第9話 聖女オフィリア
──イリステリア中央大陸のほぼ中心にある国ハマナス商業連邦評議共和国。
中央大陸の全ての国と国境を接し国家の運営は各国の代表と、国家に依存しない総合ギルドによるの合議制。
どの国にも加担することなく、中立公平を国是とし諸国繫栄を念頭に置く。
全てのモノはハマナスに集まりハマナスから始まる。
大陸で最も栄える国。それがハマナス商業連邦評議共和国である。
中心都市には各国の領事館があり、それらはまるで小さな城である。
中央都市を中心に大きく咲いた花の様に広がる街並み。
他国から来た人間にとって、このハマナスと言う国はとてつもなく大きく、そして優雅で華々しく全てに圧倒されるであろう。
そんな巨大都市の中心部に有って、白く輝く白亜の宮殿の様な巨大な教会。天をも突かんとする様な威容を放ち、高く聳える尖塔。
全てが白で統一されたその建物たちは、光を浴びてその輝きをさらに増す。
この尖塔が建つ場所は、勇者と邪神が最後に戦った場所とされ、聖女と
高位の聖職者にしか立ち入る事は許されていない。
そんな尖塔の建つ建物の周りには花園があり、季節ごとの花が咲き誇っていた。
「──ここは、いつ来ても慣れませんね」
色とりどりの花に囲まれ、そこに一人佇む少女の面影がまだ残る女性は、そう呟きながら花園の中をゆっくり進む。
銀に輝く長い髪を揺らし、その瞳は深い碧。小さな唇はほんのり差した桜色。白地に金の刺繍が施されたローブを羽織り、見える肌はそのローブの生地よりなお白く、華奢な身体を物語っている。
──儚げな美少女。
それが今代の聖女、オフィリアだった。
「ケンジ兄さま。私は未だに未練がましくここに居ます……」
花園の中心部には一か所だけ、土の剥き出しになった場所がある。そこには何かの目印の様に拳大の大理石の様なプレートが嵌められている。
オフィリアはそのプレートを寂しげな表情で見つめ、小さな声で呟いていた。
花園の入り口付近で、そんな彼女を見つめている影が二つ。一人はシスター服を着たオフィリアと同年代の少女。
もう一人は、神殿騎士の鎧を着込んだ偉丈夫。
──いわゆる護衛と従者。
偉丈夫の名はケルビン・テイル。
エルデン・フリージア王国の騎士爵の息子であったが、聖教会に入信し、正式に神殿騎士となった。年は二十五と若かったが、実力とスキルで現在オフィリアの護衛騎士をしている。
従者の名はメアリ。
教会の孤児院で育ち、シスター見習いとしてこの本部に来て二年。優しくおおらかな性格では有ったが、精霊術が扱える稀有な存在だった為に彼女の世話役に抜擢された。
二人は毎日のこの日課があまり乗り気ではない。……何しろオフィリアはいつも哀し気なのだ。
異界の勇者の伝説は二人も知っている。だがお伽噺として知っているだけで、そこに何の感慨もない。当然だろう千年以上も昔の話しだ。真実かどうかも定かではない。
それなのに──…彼女、オフィリアは毎日あの場所で何かを囁き、哀し気な顔で戻って来る。
見ているこちらが苦しくなるほどに…。
「──オフィリア様はなぜ、このような事を毎日繰り返すのだ? あの御辛そうな顔は見ていて胸を掻き毟られるように辛い」
「それは私も同じです──ですが、聖女様には私達には、はかれぬ想いが、ここには有るのでしょう…。いつかその想いが叶います様願うばかりです。」
二人が彼女の身を案じながらそんな話をしていると、遠く建屋の方から何者かが駆けてくるのが見えた。
「ん?…なにかあったのか? アレは…──」
◇ ◇ ◇
「教皇様……カデクスから魔導通信が御座いました」
「……なにか?」
「どうやら、アレが外に出たようです」
「ほう……。それでソレはどうなったのです?」
「なにやら、代官の屋敷に引き取られたようです」
「代官に?」
「…いえ、どうやら客分がアレを馬車で轢き掛けたようで、客分が引き取ったようです」
「客分?」
「…はい。精霊王の孫娘セリスとその冒険者パーティだそうです」
「──セリスとその仲間! クフ……クククク!」
「教皇さま?」
「フフフフ──フゥ…そうですか。そちらに繋がりますか……。ままならないものですね」
「それではこの件は如何にいたしましょう?」
「フム──…そうですね。カデクスの司教はなんと?」
「いえ、今回の通信は司教ではなく、敬虔な信徒からのものです」
「それはそれは…で、カデクスに確認は?」
「いえ、先ずは教皇様にと思いまして。通信も口頭ではなく符丁の文にて送られてきました」
「なるほど……彼ですか。分かりました、早速こちらからも二人送ってください」
「承知いたしました」
「あぁそれと、帝国のルクス公に伝えて欲しい事が──」
◇ ◇ ◇
「オフィリア様はおられますか!」
息せき切って、こちらへよたよたと走って来るローブの男。枯れ木の様な風体をしており、風が吹けば飛んで行きそうになりながらなんとか二人の元へたどり着く。
「…これはジェレミア大司教。如何なされた?」
近づいてきたその男に一歩近づき、用向きを聴くケルビン。
「はぁはぁ…ふぅふぅ…し、暫し。はぁ、はぁ」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
今にも倒れそうになる彼を心配になり、声を掛けるメアリ。
「はぁ、はぁ、はぁ──…失礼いたしました、はぁ。も、もう大丈夫ですぅ、ふぅ」
ジェレミア大司教は何とか落ち着こうと、息を整えなが返事をする。
「それで、ご用向きは?」
落ち着いたと思ったケルビンは、そう言ってもう一度話を聞く。
「はい。先程エリシアの村から文が届きました。恐らくエリーのものと思われます。オフィリア様へと書かれておりましたので、取り急ぎと思いこちらへ」
「──…分かりました。行きましょう」
「「オフィリア様!!」」
不意に後ろから声が聞こえ、慌てて振り向くとそこにはいつの間にか、
オフィリアが立っていた。
◇ ◇ ◇
花園から少し離れた場所にある建物には、この教会の様々な部署が集まった、事務棟のような場所だった。通信施設は勿論。様々な事務手続きなどもこの場所では行われている。そんな建屋の一室に、彼女は入って行く。
「聖女様」
「おぉ! 聖女様」
本来ならばこの建屋には彼女が来ることは無い。
そんなところに突然彼女が姿を見せれば、通路は人でひしめき合う。皆頭を垂れ、彼女が通り過ぎるのを道を開けて固まっている。中には一心不乱に拝む者もいる。
「いつもお仕事ご苦労様です」
オフィリアはそんな人たちに声を掛けながら、ジェレミア大司教の後ろを歩いて行く。
「申し訳ありません。すぐに私の部屋ですので」
恐縮しながら彼が先導していると、問題ありませんと彼女は答え、笑みをこぼす。
ケルビンとメアリはその後ろをつきながら、エリーと言う者の事を話し合っていた。
「確か、聖女様の前の従者だった方だな」
「えぇ、エリー様は侍従兼護衛でした」
「では、あの特殊隊の?」
「隊長です。……今も」
そんな二人の会話をよそに、オフィリアは一人考えていた。
エルデン・フリージア王国の辺境にて噂あり。
その一報を受け、真偽のほどを間諜から聞いた【迷い人】の噂。
その者の力尋常ならざるものなりて、ドラゴンを単独で屠ったと聞く。
直ぐに直属の特殊部隊を送った。
エリーは最も自分の信の置ける部下。
その彼女からの伝文だ。間違いなくその件であろう。
……はやる気持ちを抑えつつ、歩む歩調は幾らか早くなっていた。
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