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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
黄金の夜明け編

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束の間の平穏

 ガシャン、と音がした。


「ああ……これは」


 さらさらとした白い髪。月を思わせる金色の瞳。自身のカードフォルダーに絵柄が浮かび上がると、自然と口角を吊り上げた。


「さすがだ【世界】。【運命の輪】を敵に回したらやられるのは【世界】だというのに、調子に乗ったんだね……これで、ようやく力を取り戻せた」


 哄笑を織り交ぜながら、彼はシルクハットを深くかぶった。

 そして周りを見つめる。

 全員が白い服を着ている。白いドレス、白い乗馬服、白いドレスコート。性別も形もバラバラだけれど、全員同じ色の服を着ていると不思議と統一感がある。

 かく言う彼もまた、白いシルクハットをかぶり、白い燕尾服を纏っていた。


「諸君。我々は力を取り戻した。今こそこの国を取り戻し、我らの理想の世界をつくり上げよう──……【世界】を玉座から引きずり下ろし……我らが世界を手中に納める。黄金の夜明けのために」

「黄金の夜明けのために」


 全員が高らかに復唱した。

 学園アルカナ。治外法権であり、全ての法律が学園内では意味をなさない。

 ──それは、侵略者に対しても同等の意味を成す。

 侵略者が現れても、学園アルカナは学園の全勢力をもって迎撃するしかない。


****


 あの学園を巻き込んだひと騒動から、ひと月が過ぎた。

 アイオーンの突然宣言したアルカナ集めから、舞踏会での【運命の輪】【戦車】【死神】の吊るし上げ、五貴人居住区での対峙……。

 それらはスピカのアルカナの行使による、初期化により、平民階級だけではなく貴族階級が慌て出し、混乱を極めていたが。

【世界】から大アルカナを買い取っていた貴族たちの退学処分、今まで奪われていたのが突然返却されて混乱している生徒たちに、本来のアルカナの正しい使い方講座、それぞれの階級より出て自立する道を模索する生徒たちへの企業援助などなど。

 生徒会執行部の仕事は混乱しているというのは、相変わらず生徒会執務室で仕事をしているスカトとルヴィリエから聞いた。


「というかさあ、お前らもさんざん五貴人やら生徒会執行部やらにいいように使われてたのに、まだいんの?」


 昼食中。前よりもちょっぴりだけ賑やかになった食堂でむしゃむしゃとガレットを食べていたアレスが突っ込む。

 それにスカトは肩を竦めた。


「あまりに仕事が増え過ぎたせいで、イブ先輩に泣きつかれたんだよ。『お願いあなたたちが何者でももうかまいませんから、私たちを助けてぇ~』と」

「まあ……あの人ならそう言うか」


 規律違反する生徒にはアルカナ振りかざして容赦しないものの、基本的には人がいいメガネの彼女を頭に浮かべ、アレスはげんなりとする。

 その人がいいのと猪突猛進が過ぎて迷惑極まりないのと、どちらも見せられていたら、生徒会の人間でない限りは苦手意識も募るというものである。

 スピカはルヴィリエに尋ねる。


「もうルーナ先輩いないけど、まだ生徒会にいるの、ルヴィリエも」

「うーん……私もそろそろ辞めてもいいかなあと思ってるんだけどね。やっぱり大変そうなのを見てたら、辞めるに辞められないし。それに生徒会やら五貴人の居住区画に、最近人の出入りが多いのが気になっちゃうから、これ見張ってないとまた厄介なことにならないかなあと思ったら、ちょっとねえ」


 そう言いながら、ルヴィリエもまたガレットをパクンと食べてから、スープをひと口飲んだ。

 ちなみに五貴人は現在、ふたり欠如している。新入生たちがそそのかしたとはいえど、ソールとルーナが駆け落ちしてしまったからだ。【世界】のアルカナを駆使すれば見つけ出すことも可能だろうが、今のアイオーンはふたりを連れ戻すことも、ふたりのアルカナを剥奪する気もないらしい。

 他の五貴人はというと、制服姿のタニアをたびたび見かけるようになった。なにがあったのかは知らないが、彼女がフェンシング部の主将に復帰したという旨を聞いた。

 辺境伯を継ぐためなのか、彼女が文武両道だとは聞いていたが、いったいどういう心境の変化なのかは彼らは知らない。

 ヨハネは学園内で行われる礼拝でいつも神官長として説教を行っているため、なにがどう変わったのかはわからない。

 強いて言うなら、アイオーンが表立って活動するようになってから、彼は嬉しそうにアイオーンの周りをうろつくようになったなというくらいだ。

 そういえば。元々アイオーンと縁があったらしいユダや、元王族のアルが、なにかと彼と話をしているのを見かけるようになった。


「なに? あの人たち、体制側に取り込まれたの?」


 アレスは相変わらずの貴族嫌いなため、心境がいろいろ変わったらしいアイオーンのことも未だに信用していないため、元々五貴人や生徒会からも逃げ回っていたユダと、革命組織に身を投じていたアルとしゃべっていたら、不審にしか思えなかった。

 それにスピカは「そんなことないと思うよ」と言う。


「アル先輩のことはよく知らないけど、ユダ先輩はいろいろ思うところがあるんじゃないかなあ。あの人、元々五貴人の居住区に来たのだって、アルカナカードの修繕のためって言ってたから」

「そのアルカナカードの修繕ってなによ?」

「さあ……? そこまでは」


 そう言いながら、スピカはケーキを食べていると。「そういえばさあ」とルヴィリエが話題を切り替えてきた。


「もうすぐ聖夜祭だけど、なにか考えてる?」

「ええっと……私、聖夜祭なんて、シュトーレン食べてお祈りするくらいしか知らないんだけれど」


 聖夜祭。元々は教会で教義の話をする偉い日らしいが、その起源はよくわかっていない。

 教義の中で語られている黄昏の日から、世界を再興できた日を指しているのか、新しい王が誕生して王の号令の元に国が興った日を指しているのか。

 とにかくその日を、神の教義の元、静かに過ごすというのが、教会で育ったスピカにとっては当たり前のことだったのだが。

 それにアレスはなぜか天井を見、それにスカトはなぜか肩をポンと叩いている。

 スピカは「えっ? ええ?」と困った顔でふたりの顔を眺めていたら、ルヴィリエがスピカに抱き着きながら、そっと囁いた。


「まあスピカの実家からしてみればそんな日かもしれないけど……世間一般的には、聖夜祭って恋人同士で過ごす日よ? ふたりとも付き合いはじめたんじゃなかったの?」

「え、えええ、えええええええええ」


 ようやく意味がわかって、スピカは口をパクパクさせるが、アレスはぶっきらぼうに「そりゃ、うん……」とボソボソと言う。


「うちの学校だったらさ、【世界】のゾーンの中だから、やらしいこととかはできねえけど……なんかこう、いろいろあるだろ」

「うわあ、エッチィ」

「やかましいわ、茶化すなよっ!? ま、まあ、その日は空けとけよ。なにかあるって言っても、せいぜい町をうろつくぐらいしかできねえけど」

「え、う、うん…………」


 スカトやルヴィリエに茶化されながらも、アレスとスピカは聖夜祭の約束をする。

 あの騒動のあとから付き合いはじめたとはいえど、この学校自体がそもそもアイオーンのゾーンの中に存在するのだから、大きくなにかがある訳でもない。

 ふたりとも退学していったエルメスとレダのように、公然といちゃいちゃする性分でもなかったし、カウスとデネボラのように常に行動を共にしている訳でもない。ズベンのように「【世界】ちゃん好き好き」と傍から見ていて気まずくなるほど言っていることもない。

 強いて言うならば、スピカはアレスを安心させたかったというのはある。


(でもなあ……もう私、学園卒業するまでは、危ない目には遭わないと思うんだけどなあ)


 勝手に危ない目に遭うからとアレスに心底心配されているのをわかりつつも、スピカは嘯く。

 アイオーンが宣言したアルカナ集めも中断を宣言されたし、少なくとも校内での【運命の輪】たちの指名手配状態も終わりを迎えた。

 以降はアイオーンたちが国の中核に入ってくれて、法律をどうにかしてくれたら、やっとのことでスピカも自身が卒業してからも胸を張って生きていけるのだが、法律を変えるとなったらちょっとやそっとのことでは難しいため、どうなるのかがわからない。

 ただ、自分の行動の結果が、【運命の輪】の自由ならば、それはもっと誇ってもいいと思っている。

 スピカはそうのんびりと思っていたのだが。

 悪意が少し、また少しと差し迫っているということを、彼女はまだ知らない。

 世界の悪意というものは、アイオーンや五貴人の傲慢さとはまた異なるものだということを、彼女はまだなにも。


****


「……このことは、彼女には伝えなくてもいいのですか?」


 五貴人の区画。

 真っ白なこの区画は、生徒会執務室を通らなければ辿り着くことができないため、必然的に学園にまつわる様々なことは、ここで決められることが多い。

 それらを施行及び実行するのは生徒会執行部だが、決めるのは五貴人である。

 今はふたつの空席であり、本来ならば【月】と【太陽】のアルカナを持つ者でなければ埋めることはできないのだが。

 この場の会議に呼ぶためには、どうしても五貴人の区画への立入許可のためにも、五貴人になる必要がある。

 今その空白を埋めているのは【吊るされた男】と【死神】……ユダとアルであった。

 ユダの抗議の声に、アルは鼻で笑う。


「言う必要があるかや? この制度に穴があるとは何度も言ったであろう。そして平民に自分のしでかしたことの責務を教えたところで、潰れるだけじゃ」

「そうですが……自分の知らないところで、勝手に話が進んでいたら、気味が悪いじゃありませんか」

「あら、あなたそこまで人の気持ちのわかる方でしたの? あれだけ何度も【世界】の勧誘を断っておきながら、彼女の勧誘は受け入れていた。ずいぶんな力の入れようですのね」


 タニアにそう揶揄され、ユダはとうとう黙り込んでしまった。

 それに「ハハハハハハ」と笑いながら、ヨハネはお茶を配り歩いた。


「まあまあまあまあ! 彼女に教えるか教えないかはおいおい考えるとして……迎撃はどうされるおつもりで? 迎撃するとなったら、少なくとも私と【世界】は動けなくなると思いますよ?」

「そうだね……復活してしまった以上、衝突は避けられないけれど。被害を出す場所と季節を選ぶことはできるかな。できる限り被害を抑えるには、人のはける季節……冬期休暇に誘導しないといけないね」


 アイオーンはヨハネの淹れたお茶を飲みながら、自身のカードフォルダーを手にして触れた。

 あちこちに、彼のゾーンの移り込む光景を見かけた。

 誰もかれもが、なにも知らずにもうすぐやってくる聖夜祭の噂をしている。

 まだ知らない。侵略者たちの存在を。


「本当に……トートアルカナが復活してしまったというのに、なにも変わらないね」


 その言葉は茶化す意味も毒づく意味もなく、ただそのまんまの意味だった。

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