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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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運命の輪よ回れ・2

 保健室。

 革命組織との戦いでボロボロになった生徒会執行部やら、巻き込まれ事故に遭った生徒やらが運び込まれている。

 保険医はゾーンの使い手であり、この中では一切の戦闘行為は行われない。寮といい保健室といい、休憩しなければならないような場所には、こうして中立地帯がつくられて、戦う力もないような生徒たちが守られていた。

 そこに移動していたオシリスとイシスは、保険医から渡される栄養ドリンクで体を労わっていた。


「会長、お体は……」

「少し休めば問題ないが……革命組織が【世界】に歯向かってないかが、心配だな」


 イシスはオシリスがそう言うのを、複雑そうな顔で眺めている。


「それは【世界】が他の五貴人が倒された結果害されることですか? それとも【世界】が革命組織を全滅させるほど力を行使して、倒れることですか?」

「……どちらもだ。あの馬鹿は、勝手になんでも決めつけるから」


 幼馴染に対して辛辣な物言いをするオシリスを、イシスはやはり複雑な顔で眺めていた。

 そこで、突然彼女の持っているパネルが不規則に光りはじめた。

 日頃から学園内で不審な行動がないよう、魔力量の動きを確認している。そのパネルがてんでばらばらに光りはじめたのだ。


「会長……! これは……?」

「……今度は【運命の輪】か!」

「前々から思っていましたが、【世界】はどうしてそこまで【運命の輪】を目の敵にしてらっしゃるのですか? 【運命の輪】を見つけ次第処刑ということしか、知らされていませんが……」

「……【運命の輪】は、【世界】が築き上げた全てを壊す」

「えっ?」

「【運命の輪】は全てのアルカナを正しいアルカナの持ち主に強制的に戻すアルカナなんだ……クソッ、様子を見に行ってくる!」

「会長! まだお体が!」


 無理矢理ベッドから這い出て、そのままスタスタと生徒会執務室から【世界】の元へと向かおうとするオシリスを、イシスは慌てて追いかける。

 イシスも一応は貴族の出だ。この階級の維持のためにはなにかの力が作用しているのだろうとは薄々は把握していたが。


(それは……あんまりなのでは?)


【運命の輪】は、正攻法では見つけ出せない。

【運命の輪】は、【世界】の力を受け付けない。

【運命の輪】は、【世界】の秩序を破壊する。


 普通に考えて、現状の階級制度維持のためには存在してはいけないアルカナではあるが。

 既に【世界】がわざわざ大アルカナを与えた生徒から退学者も続出しているし、日々巻き起こる騒動に疲弊して塞ぎ込んでしまった生徒たちだっている。

 これだけ迷惑を振りまいている【運命の輪】を即刻処分するべきではとは、イシスも考えるが。

 生徒会執行部に所属しているスカトは必死で彼女を庇うし、そんな彼女は同じく生徒会執行部所属のルヴィリエを助けに自ら五貴人の元に飛び込んでしまったのだ。

 イシスからしてみれば、もうなにが正しくてなにが間違っているのか、訳がわからない。

 だが、オシリスも秩序の維持のために【世界】の元に向かうのではない。

 病弱な幼馴染が心配だから様子を見に行こうとしているのだ。

 今は、それだけでいいような気がする。


****


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………っ!!」


 スピカの体という体が、おかしくなっているような錯覚に陥る。

 暑い。寒い。痛い。くすぐったい。苦しい。痛い。冷たい。痺れる。臭い。痛い────…………。

 五感がぐちゃぐちゃになり、それが一気に流れ込む錯覚。

 それが魔力が枯渇しかかっている現象だ。なによりも、スピカに魔力を貸し与えてるアレスも、鼻の頭に脂汗を滲ませて、歯を食いしばっている。

 スピカと目が合うと、あちらも相当に苦しいはずなのに、ニィーと笑った。


「……すっごいブス」

「しっつれい……そんなこと言ってたら、返事してやらないんだから」

「止めろよ、そういうの、フラグって言うんだよ」

「フラグ? 旗?」

「あー、もう……それで、これでお前のアルカナの力行使できてんだよなあ?」

「……わかんない。私だって、この力初めて使ったから」


 互いに魔力が抜けるだけ抜けて、それでなんの成果もありませんでしたでは、なんのためにカウスとデネボラのアルカナが引っこ抜かれたのかわかったもんじゃないが。

 ふたりの抜け落ち続けて疲労困憊になった体が、突然ふっと楽になったのだ。

 誰かが、魔力を差し出している。


「……全く、あんたたちも無茶するねえ」


 そう言って困ったような顔をして笑っているのは、デネボラであった。

 彼女が自身の魔力をスピカに貸し与えたおかげで、スピカとアレス、魔力量的にそこまで多くないふたりへの負荷が、かなり楽になった。

 向こうで転がっていたカウスも、ようやく「ふわぁー……」と伸びをして起き上がった。そしてゆったりとした足取りで、スカトとルヴィリエのほうに向かっていった。


「よう、うちのアセルスが世話になったな」

「カウス先輩!」

「カウスさん! その、体はもう大丈夫でしょうか……?」

「一度アルカナ引っこ抜かれて、元に戻してもらっただけだ。【審判】に五感をやられたときほどの痛みはねえな……で、【世界】。そろそろうちのアセルスを返してもらっていいか?」


 そう言って、カウスが【戦車】のアルカナカードをカードフォルダーごとヒラリと見せた。

 それにとうとう、【世界】が膝を折った。


「……君たちはどうして……こうも勝手に物事を進めるんだ」


 とつとつと言葉が漏れる。


「この世界は、とっくの昔に魔力が枯渇しかかっているのに。だから魔力のリソースを管理するために、アルカナを配布したっていうのに……その与えられたアルカナの通りに生活さえしてくれれば、こちらだってわざわざアルカナの力を抜いたり与えたりしなくて済むっていうのに…………!」


【世界】のとつとつとした言葉に、アルは「難儀よの」とひと言漏らした。


「王がなにも考えていない。だからわざわざ反逆し、新たに秩序を塗り替えようとしたが、誰もかれもが欲のままに行動し、今の歪な階級制度になってしまった。こんなことは世界の魔力を守るためにも、望んでなかったのに……と、そう言いたいのであろう?」


 魔力のリソース節約のためにも、アルカナによる魔法の管理は必要だった。だが、アルカナで魔法を管理するはずが、アルカナで身分が、立場が、生きる場所が管理されるという地獄がはじまってしまった。

 こんなはずじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。

【死神】は【世界】たち五貴人に立場を追われて、玉座を奪われてしまった。

 しかし、階級制度は【世界】の力により、揺るぎないものになってしまった。

 だからこそ、【世界】の嘘を暴く唯一のアルカナ、【運命の輪】の存在を抹消することが必要だった訳で。

 それにアルは「愚かとは思うが、悪とは言わぬよ」とボソリと言う。


「浅はかとは思うが、そうせねば世界が滅ぶと思ったのであろう? 我は既に玉座から遠い身。これ以上はなにも言わぬよ。ただ、あの娘にはなにか言うことがあるのではないかえ?」


 そう言ってアルはスピカのほうを見る。

 スピカの魔力量では、学園内が関の山であり、国内全てのアルカナを正しい持ち主に戻すことなど不可能だ。

 アレスやデネボラに魔力を借りたとしても、学園アルカナからほとんど離れることなどできないはずだ。

 せいぜい、【世界】が剥奪したアルカナが、元の持ち主の元に戻ったくらいだ。


「君は……そこまで僕が憎いのかい?」


【世界】の言葉に、スピカは困った顔をする。

 アレスの貴族嫌いは筋金入りだが、そもそも彼女は貴族との交流は学園アルカナに入るまでなかった。王族である【世界】の存在だって、ここに来るまで知らなかったのだから、憎いのかと聞かれても困る。


「ええっと……私、そもそもあなたのこと知りません。もしかしたら先輩は私のこと見てたりして知ってたのかもしれませんけど。知らない人を好き嫌いって決めつけるの、変な話じゃないですか?」


 それに彼は、虚を突かれたような顔をした。


「……君は、本当に甘いね」

「甘いというより、学園アルカナに入るまで、生き残ることばっかり考えていて、それ以外考える余裕がなかっただけです。だから私たちは、もっと互いのことを知るべきなんだと思います。階級とか貴族のしきたりとか、私全然知りませんけど、多分それって貴族や王族だって平民の生活全く知らないからおんなじじゃないですか」


 スピカは何気なく手を出した。

 それにアレスは「おいっ!」とあからさまに嫌そうな声を上げたが、スピカは「妬かないでよ」とだけ言った。

【世界】は驚いたように彼女を見上げる。


「……【運命の輪】を殺すよりも、味方に取り込んだほうがいいのかもしれないね」

「というか、悪どいことばっかり言ってないで、私たちの差別をどうにかしてくださいよ。そのためにも、長生きしてください」


 こうして、スピカと【世界】は握手をした。

【世界】の手は大きくて指も長いのに、どうにも骨ばっている。肉付きがあまりよくないのだろう。この人が体が悪いというのは本当なんだろうとスピカも思った。


「アイオーン!!」


 そう言って、声を上げて走って来る姿に、少しだけこの場にいる面々は驚いて視線を向けた。

 オシリスがボロボロな様子のまま走ってきたのである。背後にはイシスが慌ててそれについて走っている。


「アイオーンって?」

「僕の名前」


 スピカは初めて、【世界】という得体の知れない存在から、アイオーンという儚い先輩なのだと認識できた。

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