第6話 英雄物語
色々と忙しく、昨日投稿できませんでした...
凍えるような冬が明け、温かくて気持ちの良い春がやって来る。冬の間に葉を落としていた木は再び葉を生やし、融けかけた雪の中から可愛らしい花が咲く。日の出ている時間が長くなり、ポカポカと温かくなる。
クロと出会ってから、あっという間に半年が経った。
僕とクロの関係は相変わらずで、仲良くお手伝いをしたり、森に遊びに行ったりしている。村人たちの情報網は恐ろしいもので、今ではほぼ全員の人にクロのことが知れ渡っている――もちろん、誰もクロが話すことは知らないが――。
4月のある日、僕たちは、いつも起こしてくれる鶏より早く起きた。まだお父さんとお母さんは寝ている。起こすと悪いので、カーテンは開けないでおく。
そのまま僕の家を出て、急いで村の広場に向かう。村の端っこにある僕の家からは割と距離があるが、楽しみなことがあるため、苦ではない――まぁ、帰るときは別として――。
『急ごう!始まっちゃう!』
「うん!せっかく吟遊詩人さんが村に立ち寄って、王国の英雄物語を聞かせてくれるんだ!聞き逃すわけにはいかない!」
今言ったように、楽しみなことというのは、吟遊詩人の英雄物語の詩だ。この村周辺にモンスターは少ないが、王国の領地の中ではかなり辺境にある上、深い森で囲まれているため、旅の吟遊詩人や商人が立ち寄ることは滅多にない。
なので、今聞き逃したら次いつ聞けるか、あるいはもう聞けないかもしれないのだ。
広場への道を、英雄物語を想像しながら全力で走った。
◆◇◆◇◆
クタクタになりながらも、何とか詩が始まる前に広場に来ることができた。まだ全力疾走の余韻が残っていて、呼吸が整わず、心臓が自分でもわかるほど大きく鳴る。
広場には既に、他の子どもたちがいるため、その横に座る。
広場といっても大層なものではなく、短い芝生とそれなりのスペース、そしてそれを囲む木の柵があるだけだ。だが、村でイベントがあるときは大体ここで行う。
「まだかなぁ…」
他の子どもたちに聞こえて変に思われないよう、小声でクロに話しかける。
『まぁまぁ、落ち着きなって。焦って何も変わらないよ?』
「そりゃそうだけどさぁ…やっぱり楽しみだからしょうがないじゃん!」
『ふふっ、それもそうだね!』
ワクワクしながら座って待っていると、吟遊詩人がやってきて、僕たちの前に立つ。
吟遊詩人は、白く大きい帽子をかぶり、黒い服に身を包んだ、身長が高めの男だ。手にはリュートにハープ、そして太鼓のような楽器を持っている。見ている限り緊張は全くなく、慣れているように見える。
吟遊詩人は帽子を押さえながら一礼すると、詩を始めた。
「…これより詠いますは、世界中を旅した二人の冒険者の物語――」
始まりの言葉が終わると同時に、一つ、大きな太鼓の音が響く。
「世界中の命の源たる世界樹、その世界樹を喰らい尽くさんとした邪悪なる竜。その名はニーズヘッグ。強大な敵ニーズヘッグ、かの竜に立ちはだかるは、二人の冒険者」
「一人は片手剣を扱う素早い身のこなしの男、冒険者アクシオン。だが、その素早い身のこなしから繰り出される一撃をなめてはいけない!彼の放つ剣撃は、あらゆる魔物を切り裂き、あらゆる攻撃から仲間を守るのだ!」
「もう一人は数多くの魔法を扱う女、冒険者アルタ。すべてを焼き尽くす業火の魔法から、離れた腕をつなぎ合わせるほどの癒しの魔法まで、あらゆる魔法を使いこなす魔術師であり、幼馴染であるアクシオンとの連携は見る物を圧倒するという!」
多少は誇張も混ざっているだろうが、吟遊詩人の英雄物語とはそういうものだ。人に夢を与える、その夢を受けとり、自らも英雄となったものは数多くいるだろう。
ともかく、二人の冒険者の凄まじい力に、広場に集まった人々からは驚愕という感情を感じる。
『あらゆる魔物を切り裂くだって!見てみたい!』
「そうだね…!一度でいいから見てみたいよ」
吟遊詩人は一度息を吸い、そして、暗めの音楽を奏で始める。話の内容により演奏の仕方や楽器を変えることで、雰囲気を作っているのだ。
「だが、二人の冒険者の前に、過去最大の難敵、ニーズヘッグが現れる!長き時を生きたその竜は、天を揺るがす咆哮を上げ、二人の冒険者に襲い掛かる!」
絶望的にさえ聞こえる音楽、そして戦いの幕開けに、観客たちは息を呑む。静かな空間の中で、吟遊詩人の音楽と、詩だけが響く。
「ニーズヘッグはその鋭い爪で、アクシオンを切り刻まんとする!アクシオンは間一髪のところで避け、反撃に出ようと、鋭く磨き上げられた愛剣を抜き、巨大なニーズヘッグへ怯むことなく構える!」
「再び繰り出されたニーズヘッグの爪を、アクシオンの剣が流し、その勢いのままにニーグヘッグの目に突き刺さる!ニーグヘッグは驚愕と怒りの籠った咆哮を上げ、暴れ始める!」
子供たちの目が輝く。冒険者アクシオンの方が優勢であり、このままならニーグヘッグを倒せると思ったからだろう。だが、その程度の話なら英雄物語にはならない。
アクシオンが敵を倒そうとする勇ましい音楽から打って変わり、絶望的な音楽が流れ始める。
「このまま邪悪なる竜、ニーグヘッグを倒せる!誰しもがそう思ったとき、突然、ニーグヘッグの口より黒く燃える炎のブレスが溢れ出る!見たこともない程のどす黒く、邪悪なそのブレスは、アクシオンの心臓、ただ一点に向かう!」
「攻撃に出たアクシオンには避ける力がなかったのだ!――だが!アクシオンが死を覚悟することはなかった!」
「ニーズヘッグの力は確かなものだった!相手がこの二人の冒険者でなければ、容易に勝利を掴んでいたことだろう!しかし、怒りからかニーズヘッグは忘れていたのだ!
「――もう一人の冒険者、アルタの存在を!」
アクシオンの敗北を思わせる展開から、一気に場面が変わり、観客たちの表情が明るくなるのがわかる。同時に、詩はクライマックスへと入っていく。
「心臓を貫かんとしていたブレスは、突如現れた魔法障壁によってかき消される!ニーズヘッグの渾身の一撃であったブレスだが、アルタの魔法の前では塵も同然!障壁に傷をつけることすらなく、魔力が分解され空気中に散らばる!」
「二人の冒険者はお互いの顔を少し見て、ニヤリと笑った!故郷を出て今この時に至るまで、常にともにいた彼らは、言葉無くして意思疎通が可能なのだ!」
「アクシオンは剣を引き抜き、邪悪な竜に向けて構える!だが、その構えはいつもの者とは違い、必殺の構えだった!」
「アルタは月光の下、神秘的な杖を持ち、複雑な呪文を唱える!目を閉じて集中し、魔法を構築していくその姿は、まるで女神のようだという!」
演奏が突然消え、観客も息を呑む。しばらくの沈黙の後、吟遊詩人は話し始めた。
「アルタの杖から放たれた、闇夜を照らす炎の魔法は、ニーズヘッグに向かう!同時に、アクシオンは無駄のない動きで剣を振り、一瞬でニーズヘッグの目の前に現れる!アルタの炎は綺麗にアクシオンだけを避け、ニーズヘッグの体を焼き尽くさんとする!炎にあぶられ柔らかくなったニーズヘッグの体を、アクシオンの必殺の剣が――断ち切った!」
観客から歓声が上がる。ついに訪れた勝利、実際にそこにいたわけではないが、本当に戦場に立っていた気分になった。緊張がとけ、喜びがあふれだしてきたのだろう。
「世界樹を喰いつくさんとした邪悪な竜、ニーズヘッグ!その体は今、真っ二つに分かれ、赤き血潮を上げている!そして、天を揺るがす悲鳴を上げ、死に至る!」
遂にニーズヘッグが死に、歓声はますます大きくなる。その歓声が止むにはしばらくの時間がかかった。
「こうして二人の冒険者は悪しき竜を打ち取り、多くの財貨と賞賛を得た。彼らは今も、何処かの地で冒険を続けている――」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
アドバイスなんかを頂けると幸いです。
それでは、またいつか