第3話 臍を噛む
「確かに我は特殊であろう。だが、別々に持つスキルとなれば別だ。固有については少ないだろうが風の属性はベーススキル。魔力補正はユニーク程度、魔技師や魔術スキル持ちの君ならわかるだろう。これらを国が集めればどうなるか。今の我の事を見れば自明だ」
彼の言いたい事はすぐにわかった。個々のスキル持ちを集めれば、最低三人で構成できる。そいつらが商人にでも偽装されたら、商隊やキャラバン隊などが町を動くだけでその国の情報が瞬時に、入手可能になる。……はぁ、どこの世界も為政者って奴は……。
「軍事利用ですか……。そう言う事を思い付く人、こっちでもいるんだ」
「あぁ、生活を豊かにしたいと思った発明のほとんどは転用出来るか、逆もありだ」
「そう……ですね。魔道具ってのは本来、生活の効率化の為の物のはずなのに。……偉い人たちってのは、やはり好きになれそうも無いです」
「……そうか。──君は優しいんだな。そしてお人好しでも有るんだな」
マルクスさんは少し棘のある言い方をする。
「すべての物事には必ず表と裏がある。君の見ている風景は表面だけの上っ面だ。……考えた事はあるか? 灯りの魔道具が出来たせいで、仕事を失った油売りの事を。魔導車の発明によって廃れ往く御者の仕事を。……確かに魔道具は生活を豊かにする。そうする事で文化や文明は発展し、世界は便利な世になって行くのだろう。だがね」
彼は一度、言葉を区切る。
「そうなる事で廃れ、消えてしまう……置き去りにされるモノもあるんだよ」
「それが裏だと?」
「いいや違う。裏じゃなくて事実だよ。良い悪いじゃない。唯の事実だ」
「……何が言いたいのですか? 責任を取れとでも? 置き去りになるモノを救済しろとでも言いたいんですか?」
「そうじゃない。正しく知って欲しいんだ。新しいモノを作る事を否定なんてしない。だが、そのモノをどう扱うか、どう扱われるかも、製作者としては知って欲しいんだ。……先程の言い方は嫌な言い方だった。それについては謝罪する。君の様な稀有な存在ならば、それこそこの世界を根底から覆すほどのモノを作ってしまえるだろう。だからもっと視野を大きくしてほしいのだよ」
──言葉が無かった。……言われて初めて気が付いた。この世界では俺が異常だって事。
この世界では魔術ありきだ。だから何でもできると思っていた。
本当はそうじゃなかった。魔素の吸収力には限度が有るし、使えるスキルも限定される。
──ここは物語の世界じゃなく、リアルなんだ。
自分の元の年齢を思い出す。地球での五十歳のオジサンの生活はどうだった?
朝、昨日の疲れの抜けない身体を引き摺る様に起こして顔を洗って着替え、満員電車で両手で荷物を抱える、痴漢にされない手段の一つ。会社で上司にしこたま叱責されて、得意先には当たり前の様に無理難題を押し付けられる。
結局、誰にも言えずに自腹で菓子折り買って土下座行脚でクライアントを巡り、気付けば終電ギリギリでコンビニ弁当をむさぼる日々だった。
休日に友達と遊ぶ? そんな事一度たりとも無かった。ひたすらゴミ掃除と、洗濯で一日が過ぎて行った。まぁ、休日自体もほとんど無かったな。
それでも眠るまでの数時間、ラノベやゲームが俺の宝物の時間だった。
そう。独り者の何者でもなかった俺の人生。これが事実だ。
特異な人生を除けば、普通の唯のモブオヤジ……。
この世界も同じ、もう俺の現実なんだ。好き勝手していい訳じゃない。
はは。こんな時、若いラノベ主人公なら、ポジティブになれるんだろう。鬼チートを持ってて、彼女だって二人も居る。もう勝ち確人生だもんな。
……はぁ~~~。マジへこむよ。今更、初歩的な事すら出来てなかったなんて。
イリス様と約束したのにさぁ……。この世界、救って見せるって。大神をぶん殴るって。
「なぁシス……。とりあえず、これからの創造は俺や仲間達の分だけにしておくよ」
《了解しました。リマインドします》
「……マルクスさん。今気づきましたよ。確かに上辺だけしか見ていませんでした。偉い人のモノの見方や捉え方、清濁併せ吞む事の意味。それを言いたかったんでしょ?」
「フム……察してくれたか。ならばこれ以上は言うまい」
「えぇ。遅かれ早かれ、そのレシーバーはもう世に出しました。いずれ世界は気付くでしょう。それがどれだけ貴重で重要な物かを。『情報は世界を制す』ですからね」
「では、これの改善点は……」
「教えるわけがないでしょう。俺はまだ、このエルデン・フリージアと言う国を知らないし、それ以前にどこかの国に所属したいとも今は思っていません」
俺がはっきりそう言うと、彼はレシーバーを仕舞いソファに背を預けた。
──その時小さく「今は……か」と呟いて。
「キチンと辺境拍にも聞こえていましたか?」
シェリーがそう言って、マルクスさんを見ていた。
「な、何のこと──」
「あぁ、無駄な言い訳はするな。魔素を見られるのはお主だけではないのじゃぞ。この車の中で、必死に飛ばしておったじゃないか。しっかりレシーバー握っての」
セリスが怖い笑顔で、シェリーの後を引き継いだ。
ずっと皆は気付いていた。彼はずっと発話ボタンを握ったままだと念話でシェリーが伝えて来たのだ。
これで、辺境伯様に俺の本音は伝わっただろう。
マルクスさんは必死に謝って来たが、別に怒ってないと伝えて部屋へ案内した。
「途中でお主何を考えておったんじゃ? かなり深刻そうな顔をしておったが?」
「そうです。大丈夫ですか?」
「何か嫌な事でも思い出したの?」
俺達だけになってソファに座った途端、セリスや皆がそう言ってくれる。
「まぁ、ちょっとね。昔のつまらなかった時代の人生を少し。でもそのおかげで、目が覚めたんだ。今ここにいる俺が現実だってね」
「そうか、じゃが魔導車は作るんじゃよな。な!?」
「仲間の物は良いんでしょう?」
急に前のめりになってセリスとシェリーがぐいぐい来る。
「あ、あぁそれは作る…って、近いよ二人共!!」
「あら、私は妻だもの、嫌なの?」
「ん~この際じゃ、儂も乳ならええぞ」
”スパン! スパン!”
「痛い!」
「みぎゃっ!」
「もう! 何言ってるんですか! ドサクサ紛れにセリスさんまで!」
キャロに二人は叩かれて頭を押さえていた。
「ブフッ! あははははは!」
急に笑い出した俺を皆はポカンと見るが、やがて一緒になって笑い合っていた。
◇ ◇ ◇
「やはり、道中での懐柔は難しいかと」
『その様だな。それにしてもそこまでその魔導車は隔絶しておるのか』
「は! 移動する家ですな。我にも個室が与えられています」
『何ともはや……一体幾つの魔道具が使われているんだ?』
「……見当もつきません」
『まぁ今その事は良い。それより先程連絡があった。カデクスについてだが、どうやら面倒事がギルドに有るらしい』
「ギルドにですか?」
『あぁ。冒険者ギルドのマスター失踪の件は聞いているな。どうやらレストリアでも何かあった様なのだ』
「そ、それはどういう事でしょう?」
『なんでも、通信部の者からギルマスが行方不明だと言って来たらしいのだが……』
「はぁ」
『テレジアと言う受付チーフが出張届を出していたらしくてな。それを伝えたら何やらそんな人間は居ないとか騒ぎ出したらしい。ただ、その直後に急に撤回したんだそうだ』
「どう言う事なんでしょう?」
『分からん。現在その事も踏まえて緊急連絡会が準備中だ。まさかとは思うが、本部で何かが動いたか、或いは連邦の仕業か……。なので、今ギルドはマズイ。代官に話は通してある。直接そちらへ向かえ』
「御意」
◇ ◇ ◇
《……との事です》
「シス……お前、監視止めたんじゃねぇの?」
《監視はしていません。聞こえて来ただけです》
「それは盗聴じゃねえか。はぁ~~~。それにしても面倒になって行くなぁ」
実際、マーカスとテレジアはこの世にいない。キャロルの異界鞄の中だ。撤回されたという事は、別の奴が変わったんだろう。恐らくそれは敵だろう。じゃなきゃ隠す理由が無いからな。
「エクスのギルドは大丈夫かなぁ。セリス、セーリスさんは大丈夫?」
「ん? 始祖様、向こうはどうです?」
『精霊王を使いの子供みたいにするな!! お前には契約精霊がおるじゃろうが!』
いきなりのセレス様に皆ビックリする。
「うお!! ビックリしたぁ! ってか久しぶりじゃん、ちびっ子セレス!」
『むきゃ────!! 誰がちびっ子だ! きさまぁ! 死ねー!』
久しぶりだったのと、彼女の本当の姿を思い出し、いたずら心が勝ってしまった。
しかし、そのせいでブチ切れたセレスは喚きながら俺に飛び掛かり、顔面に何故か齧り付いてきた。
「いぎゃ───!! テメェ、はなせ! この、ぐわー! そこは噛むな! 痛い痛い痛い!」
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