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隠れ家の住人たち・2

 カウスの言葉に、スピカもアレスも顔を見合わせた。

 スピカからしてみれば、生まれてこの方自分の大アルカナが見つかったら処刑されると聞かされて育ったため、必死に自身のアルカナを秘匿し続けていた彼女は、他の大アルカナについて詳しくなかった。

 カウスの指摘である、危ない大アルカナよりどうして自分たち【運命の輪】が危険視されて処刑対象にされているのか、考えたこともなかったのだ。


「んーんーんー? たしかに俺もこいつから能力聞いて変だなあと思ってました。ほとんど小アルカナと変わんねえ俺よりも弱っちいこいつが、どうして処刑されないと駄目なんだろうって」


 アレスはそう言って、ひょーいとチーズを口に放り投げて食べる。それにデネボラは苦笑しながら言った。


「そうさね。あたしたちも、まさかあんたみたいな子が、【世界】から敵視されているなんて思ってもみなかったしねえ」

「……そもそも私、魔力だってそんなにないですし、できないことのほうが多いですよ?」

「ああ。だが、【世界】から敵視されている。これはあくまで俺の推測だが」


 カウスは自身もチーズを手に取ってもぐもぐと食べてから、考えを吐き出した。


「貴様が魔力が足りなくって使えないって言っている能力、それが【世界】にとっちゃまずいもんなんだろう。ちなみに貴様は親戚にも同じ【運命の輪】がいると言っていたな? そいつの魔力量はどうなんだ?」

「おじさ……親戚ですけど、神官をずっとやっていて、神殿と教会の仕事を続けられる程度の魔力です」


 神官は絶えずアルカナを見守り、生まれた子のアルカナの選別も行っているのだ。魔力が平民よりも多いものの貴族には及ばないというのが一般的だ。

 莫大な魔力を持っている神官は、たいてい神官長として別途教育を施されるのが一般的だ。

 スピカの返答に、カウスがソファーであぐらをかきながら頷いた。


「ああ……だとしたら、そこそこ育つってところか」


 カウスの言葉の意図がわからず、スピカは困り果てた顔で隣のアレスを見つめるが、アレスもわからんという顔で首をぶんぶん横に振ったあと、ビールを呷った。スピカも仕方ないという顔でちびちびとビールを飲んだところで、カウスは次の句を告げた。


「まあ、この学園にいる以上必修には絶対に魔法授業がある。貴様はそこで魔力を育てろ。その最後の能力を使える程度になあ」

「……魔力って、育てば量って増えるもんなんですかね?」


 そもそも叔父以外は小アルカナに取り囲まれて育ったスピカは、魔力のありがたさも魔法の強さもわからずにいた。

 それにアレスは口を挟む。


「一応増やそうと思えば増やせるだろ。筋肉と一緒で、鍛えたら鍛えた分だけ増えんだよ」


 平民とはいえど、どうも王都では魔法授業は一般的なものだったらしい。王都の常識がさっぱりわからないスピカは、それに感心する。


「そういうもんなんだ。ええっと、わかりました……ええっと、あと質問いいですか?」

「なんだ?」

「……てっきり私、革命組織に参加しろとか言われるのかなと思ってたんですけど……違ったんですか?」


 スピカの言葉に、カウスが「はあ」と嘆息した。


「まだ入学したてのガキに死ねって命令できるか。一応聞いてるんだろ。ここは死んでも治外法権だから、誰もなにも関与できねえ。つまり死んだらおしまいってことだ。ただ貴様が生きてればその分だけ【世界】に嫌がらせができるし、あいつらの敷いたルールをひっくり返せるかもしれねえ。それで充分だ」

「はあ……」

「あと、ついでに言っておいてやる」


 カウスは指を折った。


「さっきも言ったが、【魔法使い】、【死神】、【吊された男】、【悪魔】、【塔】……このアルカナの奴にはなるべく関わるな。アルカナもだが、性格破綻者が多過ぎる」

「【魔法使い】ならナブー先輩には会いましたけど?」

「ありゃ生徒会も敵には回したくないが味方にしても足を引っ張りかねんと放置してる奴だ。まあ、ありゃ愉快犯だから、面白いと判断したほうの面倒を見ることはたまにある。敵に回すと厄介だし味方にしても引きずり回されるのがオチだから、相談役程度に留めておけ。【死神】はうちにも一応いるが……まあ、貴様らと相性はそこまでよかないだろう」

「まだナブーのほうがマシなくらいだからねえ、他のアルカナの奴は意思疎通がまず無理な奴が多いから」

「そうだったんですか……」


 スピカは覚えないといけないことが多いと、指で数えながら頷いた。

 あのどこからどう見ても不審人物が、生徒会からも革命組織からも倦厭されている人物とは思ってもいなかったが、彼がいなかったらアレスが【愚者】のコピー能力で対処できず、【恋人たち】の撃退はまずできなかったのだから、今後も会ったら挨拶する程度に仲を保っておくほうがいいのだろう。

 他のアルカナも、知っている面子の中にはいなかったが、こちらも出会い次第に逃げたほうがよさそうだ。逃げたり秘匿したりは、スピカの得意とするところだから、【恋人たち】のときのように戦闘にさえならなかったら問題ないだろう。


「あと。生徒会執行部の連中は、頭は硬いが、まだ平民に対しても多少理解があるからまだマシだ。問題は五貴人だ。あいつらは話がほぼ通じない上に、全員のアルカナがゾーン持ちだ。お前ら魔力がまだほとんどないんだったら、ゾーンに連れ込まれたら脱出するのはまず不可能だ。今は負けるから、出会ったらさっさと寮にでも逃げろ」

「……寮で寝込みを襲われたりする心配はないんすか?」


 アレスが怖々と尋ねると、それにカウスはひらひらと手を振った。


「それはねえ。あそこの寮母、俺と同じ【戦車】のアルカナ所持者だ。寮全体は寮母のゾーンになってて、相手を害するアルカナ能力は一切使えねえ完全中立地帯だ。【世界】はともかく、学園運営者は平民の学びを奪うことに対しては懐疑的なんだよ。さすがに【世界】も、学園運営者が全員大アルカナなのに、そいつら全員を敵に回すような馬鹿な真似はしないだろ」


 そこにスピカは少なからずほっとした。

 貴族は全員が全員平民を踏みつけても平気なのかと思いかけていたが、まともな人間が学園運営に回っていたらしい。

 アレスはアレスで、まだカウスの言葉を完全には信用できていないらしい。


「でも町だと買い物できないじゃないっすか」

「ありゃ貴族の坊ちゃん嬢ちゃん用だ。平民は寮でおとなしく勉強だけしてろだから、矛盾はしてねえんだよ。寮も校舎内の購買部も、平民価格だからな」

「……なるほど。平民に娯楽は不要って理屈っすか」


 ……一応学園運営者も、いろいろ考えあってのことらしい。完全に平民の敵ではないだけで、味方でもないと。そうスピカが納得したところで。

 ドシン、ドシンと出入り口から音がすることに気付いた。


「兄さん、生徒会が!」


 革命組織のひとりが叫ぶ。

 それにスピカは「ひいっ!」と悲鳴を上げ、アレスが思わず立ち上がってローブの下のカードフォルダーに手を付けるが、カウスとデネボラは心底面倒臭そうな顔をしただけだった。


「なんだ、またあのガキが来たか。おい、アセルス、出口をつくるから、そこから新入生を寮に送ってやれ」

「はあい」


 ビールを飲んでいた中から、ひょっこりと赤い巻き毛の美女が出てきて、スピカとアレスを手招いた。革命組織の面子は、中身はともかく見た目は荒くれ者が多い中、彼女だけは全体的に人の好さを醸し出していた。


「それじゃあ、こちらお願いしますね」

「ああ。まあ、俺たちはこの辺りで適当の位置を変えながらいるから、もし現在地が聞きたかったらばあさんにでも聞け」

「わ、かりました! ビールごちそうさまでした!」


 ふたりはアセルスと呼ばれた女性について、慌ててカウスのゾーンを脱出することとなった。

 カウスはふたりがアセルスに連れられていなくなったのを見届けてから、このゾーンを壊そうとするのを見た。


「また来たのか。貴様ひとりじゃどうにもならんってもうわかってるだろうが」

「諦めたら、そこで試合は終了なんですよ!」

「そんなスポーツみたいな公式ルール、ねえだろ」

「悪には屈しませんっ!!」


 そのままドシン、ドシンとゾーンに穴が空き、とうとうひびが割れた。

 また新しくゾーンを張り直さないといけないなと、カウスは溜息つきながら、完全に立ち上がった。

 そこにはメガネをキラーンと光らせた少女が立っていた。栗色の髪を三つ編みのお下げに垂らし、メガネの向こう側の瞳は翡翠色の、いかにも真面目くさった少女であった。


「生徒会執行部です! 革命組織は、解散なさい!!」


 革命組織の誰もかれもが溜息をついていた。彼女の猪突猛進な言動に傍迷惑な正義感はともかく、力が中途半端に強いのだから、たちが悪い。

 一番たちが悪いのは、この猪突猛進娘が生徒会執行部で一番弱いという点である。


****


 カウスのゾーンを抜けた頃には、すっかりと日が暮れてしまっていた。空には星がまばらに散らばっている。

 アセルスに連れられ、路地裏から出たスピカとアレスは、ズドーンという音が路地裏から響いて、驚いて振り返る。


「あ、あのう……生徒会だって聞きましたけど、大丈夫なんですか? その……カウスさんたち放置しておいて」

「大丈夫ですわ。カウスさんもデネボラさんも強いんですもの。皆、一日のノルマくらいにしか思ってませんから、心配しなくても結構ですわよ」

「はあ……入学式だけでこんな長い一日で、俺ら明日から普通に授業に通うのに持つのかね」

「うん……」

「うふふふふ」


 ふたりのげっそりとした声に、アセルスは楽しげに笑っていた。


「大丈夫ですわ。少々危ないことも怖いこともありますけど、学園生活は楽しいですから。ほら、寮です。もう心配入りませんわよ」

「あー……寮ー、久しぶりー」


 朝に出てったばかりなのに、もう恋しくなっている。

 そこで「アレス! スピカ!」と慌てて走ってくる姿が見えた。夕方まで校舎をひたすらふたりを探し回っていたスカトとルヴィリエである。


「ふたりともどこ探してもいないから、まさか先輩たちに襲撃されたんじゃないかってずっと探してたんだぞ!? どこ行ってたんだ!」

「もう! もう! なんかあっちこっちでアルカナ争奪戦になって大変だったから、まさかふたりも襲われたんじゃって心配してたんだから!」

「いや襲われたし! 先輩たちにカードたかられたし!」

「もう! なんでアレスはすぐにスピカを危ない目に遭わせるの!」

「って、俺だけが悪いのかよ!?」


 ルヴィリエが泣きながらスピカにしがみつくのに、スピカは心底ほっとした。


(なんか今日、大変な一日だった気がするし、たくさん覚えなきゃいけないことが出てきたけど……皆が一緒にいると本当にほっとする。明日からも大変だろうけど、頑張らないと)


 どうして【世界】が【運命の輪】を処刑したがっているのかがわからない。

 五貴人があまりにもまずい人々な中、無事で済む保証もないけれど、今はこうして寮に帰ってこられた事実に感謝をしよう。

 アセルスはにこやかに「新入生は仲がいいのが一番ですわね」と四人の掛け合いを微笑みながら見守っていた。

****


【戦車】

・ゾーンの展開

・×××

・×××


*ゾーン:強いアルカナカードが所持している結界。その結界の内容、ルールは各アルカナカード所持者が決める


*ゾーンの破壊は外側から出入り口を特定の上、アルカナカードの能力による破壊か、ゾーンを展開しているアルカナカード所持者がゾーンを維持できない状態(気絶、魔力切れ、戦意喪失、死亡)に持ち込むかのいずれかで成せる


*なお、ゾーン内の会話は、いかなるアルカナカード所持者でもゾーン外からの盗聴は不可能

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