第6話 マリアーベル
「──なんだと! アレが外に出た?! どういうことだ!」
「わ、分かりません! た、ただ…」
「ただなんだ!?」
「牢のカギは掛かったままでした。中の首輪と繋がっていた鎖が引き千切られておりましたが…」
「引き千切られていただと…?」
コイツは何を言っているのだ? 牢のカギは掛かったままで、中の者がどうやって外に出る? 引き千切られてとはどういう意味だ? 鎖を人間が引き千切ったというのか? しかもアレは衰弱していたはず。いや、それ以前にヒュームの女にそんな事が出来るわけがない。だいたいアレは既に出涸らしだったはず。
シュタイナー司教は額に珠の汗を流しながら考えていた。
カデクスの聖教会に赴任してはや十年、辺境周りの教会での布教活動の功績を認められ、やっとの思いでこの街最大のまとめ役である司教にまで登って来た。……だがしかし。
──……奇跡を行使するヒュームで最も優れた聖女様。
ヒュームでありながら精霊と心を交わし、光と生命の精霊との契約者。
魔術に精通し、魔力量も秀でている。正に至高の御方。
お姿を拝謁したのは、年に一度行われる祈りの儀の時だった。ハマナスにある大聖堂での式典で、豆粒の様な御姿をちらと一瞬見られただけ。
それだけで涙が溢れ、卒倒しかけたものだ。
それが……。
このカデクスで砂上の楼閣が如く、崩れ去った。
──聖女は、ヒュームに唯一人。
聖教会の教えではそうなっている。つまり代替わりが有る事は分かっていた。どのように行われるかは知らないが。そして同時に代わった元聖女がどうなるか知られていない。
当然だ。【聖女はヒュームに唯一人】元も新もないのだから。
それが…まさかこのカデクスとは思いもしない事だった。
地下に幽閉され、鎖につながれたボロボロの女がまさか元聖女だったなんて…。
──……ここが聖女の処断の地だったなんて。
それでも何とか彼女を見て来ていたのに。やっと処断の日が決まったのに。……まさか居なくなるとは思いもしない事だった。逃げる気力も力も。……ましてや思考すらもほぼ無いはずの彼女が今更何処へ? どうやって?
日にちとしてはもう十日もない。彼らが来るまでに何とかせねば!
司教は一人、考えを巡らせていた。
********************************
「それで、その女性は今どこに?」
中央街区の詰所でマルクスさんは現在、衛兵隊長に説明していた。
「彼女については現在、怪我をしていてな。こちらで保護し、然るべき治癒を施している最中だ」
マルクスさんが保護すると暗喩を混ぜて話をする。
「そうですか。我等はそれに関知しませんがよろしいか?」
「無論だ。我は全権をエリクス様より委譲されておる」
「委細承知いたしました。ではこれからロッテン男爵邸へ?」
「うむ」
馬車の中ではシェリーとセリスが、彼女の症状を見ているが、芳しくは無い様だった。キャロルは身体を拭いてあげていた。
「フム、シェリーどう思う?」
「そうですねぇ……奴隷紋は無かったので、闇奴隷とかではないようですが、何を話しかけても無表情ですし……体のどこを刺激しても反応が有りません」
「衰弱がかなり酷いですから、先ずは休ませてあげたいですね」
キャロルが労わる様に、彼女の背を摩って言う。
その間俺は、扉の外でシスと念話で相談していた。
(なぁシス。元聖女ってどういう事だ?)
《現状では何とも返答できません。【聖教会の聖女は唯一人】これが
彼らの経典の最初の一文です》
(ただ一人…ねぇ。)
俺は彼女のステータスを思い出す。
名前 マリアーベル
種族 ヒューム
性別 女
年齢 26歳
~~スキル~~
ベーススキル
譲渡済
ユニークスキル
譲渡済
固有スキル
譲渡済
~~加護~~
マリネラ神 譲渡不可
~~称号~~
元聖女
(はぁ~、マリネラ様に聞くしかないか。シス、先に連絡しておいて)
《了解しました…メールしました》
(ありがと。さて終わったかな…)
俺が扉をノックしようとした時、詰所からマルクスさんが出て来た。
◇ ◇ ◇
「ではこの女性が元聖女だと?!」
馬車の中で俺の話しを聞いたマルクスさんが思わず声に出してしまう。
「しー! 大きな声は勘弁してください。詳細はまだ何とも言えませんが、それだけは間違いないです。ただ、その様な人がなぜこんな酷い姿になって居るのか理解できません。なので彼女を保護し、先ずは治してあげたい」
俺の言葉にパーティのみんなは賛成するが、マルクスさんは黙ったまま。
「別にそちらに迷惑をかけるつもりはありません。無理ならここで、俺達は下車します」
「い、いや! 違うそうではない! 我もこの女性を放っておく気などは無い。……ただ、ロッテン男爵にどう話せばよいかと考えていただけだ」
『フム。なれば私が話を付けようぞ』
突然セレス様になるセリスさん。最近この出方気に入ってるのか?
「セリス…さま?」
『我はセレス・フィリアだ』
「…な! これはご無礼を!!」
狭い車内で頭を下げたマルクスさんが、勢い余ってセレス様の膝におでこを乗せる。
『うきゃ! 何をするのだ!』
「あ、あぁ! これまた無礼を! 平にご容赦を~!」
ギャアギャア狭い馬車で不毛なやり取りをしながら、邸宅を目指して馬車は進んだ。
◇ ◇ ◇
「済まんが、ニクラウスを呼んでくれ」
「は!」
マルクス副団長が出て行った詰所の隊長室では、執務机に座った隊長が、手紙を一通したためていた。
「ニクラウス! 参りました」
「入れ!」
呼ばれてきた男は、部屋に入ると執務机の前で敬礼する。
「貴様にはこれより、特別任務を与える。一切の他言は無用だ」
「は!」
「お前のユニークスキルは確か───」
◇ ◇ ◇
「司教様! お耳に入れたいことが!」
一人の司祭が慌てた様子で、司教の居る部屋へノックも忘れて飛び込んでくる。
「何事ですか! ノックもせずに騒々しい」
「は! も、申し訳ございません! ですが事は急を要します故!」
「はぁ~。なんですか?」
「はい。先程買い出しに出ていた見習いが、あの襤褸を見たそうです」
「なに! どこだ!? 連れ戻せたのか!!?」
「…そ、それが」
「それが??」
「どうやら、中央街区の付近で馬車と事故を起こしていた様でして」
「ファー?!」
そこで司教は素っ頓狂な大声を出し、目と口をこれでもかと見開く。
「そ、そのまま馬車と共に衛兵詰所に…司教さま? 司教様ぁぁぁあ!」
司祭が顔を上げて司教を見ると、泡を吹きながら彼は卒倒していた。
********************************
「お初にお目にかかります。この街の代官を任されております、ロッテン・ヘルシオンと申します。本日は御目文字叶い、恐悦至極にございます」
『フム。我はセレス・フィリア。精霊の王にして守り人。故あって今は我が孫セリスの身体を借りておる。暫しの間世話になる』
「勿体なきお言葉、誠にありがとうございます。急ぎの旅とお聞きしてはおりますが、ご逗留の間は、どうぞお好きにお使いくださいませ。部屋は既に用意させております。狭い思いをさせますが、そこはどうぞご容赦いただきます様」
『いや、それには及ばぬ。十分な歓待じゃ、唯一つ頼みがある』
「は! なんなりと」
ロッテン男爵邸に辿り着き、応接間に案内されてからすぐに男爵は挨拶に来た。マルクスさんが俺達を紹介した後、セレス様を紹介したら彼は跪いて話が進んだ。
やっぱ、セレス様はスゲェんだなぁ……俺には噛みつくちびっ子妖精なんだが。
──おっと、視線がばれたか凄い顔で睨まれた。
『実はさきほど病人を一人見つけてな。少し面倒を見たいのだ、その部屋も用意して欲しい』
「畏まりました。調剤士などは?」
『それについては無用だ。ここには錬金、薬師、魔技師、すべておるのでな』
「…委細承知致しました、ではすぐに」
その後、二~三やり取りをして彼はマルクスさんと部屋を出て行く。
「彼、一緒に出て行ったけどいいのですか」
『ん? 問題ない。辺境伯に連絡するんだろう』
「ですねぇ」
シェリーの質問にセレスが答え、キャロルがため息交じりに締めくくる。
「じゃぁ、ちょっと彼女の事看ててもらっていいかな?」
「ええ、構わないけどノート君はどうするの?」
「マリネラ様と話してくるよ」
『私も行くぅ!!』
瞬間、幼児化したセレスが飛び付いて来る。
「うぎゃ! バカぁ! 違うから! 念話でやり取りするだけだから!」
『イヤダイヤダイヤダ! 姉様に会いたいのぉおお!』
引き剥がそうとしたらまた噛みつきやがった。
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