。自ら扉を開いてしまう。
「な、どうなっている?! か、身体が? 言う事をきかん!」
戸惑う神殿騎士を横目にマリアーベルは何も言わず、そのまま部屋へ入って行く。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。