第14話 追憶
──マリアーベル。
彼女は自分の両親を知らない。かと言って寂しいと思ったことは一度もない。物心がついた時には周りにはたくさんの姉がいたし、色々な事を教えてくれるシスターが居たから。
そもそも彼女は親と言う存在自体を知らなかったのだから。
──あなた達は神が聖女の器となるべく遣わされた神の子なのです──
養護施設のシスターたちは私達をそう呼んだ。幼い私達にはその意味は理解できなかったけれど、姉たちは皆優しかった。
「マリー、マリアーベルぅ! どこに居るのー?」
──遠くで姉が呼んでいる。
ハマナス商業連邦評議共和国の中央街区にある聖教会本部。その教会の中でも大聖堂の奥にあるこの養護施設は、関係者以外の立ち入りは一切認められていない。そこは都市の中心部であるにもかかわらず、敷地面積も広大で、施設の周りは半径二キロ程は下草の生える地面があり、そのまわりを木々が森として取り囲んでいた。
最外周は高い外壁に守られ、外界との接触は神殿騎士の駐在する一カ所だけある出入口のみ。
神殿騎士たちはこの施設が墓所だと聞かされている。歴代教皇が眠る神聖な場所。
勿論それは嘘では無かった。施設の裏手には墓地があり、歴代の彼らはそこに埋葬されていた。
──墓碑も、遺骨もないままに。
遺品のみがその場所に埋められ、唯の杭が彼らを表していた。何時からそうなったのか、何故ぞんざいに扱われるようになったのか。それを知る者は今代の教皇と聖女だけ。
そんな誰も立ち入らない寂れた墓地に、小さな彼女は居た。杭を一本ずつ雑巾で拭き、一心に祈りを捧げては、また次の杭へと移動して雑巾を持つ。
「───……。」
「あ! いた! やっぱりここにいたぁ~。もう、何度も呼んだのにどうして返事してくれないの」
「ようせいさんが……キレイにしてって言ったから」
「……え?」
姉の問いかけに、ずれた返事をするマリアーベル。その言葉に一瞬きょとんとなる。だがその返答はいつものことなので、姉も深くは聞いたりしない。
「そうなんだ。……あ、でももう行かないと! 聖女様がもうすぐ来るよ」
彼女がそう言うと、最後の一本を綺麗にしたマリアーベルが、祈りを捧げてから返事をする。
「ようせいさん……今日もきれいにできました。マリーはいい子にしています」
そう呟いて立ち上がる。
「聖女様…今日はどんなお話ししてくれるかな」
「私はねぇ……勇者様のおはなしがすき!」
立ち上がって聞いて来たマリアーベルの質問に、姉妹は元気にそう答える。
「……わたしは──」
◇◇◇◇◇
「──マリー、貴女はとてもやさしいのですね」
聖女様は私のことをマリーと呼ぶ。それは親愛の証だと皆が言ってくれるけど。
私はそうは感じていない──。
聖女様は私達を見てはいないから。
──何時からだろう、そんな風に思ったのは。
まだ本当に小さかった頃、私は聖女様が大好きだった。綺麗な長い銀の髪。透き通るようなきれいな肌。抱き着いた時に香る、あのお日様の中で咲き誇るような花の香りが何より大好きだった。
姉たちと一緒に庭で遊び、花壇に水やりをしたり、礼拝堂でのお祈りの時間。姉妹の一番末娘である私は、聖女様にべったりだった。
お仕事に戻る聖女様を泣いて嫌がり、何度も何度も困らせた。
私には小さい頃から妖精たちが視えた。シスターたちは精霊と呼んでいたけれど。私にはその違いも意味も分からなかった。その妖精たちはいつも明るくてニコニコしながら、周りを飛び回っていた。
姿かたちも様々だ。私達と同じ人間の様な容姿で背に羽を持つ者。動物の子供の容姿で飛んでいるもの。果てはただの光や草花の形をしたものまで。千差万別では有ったが、皆一様に幸せそうな感情だけは幼い私にも分かる程だった。
そんな彼らは聖女様の周りでもいつも楽しそうに飛んでいた。
───その日までは。
いつもの朝だった。日課の朝の祈りを終え、私は一人で墓地へ向かった。そこは施設の裏庭の隅に有り、森のすぐそばにある誰も寄り付かない場所。
私も初めは怖かった。だけど妖精たちがお願いしてきた。
──忘れられた彼らを、せめてあなたは覚えていてあげて──
それから日課になった墓地のお参り。誰が眠っているかは知らない、でも毎日通ううち、そのこと自体はどうでも良かった。ただこの場所にいる人たちに安らかに眠っていて欲しかったから。
そんな思いで来た墓地に、誰もいないはずの墓地に先客がいた。
──聖女様だ!!
走り出しそうになった足が動かなかった。かけようと思った声が出なかった。
──怖気。
背筋が凍り、鼓動が止まるほどの感覚が走った。
聖女様の目の前にある一本の杭……。彼女はそれを見つめていただけ。凍った瞳と鬼のような形相で──。
体が震え、持っていた桶をつい落としてしまった。
「──…マリー、どうしたのこんな所に」
落とした桶の音に振り返った聖女様は…いつもの優しい顔だった。
───綺麗な作り物の笑顔だった。
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『まずはお主に伝えておこう。……彼女の転写された年の事じゃ』
「転写された年?」
『あぁ。彼女は今から二十年前に魂の転写を行われておる』
……じゃぁ、彼女自体の記憶は6歳ごろまでか。
《では、赤子ではなく物心は既に……》
『ついておったじゃろうな。じゃが、ある理由から彼女には両親の記憶は無いのじゃ』
「え? それはどうしてです?」
『これも因習の一つなんじゃが、聖教会では赤子の洗礼の際、国によってはスキルの確認を行っていてな。そこで聖女になる条件を満たした子供を、赤子のうちから引き取って教育しているんじゃよ』
赤ん坊のうちから引き取って教育? それって洗脳じゃないのか?
「…親は、それを納得しているんですか」
『あぁ。それでなくとも聖教会はヒュームでは国教じゃからな。もしも我が子が聖女にでもなれば、絶大な教会からの支持と中央での発言力が増すのでな。特に国の重鎮たちは喜んで差し出しておる』
ここでも権力か。宗教の一番黒い部分じゃねぇか。
《国家が存在し、求める場所がある以上自ずと起こる因果ですね》
『厳しい事を言うのぅ。現実故に何とも言えぬが』
「──それは聖女も分かっていながら行っているんですか?」
『気付いてはおるじゃろう…じゃが、実際の彼女の胸の内はわからん。行っているのは教皇じゃからの』
──教皇……。
「そうですか。分かりました。それで、彼女の記憶を戻すにはどうすれば良いんですか?」
『フム…それにはあるスキルが必要になる』
「スキル?」
『…お主、魂と心は何処に有ると思う?』
言われて答えが即答できない。そりゃそうだろう、そんなの分かる訳がない。そんな器官や物質、見た事も聞いた事も無いのだから。覚えている事で言えば、人間が死ぬと体重が二十八グラム軽くなったというオカルト的な事を昔に読んだか聞いたことぐらいだ。
だが待てよ。俺は実際転生している。……あの神の世界で魂魄と言う存在で居た。ならそれが何よりの証拠だ。記憶や想いが残っているんだから。
だが、それの所在が何処に有るのかと言われても全く見当もつかない。
「わかりません」
『……その肉体全てじゃよ』
「は?」
『お主の世界で言う細胞じゃよ。その一つ一つに情報としての記憶がある、それを統括する脳が自身を自覚し、常に情報を整理し最適化しておる。…えぇと、テロメロ? いや、何じゃったかの…』
《テロメアでしょうか?》
『おお! それじゃ、そのテロメアにはその者の情報が蓄積され、常に自身を自覚しておるんじゃ』
テロメアって…確か染色体の末端部分の事じゃなかったか? うはぁ、こりゃまたオカルトチックな話になってくなぁ。
「じゃ、じゃぁそこに彼女の魂や心があると?」
『厳密に言えば記憶じゃよ。彼女は転写によって元のマリアーベルとしての記憶をテロメアに封印され、聖女の記憶を追加されたのじゃ。故に彼女のテロメアはそこで成長が止まっておるんじゃよ』
「それが転写の術のタネですか!!」
『簡単に言えばそうなるな。つまり今の彼女は記憶や想いの全てが眠ったままの仮死状態ということじゃ』
「じゃぁ、その封印を解けば彼女は覚醒するんですね!」
『そうじゃな。じゃがその為には先程言ったスキルが必要になって来るんじゃよ』
「あぁ、そうでした。そのスキルって言うのは?」
──精神汚染というスキルじゃ。
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