第10話 聖女はヒュームに唯一人
「──…ノートよ、作るのはポーションではなかったのか?」
シェリーとキャロルに買い出しを頼み、俺はセリスと共に男爵にお願いして調剤できる部屋を用意してもらった。
その部屋に入ってすぐ、俺は必要な素材を異界庫から幾つか引っ張り出しているとセリスが先程の言葉を言って来た。
一般的にポーションの素材は薬草類や魔草類を煮だしたり、蒸したりして作るため、取り出す道具としては乳鉢や小さな魔導コンロたちが普通だ。だが俺が現在取り出しているものは、そう言った類のものでは無く、まるで錬金でもするかのような金属や鉱石、魔石類を机に広げていた。
「あぁ、その前段階のモノを作るんだよ。点滴って分かる?」
「不倶戴天の?」
「いや、それは敵でしょ──…え~とね──」
俺はマリアーベルさんの状態を見て、考えていた。
彼女は現在衰弱状態にあり、推察するに経口摂取を長期間行って居ないと判断した。その状態の彼女には幾らポーションを飲ませようとしても
恐らくは呑み込めず、飲んだとしても嘔吐する可能性が高いだろう。
長期にわたり胃に物が入っていない所に急に刺激物を与えると、必ず吐き戻してしまう。下手をすると急性胃腸炎なども考えられる。
そこで行うのが点滴療法だ。
直接血管内に栄養素を補給し、水分を与える事によって刺激を最小限に抑えて、最大限の栄養を送れる。
そう考えた結果、シスと相談して先ずは点滴治療の為の魔道具から作る事になった。
「───…ほへぇ~そんな事が出来るのかい?!」
「あぁ、考えてみてよ。光魔術や、精霊魔法で癒す時ってさ、ぼんやり身体が光るだろ。あれって多分、魔素やそう言ったエネルギーみたいなものを体内に直接送ってると思うんだよね。足りなくなった分を補う的な」
「フム──…確かにそうかもしれん」
「でも現在の彼女は恐らく、色んな栄養が根こそぎ枯渇しているかもしれない。だけどそれを魔術なんかで一度に行うと、身体がついて行けない可能性が高い」
「ふむ…急激に与えるとビックリしてしまうと言う感じか」
「そうだね、概ねそれで合ってるよ。だから今から作る魔道具で一定間隔で常に少量且つ一定のポーションを直接体内に送るんだ」
そこから二人で手分けして部品を製作していった。セリスに頼んだのは点滴袋やそれを吊るすハンガーなどを作ってもらう。この世界でビニール素材は存在しないのでガラス瓶のタイプにした。清浄の付与を使い、継ぎ足し可能な瓶を作る。
俺は最も重要になる針の制作に取り掛かる。素材はミスリルにした。針の太さは0,3ミリとし、内径を0, 15ミリにする。針先の切っ先確度は十二度にした。
これを十本ほど作り、全てにクリーンと清浄の付与をしておく。
悩んだのはチューブだった。ゴム系の素材は有ったが、透明な物が全くない。どうしたモノかと考えていると、セリスが横から話しかけてきた。
「別に透明である必要はないじゃろ、もし気になるならその針の手前にガラス瓶を付ければ見れるじゃないか」
言われてはっとなった。シリンジ! そうだ、その部分をシリンジにすれば量の管理魔導具が付けられる! 早速加工に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
「───…これが点滴治療の魔道具ですか」
キャロとシェリーが俺達の作った魔道具をまじまじと見ながら感嘆の声をもらす。
「ポーションの配合は終わったから、後は瓶に入れて彼女に打つだけだ」
俺はそう言ってマリアーベルさんの居るベッドの横にハンガーをセットする。
「この針を刺すんですか…痛みとかは」
「ないよ。針先に痛覚刺激鈍化の付与がしてあるから」
その言葉を聞いた三人は、既に呆れた顔で俺を見る。
「もう、何でもありですね」
そうして皆に見られながら、ベッドで眠る彼女の腕をそっと持つ。
枯れ木の枝の様なその腕は水分や筋肉、諸々の全てが失われ、強く握れば簡単に折れそうだ。慎重にその腕の肘の内側を触って静脈部分をみる。
薄っすらと感じる脈動。そこを確認して清浄の部分クリーンをかけ、針をゆっくり確実に刺す。点滴瓶直下に配置した滴下確認部を見上げると、ポタリポタリと、流れて行くのが確認できた。
ちゃんと刺さった──。
その後しばらく様子を見、腕に腫れや異常がないかを確認してそっと腕を元の位置に戻した。
「──……フゥ、完了~。後は様子を見ながら適時ポーションの追加だ」
「……プハァ、こっちも息を忘れとったわい。それで、この瓶でどのくらいの時間じゃ?」
「ん~二時間ってところかな。腕を変に動かすとダメだから、偶に見に来ないといけないけど今日はこれをもう一本打って様子を見よう」
「じゃあ私はここで本でも読みながら、様子を見ているわ」
シェリーがそう言って、ベッドの脇に椅子を持ってくる。
「それじゃ私は偶に顔を出しますね」
キャロルがシェリーにそう言って頷き合っていた。
「そう…じゃあお願いします。俺はポーション類をもう少し作っておくよ」
「ふむ。手伝ってやるわい」
各自それぞれに分かれて行った。
◇ ◇ ◇
「……皆さまは何をなさっていらっしゃったのでしょう?」
元聖女の治療を行うと聞き、部屋の隅でマルクスと二人見学をして居た男爵は素直に意味が分からず、疑問の声を彼に問う。
「──……さてな。我にも皆目見当がつかん。どうやらあの魔道具でポーションを飲ませるのかと思っていたが、違ったようだ」
この二人は点滴治療の事を聞いてはいなかった。なのでノート達が何を行ったのかは分からなかった。ポーションを使ったという事だけは理解できたが。
「はぁ──……あの、これからはどの様になされるんでしょうか?」
「うむ。恐らくはあの元聖女様とやらが復調するまでは何とも言えんな」
──おぉ、神は我をお見捨てなのかぁぁ……。
男爵は心でそう叫びながら、俯き歯を食いしばる。逃げちゃだめだ! ここで逃げてはいかん! 腹をくくって笑顔を作り、マルクスに返事をする。
「畏まりました。どうぞごゆっくりご逗留ください。」
「すまんな、貴殿には苦労を掛ける」
「滅相もございません。では食事の準備をさせる様言ってまいりますので」
そう言って男爵は会釈して部屋を出て行く。
「──我もここでは無用だな」
マルクスもそう呟いて、男爵の後を追うように出て行った。
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「それで?何か動きはつかめたか?」
「いえ、本日はビーシアンの女が二人、買い物に出ただけです」
「買い物?」
「は! ポーションの素材を結構な量で買い込んだと聞いています」
ニクラウスの報告を聴きながら衛兵隊長は考える。
彼らが保護した人間は間違いなくアレに違いない。どうやって外に出たかは不明だが、アレが白日の下にさらされることは何が有っても阻止せなばならん。
カデクスと聖教会の歴史は古い。
この事を知る者は既に少なく、衛兵隊長やギルド役員など限られた者しかいない。
カデクスの聖教会地下施設──……元聖女の処理施設。
聖教会が力を持ち、発言力が増すと同時に暗い歴史も増えて行った。
聖人であろうとも所詮は人間。欲に勝てる者はいなかった。
そんな暗部の監禁施設の一つがカデクスの地下に有った。時の教皇はそこを利用し、その時代の聖女を処断した。
──……それが始まり。
以来、聖女が代替わりの度に元聖女はそこで幽閉され、時が来れば処断すると言ったことが、このカデクスで続いて来た因習だ。
狂信者に支えられ、凡愚な司教を置く事で表面的には平然として地下で惨たらしく凄惨に狂ったことが繰り返されてきた。
斯くして衛兵隊長もその狂信者の一人であった。魔導通信にて、符丁の暗号文を送ったのも彼である。元聖女の逃亡など許せるはずがなかった。だが今回は分が悪い。相手はこの辺境を収める領主の騎士団副長と、あろうことか国賓扱いの精霊王の孫娘までいる。強引な手は使えない。
だから教皇様に文を送った。……応援が二人来ると言う。ならば今は雌伏の時だ、必ずや元聖女はこの地で果てるのだ。
それこそが聖教会の始まりの一文。
──聖女はヒュームに唯一人──…。
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