第7話 秘術
《……繋がりました》
『おを?! ハロハロ~』
「お久しぶりです。相変わらずテンション高いですね」
『なになにどしたの? 何か有ったの?』
俺達スレイヤーズの面々は、病人を看病するという事も考慮されて屋敷に有る迎賓館の一つをまるまる使わせてもらっていた。
その中の一つの個室に入り遮断結界を張ってから、シスにマリネラ様と念話チャットを繋いでもらう。もしもの為の対策だ。
そのままシスにはサーチを使ってもらいながら、俺は話を始めた。
「ちょっとお聞きしたい事が有ります」
『どしたの急に改まって。良いよ何かな?』
「ヒュームの聖女の事です」
『───…!』
俺の言った一言に息をのむ感じが伝わって来た。恐らく彼女は知っているんだろう。そう確信して話を続ける。
「実はさきほど、一人の女性を保護しました。彼女の名は──」
そこから俺の説明に黙ったまま話を聞くマリネラ様。
彼女の名前や状態。鑑定を行った事や加護にマリネラ様の名が在った事を告げ、全てのスキルが譲渡済となっている事を話した。
「──……コレは一体どう言う事なんですか? マリアーベルさんはどうしてあんな状況なんです? 加護を与えたマリネラ様なら、何か分かると思って連絡したんです」
『……そう、彼女が貴方と……。ねぇノート君。勇者だった時の記憶、全部は取り戻してないんだよね』
俺の質問に哀しそうな声音でそう聞き返してくるマリネラ様。
なんだ? 何でここで俺の記憶の話になる?
「えぇ、全ては戻っていませんよ。ほんの少しだけ仲間たちと、世界を巡った記憶があるだけ──」
『仲間! 仲間との記憶があるの!?』
突然大きな声を出して聞いて来る彼女。
「は、はい──…確か、セスタって言うビーシアンの拳闘士と、オフィリアってヒュームのまどう──」
『はいそこぉおお!!』
「うひゃぁぁあ!?」
『よ、よか…──よがっだぁぁぁぁああ! うわぁぁああああん!!』
またもや叫んだかと思うと今度は急に号泣しだした。全く意味が分からずに、黙って俺が待っていると彼女は泣きながら話始めた。
──…それは遡る事千年以上前。
果たして邪神は異界の勇者によって、討伐された。
多大な犠牲を払い仲間のほとんどを失っても、折れず果敢に戦い、最後には相打ちという哀しい結果になってしまったが、それでも世界は救われた。
残った者達は世界を復興し、やがて世界は平和と平穏を掴んだ。
その生き残った者の中には勇者の仲間もいた。幾人かの仲間の中に、
大魔導師であり精霊との契約もしていた彼女、オフィリアもその一人だった。
天真爛漫で明るい性格だった彼女は、勇者であるケンジ・ソウマが大好きだった。
スラムに有った教会で孤児だった彼女を、ケンジが精霊魔導師に育て上げた。最初は兄の様に思い、ずっと慕った気持ちが恋に替わるのに時間は掛からなかった。
しかしその想いが果たされることはなかった。
邪神アナディエルと共に彼は次元の狭間に消えてしまった。
世界がどんなに平和になろうと、人々の顔に笑顔が戻ろうとも。
──彼女の願いはもう叶わない。
どれだけ泣いたか分からなかった。泣いても泣いても涙は止まらず、唯々泣く日々が続いた。
だが世界は彼女を放っておいてはくれなかった。
彼女は精霊魔導師。ほぼ無尽蔵かと思われるほどの魔力と魔術の数々で、彼女は傷ついた者を癒していった。それは彼女自身も望んだことだった。
日々の忙しさと、極限まで魔力を使う事でオフィリアはケンジの事を忘れようとした。
いつしか何処かで彼女はこう呼ばれ始めた【聖女様】と。
彼女に救われた者達が少しずつ集まり、やがて彼らは彼女を支え、共に人々を癒していく。そうして出来たのが聖教会。彼女はそこの初代聖女になった。
時は流れ、彼女も既に老婆となってしまっていた。もはや自らが癒す者もおらず、ただ信仰の対象となるだけの日々。時間だけがゆっくりと流れた。
自分の役目はもう終わったと思った時、思い出すのはケンジとの冒険の日々。
彼は次元の狭間に消えてしまった。もう会う事は叶わない。私の命の灯もあとわずか。
──そこで彼女は思い出してしまった。ケンジと研究していた魔術の一つ。次元移動の魔術の事を。
もしかしたら彼は死んでいないかもしれない。次元の狭間を飛び越えていつか戻って来るかもしれない。
それはもう既に妄執と呼べるものだった。
限られた命の時間の中で、彼女の中で起こってしまったあり得ない仮説の連続。
そうして彼女はとうとう完成させられてしまった。
それは禁忌の秘術。完全オリジナル固有スキル。
──魂の転写──
記憶と精神をそのままに、次代へと己が精神をスキルごと移動させるスキル。
当然神々が許すわけもなく、即座にそれを封印しようとしたが出来なかった。
マリネラがそれを許してしまったから。
ずっと彼女を見守って来た彼女にとって、オフィリアの想いと願いが
どれだけのモノか分かっていたから。
健二の喪失の一端は、自分たちのミスであることも起因している。
だから、転写先は必ず生まれたばかりの身寄りのない赤子に限定した。
むやみに使用はしない事。秘術は禁忌とし、一切の他言無用。
──…そして禁忌は行われた。やがて必ず来る報いと哀しい負の連鎖に蓋をして。
『───…そうして始まってしまった彼女の地獄。唯々あなたに会いたい一心で、真っすぐ生きていただけの彼女。だけど世界はそう簡単ではなくなってしまった。奇跡を使える彼女は絶大な力を持ってしまった故に、強大な組織になってしまったわ。そんな物になれば、権力という甘い果実が人や組織を化け物にするのは時間の問題。やがて次代への転写サイクルが早められ、それによって出来る全てを失った、元聖女が産まれてしまった。彼らはそれを隠し、あろうことか衰弱死させると言う酷い事を行ってしまったの……』
「───……そ、そんな。じゃぁ彼女は、マリアーベルはもう元には戻らないと」
『それは何とも言えないわ。私の加護が有るのなら、オフィリア以前の意識はどこかに眠っているはず、ただ彼女が幾つの時にオフィリアになったのかは分からない。もし赤子時代ならそこまで彼女は戻ってしまう』
愕然とするしかなかった。彼女の失った時間はどれ程……。
取り戻しようのない時間と、記憶。オフィリアはこれを分かっていたのか?
人の人生を。他人の生きる権利を奪ってまで俺に会いたいのか?
──そこまで考えて思い違いに気付く。
いや違う! 彼女は生まれたての身寄りのない子に転写して居たんだ。
せめて、辛い生き方を強いられる赤子の代わりになっていた。
聖教会───こいつ等が元凶か! なぜだ? 何で世代交代を早めた?
《おそらくは──都合のいい傀儡にしたかったのでは》
シスの憶測に頭が真っ白に沸騰した様にかっとなる。
「そんな事! 許せるかぁあああ!!」
”ズドンンンッ!!”
余りにもの怒りに思わず体中から怒気と殺気が噴出し、周辺の空間ごと揺らしてしまった。次元結界のおかげで建物を壊す事は無かったが、地響きと揺れは伝播してしまった。
《お、落ち着いてくださいマスター! 危険です!! きけ──…ガガッ…ザザッザァァザザッ───…ピピ!》
シスの様子がおかしくなり、ノイズが走る。直後リセット音の様な物が聞こえた。
【……ふぅ~~。やっと出て来られたよ。……やぁノート君初めまして】
──何時ものシスとは全く違う妙に中性的な耳障りな声が聞こえて来た。
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