第12話 招かれざるおバカさん
シスからの報告の後、暫くして客間のドアがノックされる。
「はい、何でしょう?」
キャロルが応対に出ると、家令が申し訳なさそうに話してくる。
「お寛ぎの所申し訳ございません。なにやら馬車の騒ぎの事でお伺いしたい事があると聖教会の方が衛兵の方とお越しでして」
「分かりました。応接室で良いですか?」
「はい。何やら全員とお話をしたいとおっしゃられていますのですが、構いませんか」
「大丈夫です。準備して向かいます」
畏まりましたと言って彼は部屋を去っていく。
キャロがどうしますと暗に聞いて来たので、シスに留守番を頼むから問題ないと言う。
──侵入でもするつもりか?
簡単に打ち合わせをしてからシスに彼女の監視と保護を頼み、応接室に向かった。
◇ ◇ ◇
部屋に向かう途中でマルクスさんと合流し、全員で応接室に入る。
そこには先に案内されていた二人の男性がソファから立ち上がりこちらを見ていた。衛兵の方は見た事もない男だった。名をニクラウスと名乗った彼は、少し険の在る視線でこちらを見て来た。
片や聖教会の使いを名乗った男性は名をロンデルと名乗り、いかにも柔和な表情で穏やかに笑っていた。
「お初にお目にかかります。聖教会の使いとして参りました。セリス様に御目文字叶い、望外の喜びです」
「…それで、わざわざ我らが逗留して居る場所に、終わったはずの馬車の件とは何の話だ?」
「は! それにつきましては私がご説明させていただきます。実は──」
こちらが、用向きを尋ねると衛兵の男がつらつらと、長ったらしく訪問理由を説明し始める。その説明を聞いていると、早速シスから連絡が来る。
《マスター。現在屋敷裏口に二名の不審者が侵入を試みています》
(了解…。シスはさっきの手筈通りで頼む)
《了解です》
「あぁメイドさん。悪いけど裏口に俺の荷物が有るんだ。申し訳ないけど、持ってきてもらえる?」
突然の俺の言葉にメイドさんは一瞬驚いたが、畏まりましたと言って下男に声を掛けてくれる。言われた下男がすぐに部屋を出ようとしたところで、ニクラウスが大声を上げた。
「今は! その荷物の話ではないのですが!!」
──……はい、バカ一丁釣れました。
「何故ですか? 要不要は貴方に分かるはずないでしょう? 下男さんお願いします」
先程の大声に戸惑い固まっていた下男を促し、俺はロンデルの方を注視する。
「…なんですか、ニクラウスさん。急に大きな声を出して」
「──……ヌグッ。も、申し訳ない」
「どうも、申し訳ございません。彼は少し生真面目なところがありまして、この通り伏してお詫びいたします」
そう言って彼はその場で頭を下げて謝罪する。ニクラウスにも強要し二人で頭を下げる。
「………申し訳ございません。」
「ふん、まぁ良い。次はないぞ」
セリスが釘を刺し、頭を下げたまま二人は返事をした。
《マスター。不審者が裏口に人の気配を感じ、一旦離れます》
(了解。マーキングは?)
《済んでいます》
「……え、ええと、では、先程のつ──」
「お前の説明はもう要らん! さっさとそちらの本題とやらを言え! 儂らを暇人だと愚弄したいのか貴様!!」
流石に頭に来たセリスが、怒気を乗せた気を彼に当てる。
「…グゥっ…申し訳ございません」
気をあてられたニクラウスは、身体をこわばらせ、縮こまって謝罪する。
「も、も、申し訳ございません! 他意はありません! 本題ですねはい!」
慌ててロンデルが話を挟んできた。
「…すいませんちょっと良いですか?」
そこで初めて俺が声を出す。
「先ずお聞きしたいのは、何故この場に全員が一度に来る必要が? 別に何人かずつで構いませんよね?」
「そ、それは…えぇと」
「それとも、都度説明するのが面倒だから? もしくは今ここに全員が居ないと、何か不味い事でも?」
俺の言葉に二人がびくりと反応する。
「はっきり言わせてもらいますが、あなた方が非常に失礼な事をしていると言う、自覚はおありですか? ここは貴族の邸宅で、彼女は国賓です」
「……そうだな。我も些か其方らの言動には据えかねる物がある。申し訳ないがお引き取り願おう」
「お、お待ちください! 謝罪につきましては──」
「問答無用…これ以降は辺境伯を通してもらおう」
懇願してくるロンデルに対し、マルクスさんは切って捨てる。
「…そ、その様な事を言って宜しいのか?! あなた達には誘拐の嫌疑がかかって──」
「ニクラウス君!!」
「…おい、ニクラウスとやら。貴様の今の言葉、ここに居る全員が聞いたぞ。……そうか。誘拐の嫌疑か……分かった。辺境伯様にお伝えしよう。本日はこれまでだ」
マルクスさんはそう言うと、俺達を促して全員で退室していく。
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──クソ! 話さえ出来なかった! シュタイナー司教になんと報告すればいいのだ?! それに何だあのニクラウスとか言う奴は!? あのバカがいきなり大声なんぞ張り上げるから。
ロッテン男爵邸を出てから、ずっとロンデル司祭は頭を抱えていた。
まさか衛兵詰所から彼女の所在を聴くとは思いもしなかった。ましてや保護され匿われているなどと。
司教はすぐに連れ戻せと言ったが問題が発生。保護したのは精霊王の孫だと言われた。辺境伯の騎士まで付いている。
二人でどうすればいいかと絶望しかけていた時、隊長からの提案で誘拐嫌疑を匂わせての引き渡し交渉をするはずだったのに!
何であんな訳の分からん兵を寄こしたんだ?
このままではマズイ……確か、ご裁可の文は審問官が持ってあと三日程でこの街へ入るはず。
ああ!! もうどうすればいいのか分からなぃいい!!
ロンデルの懊悩を気にもせず、馬車は教会へと蹄鉄の音を響かせ、帰って行った。
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一体どうなっているんだ!? なぜあのタイミングで裏口なんかに。
「おい…どういう事だ? 何故裏口に人が居たんだ?」
「分からん! ノートとかいう男が裏口に荷物を取りに行かせたんだ」
「はぁ? なんで?」
「だから分からんと言っている!」
ロンデルと別れたニクラウスは一度邸宅から離れ、廻り込んでから侵入工作員の元に来ていた。
計画は完璧だったはずだ。奴ら全員を一カ所に集めれば、侍従やメイドもそれに合わせて動く。男爵は今は役所で政務中。屋敷には家令以外は数名の使用人とあの連中だけ。
ここに居る奴らは隠密スキルを持った衛兵でも侵入工作に特化した二人。失敗なんて予想もしなかった。
──なのに。
今回の件は監視任務から始まった。三日たっても変化がなかった為、隊長に聞いてみたらアイツらの誘拐嫌疑の件を聞いた。ただ、相手は貴族や国賓のセリス。確かな証拠もなく捕縛なんてできない。そうしていたら聖教会が絡んできた。どうも教会関係者が誘拐されたかもという事だった。
そこで持ち上がったのが今回の作戦だったのに。
ともかく戻って報告せねばならない。くそ! 失態だ!
「…とにかく一度撤退する。今作戦は放棄。戻って隊長の指示を仰ぐ」
「「了解」」
三人はそう囁き合い別々に分かれて行く。
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《どうやら今回の件は衛兵隊長が画策した様です》
「…なるほどね」
「それにしても、もう少し立ち回れる人間はおらなんだのか」
セリスが呆れたように言う。
「そうね。まぁ、演技云々は私達に言う権利は無いけど、流石に貴族相手にあの物言いはダメね」
シェリーがそう言ってダメ出しをする。この間の事、まだ落ち込んでるんだ……。
「ま、まぁともかくこれで少しは落ち着けばいいですね」
「……そうなれば良いのだがな。とにかく我はエリクス様に報告してくる」
キャロルが言った言葉を否定気味に言って、マルクスさんは部屋を出て行った。
「ふぅ~~。なんだか超が付く程メンドク──」
《マスター、メールが届きました》
それは、神グスノフからの返信だった──。
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