五貴人居住区への呼び出し
スピカとアレスが、ユダに連れられて生徒会執務室に入ったとき。
「スピカー!」
そのままガバリッとルヴィリエに抱き着かれた。それにスピカは「わあ!」と腰を抜かす。
「どうしたの、ルヴィリエ……」
「鬼! 悪魔! 本当に五貴人は……!」
「ええ? どうしたの、話が見えない」
ルヴィリエは普段丁寧にといているブルーブロンドの髪がぺたんと力を失ってしまっている上に、どうにも魔力がないように思える。
仕事で疲労困憊でも魔力はなくなるが、どうしてとスピカは首を捻っていると。
普段はこのグループの中で体力が一番あるはずのスカトも、髪の毛が頭のラインに沿うほどに萎びた状態でよれよれと出てきた。
「……体力には、自信があったほうだと思うんだが」
「おーうい! どうしたー!?」
そのまま膝を突いて崩れ落ちるのに、慌ててアレスが拾う。
ふたりがボロボロの状態なのを、ユダは首を振った。
「……だから言ったんですよ。訓練は革命組織にでも投げたほうがいいと。生徒会執行部のやり方はあまりにも脳筋が過ぎますから」
「はあ? 訓練? なんの?」
アレスの質問は、生徒会執務室から伸びている床下階段から答えられた。
「うん。訓練だね。今回はどうしても聖夜祭までに完成させたいから、荒療治で生徒会執行部の面子に任せたんだけどね」
「……アイオーン先輩」
久々に見る天使のような人は、名前がわかった今でも、貴族とも生徒会とも平民とも違う独特のオーラを纏っていた。
そして階段から出てきてにこやかにスピカとアレスを見る。
「うん、こうして革命の立役者が揃った訳だね」
「ええっと……革命したのは、革命組織であって、俺たちは友達の奪還のためにそれに乗じさせてもらっただけっす。本当にいきなり呼び出してなんなんですか?」
「すまないね、デートの邪魔をして」
それにスピカとアレスはどちらも顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それにルヴィリエはまたも肩を怒らせそうになるのを「話が進まないから」とスカトが取り押さえている。
ユダはこのノリに乗らずに「とりあえず居住区で話さないとまずいでしょ」とさっさとつかえた階段を空けるよう促した。
こうして、ヘロヘロのふたりは一旦生徒会執務室に残し、スピカとアレスはアイオーンとユダについていった。
「端的に言うと、聖夜祭の際には、少々問題が起こるからね。それまでに君たちには魔力の増量をして欲しいし、アレスくんには使える魔法を増やして欲しいんだよね」
「……すみません。はしょり過ぎて、いったいなにが起こってるのかさっぱりわからないんですけど。ナブー先輩も、聖夜祭は学園アルカナが戦場になるとか言ってるんですけど、なにがなにやらさっぱりで……」
「これはちょっと説明が込み入っているんだよね。ユダくんにお願いしてもいいかな?」
あっさりと説明をユダに丸投げしたアイオーンを、ユダは半眼で睨み付けたが。訳のわかってないデートを中断された後輩ふたりを見つめ、小さく溜息をついてから口を開いた。
「前にもふたりには説明しましたね。元々アルカナカードがつくられたのは、この世界における魔力の枯渇問題を解消するために、魔力を使える人間使えない人間を仕分けするために配布されたと。使える人間には世界における魔力のリソースをなるべく減らすために、魔法はアルカナカードを使ってじゃないと使えなく制限をかけ、使えない人間は基本的に魔法を使わないよう説明したと」
「あー……言ってましたね」
「実は国に依頼を受けてアルカナカードを試作した際、私の先祖と競い合った魔法学者がいたのですよ。二種類のアルカナカードは、魔法を最小限の魔力で最大限使えるよう工夫を凝らした性能でしたが、現在国により配布されているアルカナカードは基本的に一種類です。どうしてだかわかりますか?」
ユダに唐突に質問され、スピカとアレスは顔を見合わせるが。
かつて【世界】は【運命の輪】と一セットで運用されるのが基本的な運用方法だったのと同じく、運用方法になにかしらの問題があったのだろうか。
それをスピカは口にしてみた。
「……使い方に、問題があったんですか?」
「半分は正解です。正確には、そのカードの魔力の使用方法に問題がありました。我々が現在使っているアルカナカードは、あくまで魔力は使用者の魔力しか使いません。もちろん、【節制】のように無限にエリクシールを作成、使用した上で魔力を維持することも理論上では可能ですが、それでも魔力は少しずつ削られていきます。もう片方のアルカナカードは、この世界の魔力を使わず、使用者の魔力もできる限り使わないよう設計されていたんです」
「それって、いいことなんじゃないですか?」
「いいえ。とてもじゃありませんが、このカードを国をかけて運用することは不可能だと判断し、片方のアルカナカードは採用されませんでした。基本的に魔力が規定量より多い人間には大アルカナが、少ない人間には小アルカナを配布される。その運用方法は変わっていませんが、問題は魔力行使方法」
ユダはふたりを交互に見ながら、口を開いた。
「……そのアルカナカードは、大アルカナの魔法行使の際に、小アルカナを強制的にリソースとして食い潰す……それこそ、ただでさえ少ない魔力だけでなく、生命力すら枯渇させようとする……そうデザインされていたのですよ」
「それ……」
「かの者曰く『小アルカナのほうが多いのだから、小アルカナの代わりに魔法を使ってやるのだから、代わりにリソースを出させるのは当たり前』と証言していたのです。とてもじゃないですが、国が認定できる訳はありませんでした」
学園アルカナには、基本的に大アルカナの生徒しか存在しない。たしかに町ひとつ分に学校ひとつ分には人数が存在しているが……それでも大アルカナは国内でも少数派なのだ。
一歩学園の外に出れば、そのほとんどは小アルカナであり、魔法の行使すら難しい人たちばかりが住んでいる……そんな彼らに、魔法のために命を削れと訴える? とてもじゃないが聞けない相談だった。
スピカは話を聞いて震えていたが、アレスは冷静だった。
「でも現に今はそのアルカナカードは出回ってないんでしょう? 問題ないように思えますけど」
「ところが、彼らはたびたび、自分たちのアルカナカードこそ、正式に認められる者だと訴え、この国の階級制度に異議申し立てする者たちを集めて、秘密結社をつくっては、たびたび国に対して攻撃を仕掛けています。彼らは、自分たちのことを【黄金の夜明け団】だと名乗っています」
「【黄金の夜明け団】……」
名前こそ輝かしいし、理想もそこまで悪く見えないが。既にスピカもアレスも、ひと月前のさんざんな出来事を知っている。
綺麗な言葉こそ、その裏には犠牲が付きまとっている。
現にスピカは、アイオーンの心を変えなかったら、こうして今、普通に彼としゃべることなどできないのだから。
ユダがきりのいいところまで話しはじめたからか、ようやくアイオーンが口を開いた。
「彼らはね、たびたび僕ん家に襲撃を仕掛けてきてたんだよ。手を変え品を変え、いろいろね。多分かつては【死神】も同じ目に遭っていたんだと思うよ。あんまりしつこかったものだからね、僕は彼らからアルカナを剥奪したんだけどねえ……」
「あ……」
そこでようやく、ひと月前の話と繋がった。
スピカは、なにも王族全員の【世界】のアルカナをリセットさせるほどの魔力は持っていない。だが、アイオーンのアルカナは全てリセットしてしまったのだ。
つまりは……アイオーンに危険視されたがゆえに剥奪されたアルカナも、元の持ち主の元に戻っている。
「わ、私! ごめんなさい……本当に……知らなくって……!」
「まあ、別にいいんだけどね」
あっさりと返すアイオーンに「ノリ軽いな!?」と思わずアレスが突っ込むが。アイオーンはにこやかに笑っている。
「だからあのとき暴れてくれた君たちにも【黄金の夜明け団】の襲撃に備えて、ちょっと特訓してもらいたい訳だよ。彼らの持っているアルカナは、僕たちが行使しているものとは少々勝手が違うからね。いくら五貴人と生徒会執行部が束になったところで、全員を退治できるかはわからないんだよ。何事も、防衛より攻撃のほうが簡単にできているからね」
「ですから、軽いノリで頼むには、少々重過ぎやしませんかね!? でも、まあ」
アレスは首を引っ掻いた。
貴族嫌いな彼ではあるが、下町出身の彼には守りたい人が多過ぎる。彼らは小アルカナであり、その問題のアルカナカードからは搾取される立場だ。
「……あいつら野放しにして、俺の地元の連中がやられたら嫌なんで。なんとかしますけど」
「でも、どうして聖夜祭に襲撃が来るってわかるんですか?」
「彼らはね、国の有名著名人をパトロンとして行動している。裏でこそ彼らは革命組織の何倍もたちの悪いテロリストだけれど、表立っての行動は全てパトロンに任せているのさ。そしてそのパトロンには、有名女優フリーダ・フォルトゥナも入っている」
「え……あのう……あの人って、うちの学校の卒業生なんですよね!? その人が……どうして……」
「残念だけれど、大アルカナを持っているからと言って、誰でも現状に満足している訳ではないし、なにかの拍子に危ない組織の甘い言葉に耳を傾けない訳ではないんだよ? かつてのアルカナカードの採用を競い合った事実を知らない者たちからしてみれば、この国はおかしいから変えなければいけないという言葉は、どれほどにも甘美に聞こえるからね」
それにはスピカもアレスも、嫌というほどわかっていた。
そもそも【愚者】は一番有名なアルカナなのだから、手の内がわかったらすぐ対策を取られてしまうため、ギリギリまで隠さないといけなかった。
【運命の輪】に至っては、つい最近まで差別対象で処刑対象だったのだから、息を潜めて生きるしかなかった。
誰だって、なにも知らずに言葉の触りだけいいものには、ついつい耳を傾けてしまうのだ。
「……わかりました。じゃあ私たち、訓練って具体的には」
「はいはーい! 一年生のみーなさーん、こんにちはー……!!」
あまりにも威勢のいい元気な声に、思わずふたりとも、ビクリと肩を跳ねさせた。
そこに立っていたのは、腰に手を当て胸を張る、イブの姿があった。気のせいか、手にはレイピアを持っている。
「今生徒会執行部の子たちにも訓練をつけているのですよ! 皆次々倒れちゃいまして、なかなか進んでいませんけど! 追加で訓練をするというのはあなたがただったんですね! わかりました!」
ふたりとも、ダラダラダラと冷や汗をかいた。
上に置いてきた、ボロボロのルヴィリエとスカトの姿を思い返す。
「えっと……明日からっていうのは……」
「聖夜祭まで、あとひと月もないからね。頑張って」
アイオーンに輝く笑顔で見送られ、ユダには憐憫の眼差しを向けられ、ふたりはのろのろとイブの元気に歩く背中に、ついていくこととなった次第である。




