運命の輪よ回れ・1
スピカは【運命の輪】として生まれたときから、親元を離れて叔父のシュルマとふたりで暮らしてきた。
手紙でやり取りはしているものの、親の顔はほとんど覚えていない。万が一スピカが【運命の輪】だと気付かれたとき、隠蔽ができる【運命の輪】と違って、小アルカナの両親では誤魔化しが利かない。
嘘をつかないと生きていけなかった。クラスメイトにすら、本当にことが言えず、距離を置くしかなかった。
寂しいと言ってしまうと、自分のような被害者を出さないよう生涯独身を貫いている叔父のシュルマに悪くて、それすらスピカは飲み込んでいた。
でも。そんな彼女にも学園アルカナの召喚状が届いた。
最初は逃げることしか考えていなかったスピカだが、いつしか逃げることを止めた。
友達ができた。
親しい先輩ができた。
仲良くしたい人ができた。
敵対してくる人ができた。
今まで必死に隠さないと、隠さないとと思って息を潜めて生きてきたスピカにとって、どんなに過酷な学園アルカナであったとしても、やっと楽に呼吸ができる場所であった。
あれこれ必死に生き抜いてきた結果、ルヴィリエを連れ戻すためにこんなところまで来て、結果的に【世界】と対峙している。
面白い話だと思った。
「【世界】。私には、その力使えないんだよね? 力を奪うことも、新しく引き渡すことも」
「……なにをするつもりかな?」
「私、ずっといろんなものを諦めてきたの。見つかったら死んじゃうし、死にたくないし、もしそうなったら、最悪出家してひとりで生きるしかないのかなって」
そう言ったらスピカをぎょっとした顔でアレスは見ていたが、彼女は気にする余裕はなく、ただアレスの手を掴んだ。
何度も何度も助けられた手。最初は自分を暴いて憎たらしいと思った手。頼もしく感じるようになったのはいつからなのか、彼女にも正直よくわからない。
「ただ、学園アルカナは治外法権だから。ここだったら私もちょっとだけ呼吸しやすいし、友達もできた……そういうのは、諦めてたはずなのに」
そう言ったら、ルヴィリエはなにか言いたげな顔をしたが、スカトに止められた。
スピカは未だに倒れているカウスとデネボラを見た。このふたりは出会ったときから親切だった。口こそ悪いものの、学園アルカナを巣食う階級制度も、学園の外のヒエラルキーも本気で憂いている人たち。
生徒会の人々も、退学処分を食らった人々も、敵対した人々も……全員が全員、スピカのあったかもしれない姿で、怖いと思ったことはあっても、嫌いになんてなれなかった。
だからこそ、スピカは全力で歯向かうことに決めたのだ。
【運命の輪】は、唯一【世界】に反逆できる。
スピカは自身のカードフォルダーを掴むと、それにギュッと力を込めた。
「だから、あなたに今から命をかけて全力で嫌がらせをするから。もし嫌だったら、あなたも命をかけて全力で受け止めて」
そう言って、スピカは右手にカードフォルダーを、左手にアレスの手をぎゅっと握って、少しだけ申し訳なさそうにアレスを見た。
「ごめん、巻き込んで」
「バァーカバァーカ」
殊勝な顔をするスピカに向かって、アレスはあまりにもの子供じみたことをのたまってから、少しだけ顔を引き締める。
「デネボラ先輩が見せてくれたし、できるよ。俺の魔力、好きなだけ持ってけ」
「……いつの間に。デネボラ先輩、いつの間に使ってたの?」
「俺に直接魔力を貸してくれたんだよ……その直後に【世界】に能力引っこ抜かれたから途切れたけど……だから、俺にしかわからなかった」
前にも魔力を借りたことはあれども、魔力を貸す瞬間を見たことがなかったために、アレスはデネボラの魔力の貸し借りをコピーすることができなかった。でも、今は違う。
アレスは自身のカードフォルダーを握った。
【力】からコピーした魔力を貸し与える力で、スピカに自身の魔力を注ぎ込む。
今まで、スピカは魔力量を少しずつ、本当に少しずつ増やしてきた。毎晩毎晩特訓をして、人から力を貸し与えられても、それを使える程度の魔力を蓄えてきた。
それでも足りないから、アセルスからもらったエリクシールを飲み、アレスから魔力を借りている……返す余地なんて、皆無だが。
スピカは自身の魔力が全て、自身のアルカナカードに引っこ抜かれているのを感じて、苦痛で顔を歪めるが、それでも、まだ足りなかった。
それに【世界】が顔を歪める。
「……やめろ。そんなことしたら、この学園が…………! 君、魔力を今すぐ回復してくれないかな? 君だったら、できるんだろう?」
【世界】はアセルスにそう訴えるが、それより先に、なにかが飛んできた。
思わず避けたが、それはアセルスがスピカに渡し、スピカが皆に配ったエリクシールを入れた小瓶だった。床で割れて粉々に砕けている。
スカトが大きく小瓶を振りかぶったのだ。
「……スピカたちの邪魔はさせない」
「あなたは、もうこれ以上人のアルカナを引き抜けないんでしょう? アセルス先輩を、解放してください……!」
スカトは再び小瓶を大きく振りかぶるポーズを取り、ルヴィリエは顔面蒼白でガタガタと震えながらも必死で口を開いている。
それに、少しばかりアルは呆れた顔をした。
「……これだけ見せられて、なおも絶望せぬか」
「もうグチャグチャに壊されてやり直しはじめたところなのに、どうしてこれ以上絶望しないと駄目なんですか! もうヤですよ、終わらせましょうよ、私だって、スピカが絶望して死んじゃったりしたら、もう自分を許せませんし!」
アルの言葉に、ルヴィリエは泣き叫ぶ。
感情のままにしゃべっていて、おそらくルヴィリエは自分の口にした言葉の意味を完全には把握していないだろうが、逆に言ってしまえば嘘もついていないということだ。
それにスカトは「僕も同じです!」と顔を引き締めて訴えた。
「カウスさんもデネボラさんも、僕たちを庇ってやられたんです! これ以上……これ以上の犠牲は、こりごりです!」
【運命の輪】の最後の力が行使される。
【世界】に反逆するたったひとつの力が使われる。
スピカは、魔力の消費で大変に醜い顔をしながらも、その力を解き放ったのだ──……。
【運命の輪】
・自身のアルカナカードの偽装
・他アルカナカードの力によるコピーの無効化
・アルカナカードの情報の初期化(本来のアルカナカードの情報に戻す)




