第5話 カデクス
──……街道を進み、その先に有った丘を越えると街の外壁が見えて来た。
「あれがカデクスの街か。……エクスよりも大きい感じだな」
見えてきた外壁はエクスよりも横に長く、高く見えた。
「そうだな。大きさも人口も凡そ、エクスの倍近かったはずだ」
俺の言葉にマルクスさんが教えてくれる。
流石は中継都市だなと思う。エクスは最西端の辺境都市だった、だから人が集まると言っても周辺の町や村ばかりだ。でもこのカデクスは都市間に有るから、その分人も物も多くなる。
そんな話を皆でしながら、歩いて入場門の近くまで来た。車は既に異界庫の中だ。
「は~い、こちらにカードをお願いします!」
遠くからでも聞こえる、いつもの魔導器へのカード照会の声。
俺達も列に並ぼうとゆっくり其方に足を向けた時、マルクスさんが、待ったをかける。
「あぁ、我等はこちらだ。こちらから直接入る」
そう言って、門兵の立つところへ直接向かう。
俺達も一緒に向かうと、マルクスさんが先頭で衛兵の一人に声を掛ける。
「エリクス辺境伯、騎士団副長のマルクスだ。ここの責任者を頼む」
そう言って懐から紋章の付いた短剣を取り出し、兵に見せると、彼は慌てて「少々お待ちください!」と言って、後ろの通用口から中へ入って行った。
暫くすると通用口から、幾分小綺麗な軽装鎧を着た男が何人かの兵と一緒に、飛び出す様に出て来た。
「これはこれは、マルクス様! 代官様より聞いております! ようこそカデクスへ!さあ、こちらからどうぞ! 通用門故狭いですがご容赦を」
「うむ、面倒を掛ける」
そう言って、俺達を引き連れて、その門をくぐって行く。
通用口を抜けると部屋になっていた。所謂衛兵詰所のような場所だ。そこを素通りして廊下部分を通り、別の部屋に案内された。
「ここは?」
思わず声を出して聞いてしまった。
その部屋は豪華な装飾があしらわれ、応接セットまで並んでいた。
これで、窓でもあれば立派な邸宅の応接間だと思ってしまう。
「此処は要人用の待機および、接見の間だ」
マルクスさんの言葉に何じゃそれ? と思っていると念話でシスが補足してくれた。
《ここは、所謂緩衝部屋です。主に外国の要人や大商人等を、国内の街にいきなり入れない為に造られた部屋です。それ故、各種魔道具が潜在しています。鑑定阻害無効もあります》
あぁ、なるほどねぇ~。要人だからと簡単に入れてたら不味いもんな。
俺が一人感心していると、先程の責任者っぽい人と何かの魔道具を何人かの人が持ってくる。
「申し訳ございませんがこちらにカードをお願いします」
魔道具を設置した一人がそう言って、頭を下げる。
あぁ、あれも魔導器なんだと感心しながら、皆でカードを通していく。
全員がカードを通すと、責任者の人が小さくうなずき、他の人間は機械を持って出て行った。
「皆さま方の確認が取れました。ようこそ、カデクスの街へ。ほどなく馬車が参ります。暫しこちらでごゆるりと」
そう言うと、入れ替わりに給仕のメイドさんがお茶をテーブルに並べ始め、責任者は部屋を出て行った。
「やれやれ、貴人の移動はやはりかたっ苦しいのぉ」
ソファにドカッと座り、ぐでぇとなってセリスがボヤく。俺達も面倒では有ったので、ふぅ。とため息を漏らしながら、各々ソファに腰掛けた。
「ははは。セリス様、まぁそう言わずに。これが一番あとくされが有りませんので」
「ふん…まったくもって面倒じゃ」
マルクスさんが、セリスを宥めてくれるので、俺達もゆっくりする事にした。
暫くお茶を飲んだり皆で話をしていると、馬車が着いたと呼びに来た。詰所から門を通り抜け、そのまま街中側へと出ると直ぐに馬車が横付けされていた。そのまま扉を開き、待っている御者を見ながら馬車の中へ入って行く。
「ふぅ。この街では観光云々は無理そうじゃのう」
「まぁ、今回はいいじゃん。そもそも目的は王都だし」
セリスはぶつぶつボヤキながらも、馬車に乗り込んで行く。
彼女の気持ちが分からない事もない。俺も初めてきた街だ、少しは歩いてみたいと思うが、今は急ぎの旅の途中なのだ。機会は今度に取っておこう。
最後に乗り込むマルクスさんが御者に邸宅に直接向かってくれと言い、自分で扉を閉めた。
御者はそのまま前方の御者席に着くと、「では参ります」と声を掛け馬車はガタガタと石畳を踏みながらカッポカッポと馬の蹄鉄を響かせて走り始めた。
整備された馬車道を規則正しい音を奏でながら馬車は進む。窓のカーテンの隙間から外を窺うと、中心部へと真っすぐ延びた大通りを進んでいた。至る所に馬車留めが有り、広くとられたこの道は馬車がすれ違う事も余裕で出来るなぁと思いながら、街並みを眺める。
建物はみな大きく、背の高い建屋が目立つ。大通りのメインストリートだからだろう。何かの商店が立ち並び、たまにショーウインドウの様にガラス張りの場所も幾つか見えた。所々でロータリーの様になっていて、横道に繋がっていた。その中心部は広場にされており、屋台が有ったり、噴水が設置されていたりと、エクスとは全く違う大きな街だと実感していた。
──それはもうすぐ次の街区に入ろうかと言う時に起こった。
”ヒヒーン”
「きゃぁあ」
「危ない!!」
「うわぁ!」
俺達の乗った馬車がいきなり激しい振動と共に止まる。馬が嘶き棹立ちとなり、その拍子に御者が落ちたようだった。
「なんだ?!」
「マズイ! 降りるぞ!」
「え??」
「ノートさんこっちへ!!」
俺は揺れる馬車の中でどうしていいか分からずにオロオロしていると、
キャロルが俺の腕を取り、車外へ飛び出した。そこへシェリーとセリスが飛んでくる。
マルクスさんは既に御者席に居て、暴れる馬の手綱を引いていた。
「どおうどう!!…落ち着け! 大丈夫だぁ! どおうどおう!」
暫く興奮した馬は、ぶるるぶるると言っていたが何とか落ち着き、落ちた御者も無事だったようで、マルクスさんに頭を下げていた。
「一体どうした? 何が有ったのだ?」
周りはすでに野次馬が集まり騒然となった中、マルクスさんが御者に事情を聴く。
「は、はい…それがですね…いきなりそいつが飛び出してきまして」
言われて皆で御者の示した方を見てみると、そこには襤褸を纏った女性が一人、馬車道の只中に蹲っていた。
その女性はひどく痩せ、まるで手足は小枝の様に細く、そして首には大きな首輪が嵌まっていた。
虚ろな目をして焦点はあわず、口は少し開いたままで今の状況すら分かっていない感じだった。
「…奴隷? なのか?」
俺の言葉に皆が静まり返る。この国に表立って奴隷制度は無くなって久しい。だから闇奴隷商人等と言う屑が存在するのだから。
しかも彼女は見るからに衰弱している。そしてあの首輪。人種すらも判別できない程に汚れ、ぼろぼろの状態だ。何故性別が分かるのかと言えば慎ましくはあったが、胸が半分以上露出しているからだ。
体はがりがりにやせ細っているにも拘らず、胸だけはしっかり確認できた。
しかしなぜそんな彼女がこんな街のしかも貴族街に近い場所に…。
──ふとエクスでの苦い経験を思い出す。
「とにかく、彼女を馬車に。貴族街の門に居る衛兵を呼んでくれ!」
マルクスさんが野次馬に話しかけると、何人かの人が走って行くのが見えた。
「キャロル殿とシェリー殿にお願いしてもよろしいか? 先ずは傷の有無を確認して欲しい」
「「はい」」
二人はすぐに行動に移し、彼女の傍に駆け寄り話しかけるが返事は無かった。その場で動かない彼女を放置することも出来ないので、仕方なく二人で抱える様に彼女を運ぶが、当人はされるがままだった。
「…どうされますか? セリス様」
「…さすがに衛兵に引き渡して捨て置く訳には行くまい。首輪の件も気にかかるしな」
「うん。確実に不味いなぁ。超面倒になりそうなんだよなぁ」
「なんじゃ? 何かあるのか」
「あのさセリス。俺、鑑定持ちなの忘れてない?」
「何か分かったのか!?」
「ここじゃダメだな。後彼女は引き渡しはしない方向で」
「そ、それはどういう──」
俺は二人にだから今はダメだと念を押す。こんな事言える訳ないじゃんか。
鑑定には彼女の称号が出てたんだよね。──【元聖女】って。
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