第1話 スピードスター誕生
第4章開幕です
翌日、マルクスさんを伴って町の外へと移動する。
「確か、移動には変わった魔導車を使っていると聞いたのだが」
「ええそうですよ。唯、余りにも変わった形なので、町中では出さない
様にしているんですよ」
そう言って街道を少しの間、歩いて行く。
「そろそろいいんじゃないか?」
セリスが町の方を振り返りながら言ってくる。
言われて後ろを確認すると、外壁が見えない程に小さくなっていた。
「そうだな、人通りもないしここで良いか。じゃあ皆ちょっと離れて」
異界庫から六輪駆動の魔導車を出す。その威容を初めて見たマルクスさんが、感嘆の声を漏らしながら近づいて行く。
「こ、これが魔導車…何と言う威容、ん? コレは鉄で出来ているのか?」
外装に触れてボディの材質にまた驚き、車の周りをぐるっと見まわしていく。
「さあマルクス殿、乗車しましょう。こちらからどうぞ」
後部ドアを開け、彼を案内する。
「あ、ああ、有難う」
中にそのまま乗車して、数秒後。
「ファ──?!」
転がる様に飛び出してくる。
「どうしました?」
「な、な、なな中が…何だこれ?!」
空間拡張に驚き、ドアを見て度肝を抜かれたマルクスさんは語彙を失くして、魚みたいにパクパクしだした。
「落ち着いてください! 大丈夫です! はい、深呼吸! すーはぁー、すーはぁー」
「…すーはー、スーハ…ちっがあう! なにあれ?! 広いよ、部屋だよ怖いよ!」
「はいはい。だから大丈夫ですって、空間魔術の魔道具が仕込んであるんです」
「え?…えぇ!? マジで! スゲエ!!」
「…あ、あの、キャラが変わってますよ」
「何が…あ! ンンッ! …済まんちょっと待ってくれ…ふぅ~。よし!」
「あ、あぁ、そんな高価な魔道具が、この車には使われているのかね?」
「はぁ…え? あれって高価なんですか? まぁ俺のは自作なんでタダですが」
「ファ…ンンッ、ノート君、キミ、空間魔術使える錬金師なの?」
「はぁ。そうです」
「まじかよ!」
「いい加減乗れ!!」
セリスさんの怒号が響いて来た。
未だ、興奮冷めやらぬままに、乗り込むマルクスさんを見ながら、運転席に行こうとすると、既にそこにはシェリーがニコニコ顔で座っている。助手席側には当然の如くセリスさん。
ため息交じりに、安全運転お願いと言って後ろに座るとキャロが涙目だった。
「…シェリーお願いだよ! 安全運転なんだよ! 横向きに前進とかしないでね!」
俺にしがみつきながらずっと懇願するキャロル。ペタンこお耳が超かわいい。
「大丈夫じゃ! 儂がきっちりナビしてやるでの。ゴーレムは既に展開済みじゃ!」
「は?! 今なんつった?! おい! 何でゴーレ──!」
「出発じゃぁぁああ!!」
「はい!!」
”キィィィィイイイン!!” ”ゴバァァアアア!!”
「うぎゃぁああ!!」
この魔導車は六輪駆動車である。いわゆるエンジン部は存在しない。よって、デフギアだとかドライブシャフトなどと言う減衰部分がそもそも無い。
回転部分は全てのタイヤのホイール内部にブラックボックス化して内蔵し、そのまま直で回転するのだ。つまり何が言いたいかと言うと。
──アクセルを踏めば踏み込んだ分だけ加速するのだ。
停車状態から、シェリーのテンションマックスでべた踏みされたアクセルは、その情報を正確に回転部へと伝え、車重によってしっかりと地面に食い込んだタイヤは空転することなく、地面を一気に蹴飛ばす様に走り出す。
そうして走り出した車内では否が応でも慣性が働き、加速度に対して
起きるGが発生。シェリーとセリスは前席のシートにしっかりホールドされるが、後部はそこまで作り込んでいない。特に最後部はシートの設定自体をしていなかったので、マルクスさんが後ろのドアまで吹っ飛んでいく。
「なんだぁぁあああ!? ぶげらぁ!!」
俺とキャロルは何とかシートにしがみつき、必死に声を張り上げる!
「シェリ──! スピード落としてぇええ!!」
「おほぉぉおおお!! 景色が一気に飛んでいくわぁぁああ!!」
……あぁ、駄目だ。ありゃどう見てもドライバーズハイだ。
あぁ、車の方であってくれ…特攻隊にはなりたくない…。
祈るような気持ちで前の二人を見ていると、セリスが何やら喚き出す。
「シェリー! 前方二百で四五R!」
「ラージャ!」
「WRCじゃねぇんだよ!!」
俺の声も空しく、車は前方の右カーブへとかっ飛んで行く。
「フンッ!」
シェリーは一言、気合いと共にハンドルを右に廻すと同時にアクセルを
瞬間緩め、再度踏み込む。そしてハンドルを左に切り返す。
”ズバババババババァアア!”
「きゃぁぁあああ! また横向いてるぅぅう!」
もはや神業レベルで巨体はドリフトしながら、綺麗にカーブを抜けて行く。その時前方に見える黒い影。
「シェリー! 前方に障害物! ビッグ・ボア!」
「ラジャ」
「え? それって意味が変わるの!?」
俺がビックリしている間にも状況は目まぐるしく変化していく。
彼女は絶妙なアクセルワークで車体をコントロールし、ボアの頭部に車体の後方部をぶつける。
”ブギャァァァァアア!”
綺麗に側頭部にヒットし、憐れビッグ・ボアはその巨体を錐もみさせて、絶命する。
その状況を俺は夢見心地で見るしかなかった。キャロルは既に気を失い、俺の腕の中で眠っている。
「フフフフ! 私の前は譲らない…何人たりとも…」
「あははは! シェリー! お前は天才じゃ! スピードスターの爆誕じゃあ!!」
その後もスピードが落ちる事は一切なく、キャロルは結局三度失神していた。
◇ ◇ ◇
「…んぁ。ここは?」
「あ、気付きましたか。気分はどうです?」
後部でずっとドアにへばり付けられていた、マルクスさんが目を覚ます。
「ん? あぁノート君、気分? は問題ない…いてて、何やらどこかに激突した様な」
「…すみません。運転手が急発進したもので、後ろに飛ばされてドアに…」
「……へ? あ、あぁそうなのか。…ん? 今まで我は気絶していたのか?」
マルクスさんは周りを見回して困惑しながら言う。
ここは街道の休憩所。既に日は暮れ、少し離れた場所で食事を用意している最中だ。
「…本当にゴメンナサイ。スピードを落とさず走り続けたので、マルクスさんはドアに張り付きっぱなしで、俺達も動けず。やっとさっき止まってくれたんです」
それを聞いたマルクスさんは、さあっと顔の血の気が引き、ドン引きしながら何とか笑顔を創り出す。
「へ…へぇ、そう…だったんだぁ…い、いや、無理に同行を頼んだのはこちらだから、謝罪は不要だよ…うん。…大丈夫、だいじょう…いや! 怖いよ! ゆっくり行こうよ!」
「…なんじゃい、仮にも貴様騎士団の副長であろうに、騎馬で突撃する訳でも無いのに、腑抜けた事を抜かしおるのぉ」
いつの間にやらこちらに近づいていた、セリスがそう言いながらマルクスさんを睨む。
「…いやいやいや、ビッグ・ボアと、フォレスト・ウルフの群れを蹂躙したじゃん。充分突撃だろ!」
つい、見ていた俺が突っ込んでしまう。それを聞いたマルクスさんは『え? マジで?』と零して、セリスを見上げる。
「ヌグッ…あ、アレは仕方ないじゃろうが! 向こうが突っ込んで来たんじゃから」
「…はぁ~~~。その件はもう良いよ、さっき散々怒ったからね。でもシェリーは当分運転禁止だから。コレは譲らない」
「何じゃぁ~、お主も肝っ玉の小さい奴じゃの~。別に誰かが怪我した訳でも無いのにちょ~っとスピード出したぐらいでギャアギャア言いおってから」
「怪我してからじゃ遅いだろうが!」
「な~にを言っておるか、そんな物お主のポーションで、一発じゃろが」
「クッ…憎い! 何でもできる俺の才能が憎い! おかげで全部言い返されてしまう!」
「大体、そんな事ばっかり言っておると、甲斐性なしじゃとシェリーに愛想尽かされるぞ」
「なん…だと!?」
「そんな事にはならないわよ。それに、私が悪いのは間違って無いから」
「シェリー…」
「本当にごめんなさい。だけど、どうしてもだめだった。あのスピード感、疾走感と爽快感、心の底から本能で求めてしまうの…だから、運転はしない事にするわ」
その言葉に皆が静まり返ってしまう。
そこまで追い詰める気なんて無いのに…。
《では、この際彼女たち用にもう一台マスターが創れば良いのでは?》
──…シスのそんな悪魔の囁きが、皆の耳に届いて来た。
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