第4話 AIの憂鬱
「ハカセちゃん、どうしたのですぅ?」
「なんだ? 何かあるのか?」
エクスの冒険者ギルドマスターの部屋で、結界術を練習中のサラは文言を発声し、術が展開した直後に急にそんな事を言う。
セーリスはその声を聴き、結果二人でハカセの方を見る。
《……ん、ああ、いやノートがチョットな》
ハカセはそう答えながら、溜息の様なものを吐き出す。
一体あのバカは王と何を遊んでいるんだ……王も王だ。噛みつくなんて。
ハカセは、ノートの契約精霊である。今は縁あってサラの保護、監視役
を自ら買ってサラの傍にいるのだ。ヒュームにして精霊眼を持ち、光と
生命の精霊との契約者。
精霊眼はユニークスキルでは有るが、ヒュームとしては固有に近い。
その理由は、最も精霊と親和性に乏しいから。唯一の例外に聖教会の聖女になる者には、代々受け継がれている。秘術とされるその内容は、教会内でも最高位の教皇とその側近にしか知られていない。
──そんな精霊眼を持つ平民の彼女。
それだけでも狙われる理由は十二分なのに、彼女はその上に光と生命の精霊と契約している。
この世界で使える回復魔術は光系統の術式と、精霊由来の回復魔法。
光系統は魔術でも出来るが、外科的な物だけ。内科的な物は不可能である。光の精霊を使った魔法の場合部位欠損は繋ぐ事が出来るなど、手術的な効果が増えるだけだ。
恐らくそれは光と言う、根源的な意味で物質変換を魔素で補っているからと考えられている。
そこで出てくるのが生命の精霊。この精霊が使えれば、病気や内科的疾患を治癒可能になる。但し、ヒュームでこの精霊と契約できるものはほぼいない為、薬師が活躍できている。
そして、唯一無二の【奇跡】とも言われる、精霊回復術式魔法。
魔術を使って、光と生命の精霊の力を使う、最も強力な魔法。
死んでさえいなければ、欠損部位は瞬時に再生し、病気さえも一瞬で完治させると言う。
──……サラはその全てを持ってしまっているのだ。
彼女はそれを隠していたが、ひょんなことから、いろんな人にバレてしまった。その時はたまたまノートが解決してくれたが、その程度で引き下がるような連中ではない。だから彼女は自身で精霊術を覚える事にしたのだった。
……この娘、精霊眼のせいで辛い思いをしたろうに…それでも精霊と共に歩む道を選ぶとは。精霊たちは自然の力そのものだ。故に悪しき者にはその気配すら見せん。だと言うのにこの部屋にはこんなにもの精霊達が……。ふっ、ノートの時とは違うな。皆彼女の周りで遊ぶだけだ。
ふとノートが精霊にもみくちゃにされていた事を思い出す。体中に纏わりつかれ、口やら鼻を拡げられて……。まぁ、あれも彼らの愛情表現なのだったんだろう。
その証拠に、今我らが王も同じことをノートにやっていらっしゃるのだから……。
「今度は何か、笑ってますぅ?」
そう言いながら、サラもニコニコしていた。
「ノートさん、何かいいことあったんですか?」
《いや、そうでは──》
《ハカセさん、宿に不審者二発見》
ふぅ~。凝りもせずにまた宿にか……。ありがとうシス。
《サラ、セーリス。少し外すので、ここは頼む》
「ファ?」
「了解だ」
《風よ……*+*+*+*+》
ハカセは文言を発しながら、溶けるように姿を消し、風に吹かれてその場を去る。
「さて、ポケっとしない。結界の範囲が不安定になって居るぞ」
「へぁ? あ!」
”ボフン!”
”ドテン”
「痛いですぅ!」
********************************
「あぁ~~くそぉ、そこら中に嚙みつきやがってぇ。痛いじゃねぇか」
セレスになったセリスを皆でなんとか引き離し、身体を摩る。
”ガルルルル!” ”ガウ!”
引き剝がされたセレスは、まだ足りないと言わんばかりに、歯をむき出しに唸っていた。
「あのなぁ。中身はセレスでも、その体はセリスなんだぞ! ちょっとは考えろ!」
『やかましい!! 体の事をまだいうか!』
「当たり前だ! つるペタ幼女じゃないんだぞ! ムニムニのふわサラが
しがみついて来るんだ! そんなのがカミカミして来てみろ! もうちょっとで変な扉が開くとこだったわ!」
「………おまえ、何言ってるんだ?」
言われた意味が理解できず、思わず素で聞き返してくるセレス。
「素で返すな! ちょっとぞわってなっちゃったじゃねぇか!!」
「ノート君、そう言うのがしたいの?」
「ファ??」
「ノートさん、甘噛みは私得意です!」
ふと頭上から、そんな声が聞こえてくる。何故だかすうぅと寒気がした。
「え?! な、な…ないないないよ! あはは! ある訳ないじゃん!」
やべぇよやべぇ! 二人には犬歯が有るんだ! 甘噛みでぷすっとか怖い!
『……サラなら大丈夫だ』
「え?! なにが?」
急にセレス様が話に割り込んで来た。何が大丈夫なんだ?
『ハカセとシスが連携して居る。今さっきも宿に向かった不審者を撃退しおったわ』
「はぇ? シスゥ??」
《はい。ハカセはマスターと魔力で繋がっていますので、常時連携が起動中です》
「は?! ちょいちょいちょい! イミフですから嚙み砕いて」
《…バックグラウンドで、ハカセと常に繋がって情報を得ています》
「うん? 要するに、パソコンで言う所のクッキーを使用してるって事?」
《概ね、その理解で正解です》
「はぁ~~~。廃スぺだぁ」
《ですので、非常事態の際はお知らせ致します》
「じゃぁ今は問題ないって事?」
《はい。サラ嬢も順調に精霊術をマスターしています》
何故だか一瞬寒気がした。
シスは俺の独立したもう一人の俺だったはずだ。シス自身もそう言っていた。
だけど、コイツは既に俺の理解の範疇を超えている。
まるで、スマホに出てくるお勧め広告を自動選別するAIと同じ……。
俺の思いつかないことまで、既に俺の知らないところで完結させている感じ。
シスをこのまま頼って良いのかと一瞬考えたが、既に独立している以上、止められないのに気が付いた。昔から言われていた事だ。ホーキング博士の遺言の通りになっちまった。クソ、嫌な宿題作ってしまった。
とにかく今すぐどうにか出来るものじゃない。
「……そうか、分かった。でもシス、報告は必ずしてくれ。俺の知らないところで事が進むのは困る。じゃないと最悪お前を疑ってしまうかもしれないからさ」
《……了解しました》
──皆は俺とシスの会話を黙って聞いていた。
少しの間の後、セレス様が用は済んだとセリスと替わり、キャロルとシェリーがテーブルを片付け始める。俺は何となく気まずい雰囲気になったので、先に休むと言って自室に入った。
「さっきのノートさん、少し変でしたね」
「そうね。自分のスキルを疑うなんて…どういう事なのかしら」
「お前達、シスの事をスキルだなどとはもう考えるな。アレはもはや精霊と同じ様な存在じゃと思え。自我を持ち、仮初の身体を持った個の存在じゃ」
セリスが俺の入った部屋の扉を見ながらそう言い、儂も寝ると部屋に戻って行った。
二人は顔を見合わせてから、俺の部屋を心配そうに眺めていた。
◇ ◇ ◇
”コンコンコン”
「ノートさん、朝の準備が出来ましたよ」
昨日はなかなか寝付けず、部屋で悶々としてしまい、キャロルの声で目が覚めた。まだ覚醒してない頭で返事をし、だるい体を無理やり起こす。
窓を開けると朝の澄んだ空気が肺に満たされ、昇った日差しに目を瞑る。
「ぁぁあ~~眩しい。朝だなぁ……。ってかねみぃ、寝不足だぁ」
《おはようございます。冷水での洗顔を推奨します。》
「おを!!? あ、あぁおはようシス。冷水はちょっと嫌だぁ」
誰のせいで寝不足になったと思ってるんだと思いながら、シスと共に部屋を出て、顔を洗って皆の所へ向かっていった。
「皆、おはよう、マルクスさんもおはようございます」
「「「「おはようございます」」」」
昨日のスープとパンで簡単な朝食を食べていると、マルクスさんが案の定、昨夜の話しを俺達にして、直ぐに代官屋敷に向かおうと話してきた。勿論、異論はないので門の手前で車を仕舞った後は、彼の先導で街に入る事となった。
「じゃ、行きますよ」
ハンドルを握り、助手席にキャロルを乗せてゆっくりとアクセルを踏む。
──……丘を越えればすぐ先に見える長大な壁。街道は広く真っすぐにその街へと向かって延びていた。
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