そして世界へ至る道・4
デネボラはカウスを抱えて、端に寄せる。
「……まっ、次はどう考えてもあたしだろうしねえ。やれるだけのこたやるさね」
そう言いながら、デネボラはちょいちょいとアレスを呼び止めた。
「次はあたしがやられるから、あんたはあたしの動きを見ておきな」
「見とけって……デネボラ先輩? 俺さすがに自分で制御できねえ力はコピーしても……」
アレスはライオンの姿になって、戦車に撥ねられるまでの間暴れ回ったデネボラを思い返すが、デネボラは「違う違う」とやんわりと否定する。
「あんた、あの子助けたいんだろ?」
デネボラはちらっとスピカを見る。
彼女は自身のスカートに入っているカードフォルダーに触れているものの、未だに硬直して動けないままでいる。
【運命の輪】は【世界】が唯一アルカナ能力を奪うことができない存在。だからこそ、狙うとしたら彼女は最後だろう。
だが。ここで彼女の心が折れたら、負ける。
ここに来るまでにいったい、どれだけ皆が滅茶苦茶になったのか。
心を折りに来るゾーン。ただただ戦いにくいゾーン。逆に暴力の嵐のゾーン。そして不可解が過ぎるゾーン。
それらを打ち破るまでに、どれだけ皆が削られていったのか、もうわからない。
いくらこちらには【節制】のアルカナがあるからとはいえども、削られた心だけは回復させることはできない。
心の強さ、我の強さだけは、アルカナがいくら強いからと言っても補うことは不可能だ。
もう、負けられない。
「……それで、俺どうすればいいんすか?」
「決まってるよ。あたしのこと、見ておきな。アルカナの使い方、教えてやるから」
そう言ってデネボラはウィンクした。
彼女はそのまま、自身のカードフォルダーに触れると、そのまま指を鳴らす。
「うちのリーダーやられたんでね──あんたをのして、リーダーの力、返してもらうよ?」
彼女の怪力に、【世界】はクスリと笑う。
「健気だね。そういうところを【戦車】は気に入ってるんだろうけど」
あまりにも場違いな言葉だったが、デネボラは無視して、彼を殴ろうとしたが。
【世界】は自身の剥き身のアルカナカードを見せて微笑んだ。
「君のその健気な【力】は、剥奪させてもらうよ?」
その途端、デネボラに雷が落ちたように周りには見えた。彼女の拳は、【世界】に届く前に崩れた。
その崩れたデネボラを見て、アルはちらりとユダを見る。
「……うちのがふたりやられたが。どういうことかや?」
「アルカナカードは、元々魔力を使いやすくするための媒介です。そこに流し込んでいた魔力を新しいアルカナ抜きで引っこ抜かれて、人間生きていられますか」
魔力は力だ。力が尽きた場合、どうなるというのか。
ユダの言葉に、アルは目を細めて【世界】を睨む。
「なるほどのう……ちなみに、ふたりとも死んではおらぬようだが?」
「それはアルカナカードが肉体の死の身代わりになっているからです。ですが、アルカナを元に戻さぬ限りは、ふたりとも目覚めることはありません」
「……そうか」
アセルスはうろたえて、倒れたふたりに壺の水を差しだそうとするが、それにナブーは「やめておきたまえ。稀少価値の高いエリクシールが無駄になる」と声をかけると、彼女は泣きそうな顔をする。
「わかっていますけれど。【世界】と対峙することになったら、こうなることは……でも」
「うん。わかってくれたのなら嬉しい」
【世界】はにこやかに自身のカードに頬擦りする。
蹂躙。一方的な蹂躙だが。本来なら魔力源が断たれた今なら、魔力の枯渇とスピカの【運命の輪】の力を行使すれば勝てるはずなのだが。
彼はにこやかな顔で、アセルスの腕を掴んだ。それに彼女はさっと顔を青褪めさせる。
「な、にをなさるおつもりでっ!!」
「さすがに【節制】の力は他のアルカナだったら代替品にはならないからねえ。君は残しておこうかと思うんだけど。その壺の中身、出してくれない?」
「お止めなさい……!!」
【節制】の壺の中身のエリクシールは、彼女が自主的に分けない限りは、壺だけ取り上げたとしても中身が出ない。だからこそ【世界】はアセルスを狙ったのだが、彼女はプルプルと頑なに首を振る。
それに【世界】は天使のような笑みを浮かべた。
「へえ、そうなんだ……じゃあ、一年生の内の誰かのアルカナを剥奪しようか? あの子たち魔力がそもそも少ないからね。どれだけ生き残れるのか見物だよ」
「お、お止めなさい……! それだけは、絶対に……!!」
「……っ【世界】!」
アルが自身のカードフォルダーを取り出すと、【世界】は謡うように告げる。
「【死神】。君だと僕のアルカナ能力の停止はできないと思うよ? 【節制】の補助抜きで、君の先祖も打ち負かされたんだろう?」
「……くっ」
旧王家だった【死神】のアルカナ能力の停止の力をもってしても、【世界】のアルカナの剥奪の前には力が及ばなかった。
どちらも魔力をひどく食うのだから、魔力の補助ができない場合は、命を削って魔力に回すしかない。
そしてアセルスは基本的に優しい性分だ。特に後輩には優しい。【世界】は自身のゾーン内で起こることを全て把握しているのだ。いくら普段はカウスのゾーンに入り浸っているアセルスであったとしても、外でもにこやかに後輩たちと接しているのを見ていれば、いくらでも彼女の弱点は想像できる。
それに彼女は唇を噛む中。スピカは、自身のカードフォルダーを握りしめた。
「アレス」
「おう」
「……私、アセルス先輩を助けたい。カウス先輩と、デネボラ先輩を……起こしたい」
「おう」
アレスはちらりとスピカを見ると、アレスはスピカの手を握ってきた。それにぎょっとしてスピカは彼を仰ぐと、アレスは自身のカードフォルダーを掲げてにっと笑った。
「貸してやるから、いくらでも」
本来ならば、この場は【世界】の蹂躙劇で終わり、泣き濡れたスピカが自殺するという、非常にヨハネ好みの舞台として幕を降ろすところであったが。
残念ながら、既にヨハネは舞台を退場している。孤独な【世界】は、この場にいる人々を見誤っていた。
真っ先に倒されたカウス。
その次にやられたデネボラ。
人質になったアセルス。
この場で歯噛みをしているアル。
ただの傍観者として特等席で見学だけしているナブーとユダ。
そして、有象無象の集まった新入生たち。
既に【運命の輪】は回りはじめていることに、【世界】は気付かなかったのである。




