第11話 教皇の謀
「──……どうじゃ? 何か反応はあったか?」
部屋に入ってきたセリスの言葉に、俺はただ首を横に振る。
点滴治療を始めてから既に四日。
俺の考えた通り彼女の体調は、目に見えるほどに回復していった。
細かった身体は少しずつでは有ったが瑞々しさを取戻し、こけた頬は年相応にふっくらとしていった。
新陳代謝も行われる様になり、そう言ったお世話も必要になった為にメイドさん達にお願いした。
───……意識は未だ戻らなかった。
閉じた瞼の裏で目が動いているのが確認できた時は、大騒ぎで喜んだりもしたんだが。
その瞼を開く事はなかった。
シスのサーチで、心肺機能はかなり安定してきたと聞いている。
考えられるのは脳機能か心の部分……。
流石に俺の頭の中にそんな知識はない──…もう一度、神様にお願いするか…。
「シス、神様にメールして。現状は把握しているだろうから、彼女を救うにはどうすればいいか聞いてくれ。チャットが必要なら繋ぐって」
《了解しました───…送信完了》
「ありがと……フゥ。何とかしてあげたいよな」
──何とかしてあげたかった。
……彼女の現状は、地球に帰還した時の俺と同じなのだから……。
そんな風に思う様になったのは、彼女の容体が好転し始めた三日目の事だった。
勇者として戦い、最後の最後で記憶から何もかもを失いって、元の世界へ放り出された……。何もできず、分からず。この身一つで何十年もの時間を飛び越えてしまった…。
───彼女も同じだ。
その始まりは幾つの時かは分からない。だが少なくとも数年程度ではないはずだ。下手をすれば赤子の時からも考えられる。出来ればそうであっては欲しくないが……。
それと同時に考えなきゃいけない問題。彼女の今後だ。
問題は次から次へと湧いて来る。理不尽に奪われた彼女の人生、取り戻す事は既に叶わない。なら俺が彼女にしてあげられる事って……。
そうして俺が懊悩しているのが皆に伝わっていたんだろう。不意に俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ノートさん──…私達も居ます。一緒に考えましょう」
いつの間にか皆が傍に来ていた。キャロルがそう言い、シェリーやセリスも頷いている。
──あぁ、そうだった。……もう独りじゃなかったんだ。
「……そうだったな。キャロとシェリーは俺の嫁だもんな……ありがとう、頼りにさせてもらうよ」
そう言って二人を引き寄せてハグをする。儂はと聞いてくるセリスにはありがとうと礼を言っておく。
「彼女の今後について少し考えてい──」
《マスター、来客の様です……マーカーは黄。玄関にて家令が応対中》
───誰だ?
********************************
ゼクス・ハイドン帝国。
ハマナス商業連邦評議共和国の西側に位置し、国土はこの世界で最も大きく、その総人口は二十億を超えるとも言われている。
帝都は巨大且つ長大な城壁に囲まれ、直径は約三十kmにも及ぶ城郭都市。内部は区画ごとに壁が設置され、中央に聳える城に辿り着くまでは5つの壁を通過しなくてはいけない。
城自体もとても大きく、また質実剛健な造りをしていて城と言うより要塞の様な威容を誇っていた。元々この西側地域は小国家群の集まった場所でしかなかった。
──それは千年前の邪神アナディエルの行いにより、教皇国が覇権を握っていた時代。
西側諸国はその迫害から逃れる為に一致団結していった。そうして反抗勢力になれる連合を結成し、反旗を翻そうと思ったその時。
初代ゼクス・ハイドン帝国が連合の上層部を強襲、全てを傘下に無理やり収めたのだった。当然起こる反発に対し帝国はあろう事か教皇国と共謀し様々な非道を行い、結果として統一してしまった。
邪神が倒され教皇国が無くなった時に一度、大きな反乱が起きたが帝国は、全ての前王をその領地と共に領主として自治を認める事で回避。後に暗部や、様々な謀によって徐々に支配を取り戻していった。
そんな事が繰り返されて行くうちに疲弊していく元国王たちは、恭順するしかなくなっていった。
そんな歴史背景があるこの国は軍事国家として成長していった。
常にどこの国が反乱を起こすかもしれないと言う考えが、逆にこの国を強固に成長させてしまったのだ。
何時しか国が別々だったことは記憶の彼方へ消え去る頃には、全ての小国家に帝国の血が流れる人が増え前王の直系子孫たちも消えてしまった。
現皇帝──カルロス・ド・ハイドンⅧ世はそんな中で初代の血を色濃く引いた傑物であり、怪物であった。
「──……ルクスよ、聖教会が何と?」
皇帝の政務室で、ルクス宰相は額に汗しながら魔導通信の暗号文を奏上していた。
「は! 現在、迷い人との噂の者はカデクスに於いて、ま、マリアーベル嬢を奪取したと……」
「フム……その名、聖女候補にと殉教した我が娘の名と似ておるな」
その言葉を聞いたルクスはどっと背に汗が噴き出すのを感じる。似ているのではない、そのものだ。
今から二十七年前に彼女マリアーベルは皇妃の二人目の娘として生まれた。
聖教会での洗礼の後、彼女に精霊系統のスキルが見つかった。その時点で聖女は既に壮年を優に超えていた為、候補の一人にと聖教会から請われ、幼い彼女を送り出したのだ。
そうして六年後今からちょうど二十年前、聖女の代替わりがあったと同時に届いた知らせ。
───マリアーベルが聖女の儀で殉教した。
皇帝も皇妃も。いや国中の者が悲嘆した。
国葬まで執り行い、彼女の死を弔ったのだ。
──そんな彼女が生きている? しかも攫われた?
「は! し、しかし、この文の意味が分かりませぬ。マリアーベル様はもう──」
”バタン!!”
大きな音を立てて政務室のドアが開かれ、飛び込んできたのは皇妃だった。
「すぐに確認させなさい! 娘ならば即刻此処へ連れ戻すのです!」
鬼のような形相で、唾を飛ばしながら叫ぶ皇妃。
「──貴様! 我が妃であろうとも、どの様な了見でこの部屋に無断で立ち入るかぁあ!」
「…ですが!」
「我に物申すか! おい! この者をつまみだせ!」
突然激高した皇帝が近衛に命令し、泣き叫びながら懇願する皇妃を外へと追い出した。
皇妃が連れ出され静けさの戻った政務室。ルクスはただ頭を垂れたまま、皇帝の話しをじっと待つ。
「……ルクス。影を呼べ。」
「…は!」
頭の芯が冷えて行く──…。
──身体は震えそうになる。
ルクスはそんな思いで、政務室を出て行った。
【影】とは皇帝直属部隊──。
長い廊下を進みながら符丁を足音で知らせる。ふと自分の影が一瞬揺れた。
ルクスは長く息を吐きながら、自分の執務室へと足を向ける。
********************************
「こちらが文です。ご確認を」
ジェレミアからそれを受け取ったオフィリアは無地の紙を広げる。端の一か所に彼女の魔力を流すと、一瞬で文字が浮かび上がる。
「間違いなくエリーからです。ありがとうございます」
ジェレミア大司教に礼を告げると、彼女はその文をゆっくりと読み始める。
暗号文で書かれた文にはこう書かれていた。
迷い人との接触に成功。
但し干渉はせず。
噂の審議はほぼ事実と判明。
現在パーティを組み、領都へ向けて移動中。
パーティ名は『スレイヤーズ』
──魔力測定不可。
──看破不可。
以降、指示を待つ。
──やはり、スキルが通じませんか……異界人は確定ですね。オフィリアは確信すると同時にこれからの事を考える。次はどうやって接触するか。
「すみませんが、魔導通信を使います」
彼女はそう言って席を立ち、皆を連れて部屋を移動していく。
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