第16話 地揺れ①
少し長いです
シスと二人でグスノフ様の指示の下に術を完成させた俺達は、皆の居る部屋へと戻り、早速説明した。
「彼女と精神で繋がる!?」
「そ、それって、大丈夫なんですか?!」
「闇魔術──。」
「あぁ、その辺はシスがバックアップに入ってくれるから問題ない。ただ俺が彼女と繋がっている間、身体が全くの無防備になる、だからその間のことを皆にお願いしたいんだ。」
「それは一体?」
《現在、この建物は常に監視されています。昼前に来たニクラウスと別動隊が二人》
シスが俺の代わりにマップを展開し、皆に位置を伝える。
「もしかして、夜襲?」
「え? ここ代官の屋敷ですよ。彼って確か衛兵ですよね」
シェリーの言葉にキャロルが反応する。
「大方、昼の失敗を取り戻したいんじゃろ……バカのする事じゃ」
セリスがアホくさぁとぼやきながら、キャロルに答える。
「まぁ、監視のみならいいんだけどね。セリスの言った通り、彼ちょっと直情的な感じがしたからさ。保険ってことで」
「それで、屋敷の主とマルクス殿には言わんのか?」
セリスがソファに寝転がりながら、そんな質問をしてきたので、どうすれば良い? と聞き返してみる。
「夜襲が来るやも知れんのに言わんというのは不味かろう」
「だよねぇ……。あ、じゃぁセリス、一体だけゴーレム使っておいて。シスと俺達はステルス使って結界張るから。皆もアクセ使ってね」
「おほう! ではシェリー、すまんが表のメイドに二人を呼ぶよう伝えてくれ」
「了解。無茶はダメですよ」
「わかっておる! まかせい!」
暫くして部屋に入ってきた二人は、展開されたマップを見て固まる。
「「ナニコレ…?」」
二人には魔道具だと誤魔化し、現在の状況を説明する。
「何ですと!? 監視? 夜襲??」
「血迷っておるのか?」
説明を聞いた二人は一様に呆れ、次いで怒りが湧いたように二人で問い詰めに行こうとする。
「あぁ、待って下さい、今は放っておいてください。万が一が有っても大丈夫です。セリスの魔道具が有りますので」
俺がそう言うと、ニヨニヨしながらセリスがゴーレムを見せつける。
アーティファクトを興味津々に見る二人を前に、自慢げに説明をするセリスに任せ、シェリーとキャロルに後を託す。
「じゃぁ、こっちの事は少しの間頼むよ。なるべく早く戻るから」
「……必ず戻ってくださいね」
「信じているからね……。旦那様」
おうふ。ここでそのセリフは不味いですシェリー! 思わず二人をぎゅっとする。
「大丈夫! シスも居るから。行ってきます」
「「はい。いってらっしゃいませ」」
そうして俺とシスは、マリアーベルさんのベッド横へと移動する。準備していた椅子に深く腰掛けると、部屋の全員が集まって来る。
全員が見守る中、目を閉じ一度深呼吸。
目を開け俺はベッドに横たわる彼女の手をそっと握る。一度目線を皆に向け。
──行ってきます。
「スキル発動、精神汚染」
”ドクン!” ”ぐにゃり”
その瞬間は唐突に起こった。
握っているはずの手が溶けて行く! 実際ではなく感覚的に。
同化現象──。
頭の隅で考えながら、意識はどんどん薄れて行った……。
*******************************
──私はもうすぐ六歳になる。
その年は何故か、聖女様がほとんど顔をお見せにならなかった。
シスターたちは大丈夫ですよ、皆様の事はちゃんとお話ししていますと
言っていた。
一番末の娘である私が、我が儘も言わず唯日々を送っていることに、姉たちは怪訝に思っていたけれど。私は逆に安堵していた。
───マリー、貴女はとてもやさしいのですね。
あの声とそれまでの顔が忘れられない。全てを凍り付かせるような、とても綺麗で深く濃い蒼い瞳。陽炎が立ち上っているかのように見えた鬼の様な顔。思い出すだけで震えが出る。もし今あの声をもう一度聴いたら……。
私はきっと死んでしまうだろうと思ってしまった。
変わった事と言えばもう一つ。教皇様がお見えになる様になった。年に一度、礼拝の儀にしか来ることは無かったのに。月に一度が、二度になり、いつしか毎週来られるようになっていた。
私達に祈りを教え、何時にもまして熱心にお話を沢山してくれるようになった。
私も少し変化があった。
墓地に一人で行かなくなった……正確には行けなくなった。姉達は相変わらず誰も来ないけど、シスターの一人が付いて来てくれた。
彼女の名前はジゼル。去年シスター見習いになったばかりの十二歳。鍛冶屋さんの娘だと言っていた。
「よいしょ、よいしょっと。マリーちゃん、桶はここで良い?」
「うん、ありがとです。ジーゼ」
「良いですよ~。ここの皆さんもマリーちゃんに毎日ありがとーって言ってます」
「そうなら嬉しいです」
「はい! じゃぁ、二人で綺麗にしていきましょう!」
ジゼルはそう言い、ぞうきんを絞って手渡してくれる。私はそれを受け取って二人で手分けして杭を一本ずつ磨いては祈りを捧げる。
「──ん? 何の声?」
作業を進めていると、ジゼルがそんな事を言って施設の方を振り返っていた。
──……こえ?
私はジゼルの言った言葉に釣られてそちらを見やるが、何も聞こえてはこない。
「ジーゼ、なんの──」
”ズズウウウン!”
聞こうと思った瞬間、地面が揺れて大きな音が響いた。
「「きゃぁぁぁあ!」」
──地揺れ(地震)が起きた。
始まりは上下に揺れた。周りの木々が激しく蠢き、ざわざわと怖い音を出して激しく動く。私は勿論、ジゼルもその場に立って居る事が出来ずにその場に蹲る。次いでくるのは激しいまでの横揺れだった。地面その物が揺れ、騒いでいた木々はお互いをぶつけあい、その枝についた幾つもの葉を散らす。そしてドラゴンの咆哮のような大きな音がそこら中に鳴り響く。
「ジーゼぇ!! 怖いですぅ!!」
「ま、マリーちゃん!! そこを動かないでぇ!! 直ぐに行くからぁ!」
這いずる様に近づいてきたジゼルに抱えられ、私達は二人その場で抱きしめ合った。逃げようにも地面そのものが揺れているのだ、逃げようがない。
──神様が怒っているの?
そんな考えが頭をよぎった。
聖女候補としてこの場所にいるのに、私は聖女様と距離を置く様になった。そんな事をしている私のことを怒った神様が、罰としてこんな事を……。
──ごめんなさい! これからはいい子にします! 聖女様ともっと仲良くします! だからおねがいします! お怒りをしずめてください! おねがい!
「──ちゃん! マリーちゃん!」
「…ジーゼ?」
ジゼルの声で我に返ると、いつの間にか揺れは止まっていた。
「さぁ! 今のうちに施設に戻りましょう!」
ジゼルがそう言って立ち上がり、私の腕を引っ張って立たせてくれる。
怖かった……。唯々怖かった。まるで地面が生きているようにうねり、跳ねた。ごうごうと言う音が響き、遠くで悲鳴が聞こえた。
世界が終わるかと思った。
二人で手をつなぎ、必死に走って養護施設へ向かう。
皆が居る。あそこに戻れば、シスターや姉妹たちが居る。聖女様が来てくれているかも!
──そこには地獄が待っていた。
この世界の建築物は一般的に二階建て以上は、コンクリートや鉄筋構造によって建てられる。だがそうでない場合。例えば平屋や、普通の小屋程度は木材と石積みが一般的であった。
この敷地内に建って居る物は全てが平屋。養護施設も同じだった。ただ中央に尖塔部が存在し、天頂部には鐘楼がぶら下がっていた。
そんな重量物が上部に存在する木造建築が、大きな地震に耐えられるわけがなかった。
鐘楼が有った中央部は建物内で最も広い場所。そこには食堂や、皆が集まる広間もあった。マリアーベルとジゼルは朝食後すぐに、墓地へ向かったのだ。皆がまだ食事をしている時に。
──なにこれ。
二人の目の前には鐘楼が建物の中央部を突き崩し、周りの建屋もほぼ瓦礫となっていた。そこかしこで呻き声のようなものや、すすり泣く姉妹の声が遠く聞こえる。
「皆! どこ?! どこにいるの!?」
「シスター! シスター長! どこですかぁ!!」
ジゼルはシスター見習いと言えども十二歳。マリアーベルに至っては六歳だった。幼い子供二人に現状把握などできるわけもなく。只パニックを起こし、泣き喚いて皆の名を呼ぶばかり。
教皇からの指示で養護施設に騎士や救護隊が来たのは、一時間以上後だった。
◇ ◇ ◇
「姉妹が一人しか残っていないだと!!?」
「は! 我等が到着した時点で施設は全壊しておりました。ただちに救護活動を行いましたが、地揺れの起こった時刻は丁度食事時だったようでして……ほとんどの者が鐘楼の下敷きに……」
「……何という事だ。それで! 聖女の方の容体は?!」
「は! 現在、高位治癒師と精霊術師により治療は続けておりますが……。こちらも芳しくは」
「クソっ……まさか聖女まで大けがをするとは」
「教皇様、貴方様も腕を」
「この程度、問題ではない! 街の惨状を見たか! 既に治癒院は満杯状態だ! 治療できるものは見習いまで使って大聖堂まで開いているのに人が波のように押し寄せてくる! 怪我をしている者達ならばまだしも、この天変地異をどうにかしろとほざく馬鹿者までが一緒くたになって来よって!」
地揺れが起こったのは早朝だった。街のほとんどの者が食事をしたり朝の支度中だった。
そこへ起こった巨大な地揺れ。町の建物のほとんどはコンクリート造だったので全壊は少なかったが、それでも部屋の中に有った物や家具類は倒壊し、けが人や下敷きになって圧死してしまう人々が続出してしまった。高層階の建物ほど上階の揺れは大きく、階下の者達には空から様々な物が降り注いだ。
中央評議会が緊急招集され、国を挙げての救助や調査が始まったのは、地揺れが収まってから半日も過ぎた後だった。
◇◇◇◇◇
聖女様はその日の朝も、いつもの日課として自室のバルコニーから外を眺めていた。見つめる先は巨大な尖塔。天に向かって聳えるそれを、哀しい目をして眺めていた。
「いつ見ても好きにはなれません……。まるであの瞬間を描いているようです」
そう呟いて部屋へ戻ろうと振り向いた時だった。傍には世話役のシスターたちが立って居る。
「……何か言いましたか?」
洗顔の用意を手にしたシスターに話しかける。
「……?いえ、なにも」
シスターが不思議そうに返答した瞬間だった。
”ズズゥゥゥン!!”
最初に起きたそれは大きな縦揺れ。まるで地が抜けた様な浮遊感がその場の全員に起こる。
──な! なんですか!?
言葉を発する間もなく、その揺れはどんどん大きくなっていく。既に皆持っているものを手放し、何かにつかまろうと必死だった。だから、聖女の位置を見失ってしまっても仕方がない。
彼女が立って居た場所はバルコニー。そこで起きた大きな縦揺れ。彼女が掴んだのは、石組の間に有った鉄柵部分。
彼女の寝所は大聖堂の三階部分にあった。何とかそこにつかまった彼女は、振り返って外を見た。
轟音が響く中、聴こえてくる悲痛な叫びや怒号。未だ視界がぶれる中に有って、彼女はただただ慄いていた。
だが揺れはそれで収まらない。次いで来るのは当然の如く横揺れだった。
「きゃぁぁぁああ!」
「かみさまぁ!!」
「おゆるしをぉぉお!」
部屋にいたシスターたちは、暴れる部屋の中の荷物と共にシェイクされ、部屋のあちこちにぶつかったり、転げまわっていた。
「みなさん! 何かにつかまって!!」
オフィリアは声を張り上げるが、誰にもそれは届かない。悩んだ挙句彼女は立ち上がって手を差し出した。
「私の手を掴かみ───!」
それは一瞬の事。横揺れが続いていたはずの中に起こった縦揺れ。
気付くと彼女はバルコニーの外に放り出されてしまっていた。
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