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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
黄金の夜明け編

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87/112

聖夜祭の約束

 生徒会執行部及び新五貴人により、なにかが密やかに計画されてはいるものの。

 一般生徒たちはそれを知る術はない。

 ただ、町はもうすぐ行われる聖夜祭の話で持ちきりだった。


「もうすぐ聖夜祭ね。今年は誰とヤドリギの下に行くの?」

「そうねえ……」


 そんな話を耳にするので、町に出ていたスピカはひたすらに首を捻っていた。

 町はあまりにも高過ぎて平民階級の生徒たちでは手も足も出ない値段だったのが、なにがどう働いたのかこのところは値段が抑えられているため、平民階級の生徒たちも町に繰り出して遊ぶことができるようになっていた。


(ナブー先輩がなにかしてくれたのかな……だとしたら、少しありがたいんだけど)


 あの白塗りの豪商の出の先輩を思い返している中、一緒に歩いていたアレスが「ふーん」と先程の女性生徒たちの会話に反応していた。


「スピカん家は教会だろう? ヤドリギの下の話って知らないの?」

「ええ……うち、教会だから聖夜祭は忙し過ぎて、楽しむって感じじゃなかったよ? いっつも信者さんたちにレープクーヘンを配り歩いていたし、町の子たちの聖夜劇を見届けないといけなかったし……だから夜は簡単なもので済ませて、おじさんと寝て終わってたもの」

「あー……ごめん。主催側だとそこまで大変なもんだって知らなかったから」


 黄昏の日に一度世界が終わり、再び世界を動かしはじめた日。

 その日はこの国では聖夜として指定され、なにかしらいろんな行事が神殿を通して行われていた。

 神殿の支部に当たる教会の神官たちも当然ながら多忙で、叔父の手伝いをしているスピカも、周りがしているような聖夜の思い出は「忙しかった」以外に大してなかったのだ。


「でもね、皆が皆、聖夜で浮かれ騒いでくれているおかげで、ほぼ唯一【運命の輪】が自身のアルカナがばれる心配をせずに済むから、よく眠れる日なの。アレスから憐憫をかけられるほど悪い日でもないのよ?」

「あーあーあーあー……お前、本当にいちいち可哀想な過去を、普通の会話に突っ込んでくるのやめろよ!? 泣きたくなるだろう!?」

「なんでアレスに泣かれないといけないのよ! もう終わった話だからいいじゃない別に! で、その日がなあに? さっき先輩たちはヤドリギの下がどうのこうのって言ってたけど」


 ちなみに聖夜には大きな木を持ってきて、そこに星や雪の飾りをあしらう。中にはレープクーヘンを飾るところもあるが、スピカは「もったいない」と思って飾った試しはない。そしてその飾りのうちのひとつとして、ヤドリギを加えることがある。

 アレスはスピカの言葉に「あのなあ……」とひと言ぼやいてから、続ける。


「ヤドリギの下って、付き合ってるもん同士が行く場所なんだよ」

「そうなの?」

「お前本当に興味ないなあ!? で、それだけど……」


 なぜかアレスが顔を真っ赤にする。それに伝染して、思わずスピカも顔を真っ赤にする。


「ヤラしいことする気!?」

「しねえよ!? ただ、そこでキスした相手とは結婚できるんだとさ!」

「えっ、アレス私と結婚したいの!?」

「さーけーぶーなー!!」


 既に聖夜祭に備え、周りは楽しげに歩いているのが見える。

 店も聖夜向け商品が並び、時に温かい服、時に贈り物をし合うためのアイテムまでが売られている。

 一年生ふたりがギャーギャー言っていても、さすがに木枯らしも吹いてきた中では寒いため、誰も気に留めないが。アレスは鼻先を真っ赤にしながら言う。


「もういいじゃん。思い出として、そういうのしても。ごっこで。ごっこ」

「それって失敗したらどうなるの?」

「まだ結婚できないから、来年どうぞって奴」

「ふーん。他の人たちもしたりするのかな?」

「さーなー。うちにそういうことしそうな人たち、軒並みいなくなってんじゃん」

「それもそうだね」


 一番しそうなエルメスとレダのカップルは退学をした。あれ以降音信不通で、どうなったのかはわからない。

 他にしそうなのは、ソールではあるが、ルーナがそれに乗り気なのかはわからない上、あのふたりの駆け落ちが成功したのかどうかも、ふたりは知りようがない。もしかしたらアイオーンあたりは知っているのかもしれないが、彼も元五貴人のふたりに危害を加えるかまでは知らない。彼の性格を思うと、効率主義の彼はわざわざ自身のゾーンを広げてまでふたりの居場所を特定しないような気がするし、嫌がるふたりを連れ戻す気もないだろうが。

 そもそも関係が謎過ぎるカウスとデネボラは、そんな行事ごとをするのかどうかさえ定かではなかった。あのふたりに関してはカップルのカテゴリーに入れていいのかどうかさえ、わからないままであった。


「まあ、入学してまだ三ヶ月でいろいろあったけどさあ。来年も一緒にいようって意味で、しておくのもいいんじゃないの?」


 アレスにそう言われ、少しだけスピカは口元を緩めた。


(思えば、あんまり約束ってしたことがないもんなあ……。学園アルカナに来るまで、そういうのとは無縁だったもの)


 スピカは【運命の輪】だ。だから常に命を狙われている。それが骨の髄まで染みてしまっているため、できない約束をするのはよくないと、「来年もどうぞよろしく」みたいな約束は、来年生きている保証がないため、できなかった。

 少なくとも学園アルカナにいる限りは、彼女の身の安全は保証されたし、先に卒業するアイオーンやオシリスが頑張って法律を変えてくれれば、彼女が卒業したあとも命を狙われる心配もないが。その辺りは本当にアイオーンたち王侯貴族に頑張ってもらわない限りはスピカではどうすることもできない。

 だが、少なくとも。アレスと一緒に卒業できそうだから、来年の約束はできそうなのだ。


「うん」


 スピカはストロベリーブロンドの髪を揺らして、そう頷くと、アレスも「おう」と答える。

 和やかな雰囲気、付き合いはじめたばかりのカップルの会話。

 ふたりの初々しい雰囲気の中で、「はっはっはっは」と唐突な笑い声が割り込んできた。

 白塗りの化粧を施し、杖を携えたナブーが、唐突にふたりの間に割り込んできたのである。


「仲がいいことは常々いいことだね」

「ナ、ナブー先輩っ……!?」

「なんでいきなり割り込んでくるんすか!?」


 くっついていたふたりは、思わず飛びのく。


「いやねえ、今日はわたしも聖夜祭に向けて、店の商品の調査をしていたら、仲睦まじいふたりを見かけたので、ついつい声をかけてしまったのさ」

「できれば見逃して欲しかったんすけど!?」

「はっはっはっはっは……」


 スピカはもう慣れた様子だったが、アレスはナブーを未だに警戒していた。

 この人はこういうもんだろうと割り切っているスピカと違い、ナブーはなにかにつけてスピカを「フロイライン」と持ち上げるものだから、アレスからしてみれば油断も隙もないと思っていた。

 ここでヤキモチを妬いていると素直に言えれば、スピカも少しは彼を宥めていただろうが、それを素直に言えないせいで、アレスは天邪鬼のセリフを撒き散らしていた。単純にそれをナブーに面白がられているのだが、本人たちは至って真面目なために誰もなにも言わなかった。つっこみが来い。


「まあ、ここでふたりを邪魔するだけでも難だから、お話しをしようか。いい話と悪い話とあるのだけれど、どっちから聞きたいかな?」

「それって……聖夜に関係ある話ですか?」

「もちろん」


 思わずスピカとアレスは顔を見合わせる。

 町に出ている商家は全てナブーの実家に通じているというような豪商の彼は、あちこちにパイプを持ち、五貴人や革命組織とは違うラインで情報を素早く入手している。そんな彼がわざわざ後輩たちにちょっかいをかけるのだって、なにかしらあるからだろう。

 やがてアレスが「じゃあ、いい話から……どうせ落とされるなら先に持ち上げられたいです」と手を挙げて告げると、ナブーはくるりと杖を回した。


「今度の聖夜祭、学園に特別ゲストがやってくるそうだよ。フリーダ・フォルトゥナと言えば、君たちも知っていると思うけど」

「フリーダ・フォルトゥナ……あの有名女優の!?」


 スピカが悲鳴を上げるのに、アレスは「あれ」と口を開く。


「お前てっきり女優には興味ないと思ってたのに」

「知ってるよ! あの人、多額の寄付をどこの教会にもくれて助かってるから覚えてる! 慈善家だって神殿関係者には有名だよ」

「ああ、そっちか。まあ俺も、大アルカナの有名人って割には、お高く止まらずになにかとボランティアをしてくれてるから、そこまで悪い気はしてないけど」


 大の貴族嫌いのアレスが珍しく褒めるのだから、フリーダ・フォルトゥナも相当な大物だと見て取れるが。

 そのふたりの反応をにこやかに見ていたナブーだが、「じゃあ悪い話だけど」と付け加える。


「聖夜祭は戦場になるからね。今のうちに体力は温存しておいたほうがいい」

「……はい? ちょっと待ってください。なんで聖夜祭に……?」


 異様な落とし方にふたりとも困惑する。そもそもフリーダ・フォルトゥナの公演と戦場の因果関係が不明瞭なのだ。

 ナブーはのんびりといつもの調子で続ける。


「既に五貴人も生徒会執行部も、学園卒業生のフリーダ・フォルトゥナの凱旋公演の日付を調整しながら、迎撃に備えてある。先日の革命の立役者である君たちにもお呼び出しがかかるだろうから、くれぐれも用心しておくれよ」

「はいぃぃぃぃ……!?」


 ふたりが悲鳴を上げている中。


「相変わらず、仲がよろしいですね」


 気付けば外灯にブランとぶら下がる影を見つけて、思わずふたりは「ギャー」と悲鳴を上げる。ユダである。

 あれだけ気難しい上に、理由をつけては五貴人からも生徒会執行部からも逃げ回っていたユダは、今はなにを思ったのか空白になった五貴人の座を埋めている。最近は忙しいらしく授業ですら滅多に見かけなくなっていたので、久々に目を合わせた。


「お、お久しぶりです、ユダ先輩」

「はい、お久しぶりですね。スピカさんとアレスさん。ふたりを【世界】がお呼びですよ?」

「え……? アイオーン先輩が?」

「ナブーさんがいるということは、既に話は聞いているとは思いますが」


 ユダはジト目でナブーを睨むが、ナブーはいつもの調子で笑うばかりであった。


「ふたりには、聖夜祭に向けて特訓してもらいます」

「なんで!?」

「そもそも戦場ってなんなんすか!? 俺たち、戦場になるってこと以外なんも聞いてないんすけど!?」

「ああ……そこまでしか聞いてませんでしたか。まあ、それは五貴人居住区で話しますから。こちらに」


 ナブーに見送られ、ふたりは渋々ユダについていった。

 どのみちこの学園内はアイオーンのゾーンの中なのだ。どこかの誰かのゾーンに逃げたとしても、すぐに見つかるのがオチだ。

 だから出向いて、直接話を聞いたほうが、まだマシだ。

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